今年の上半期において、中国の海外M&Aが急増加しており、「中国が世界を買い占めるのでは」という論調が横行している。中国商務部の統計データによると、実際に取引完了した海外M&Aは、外国メディアが指摘したデータの20%にも及ばないが、中国企業の海外M&Aの大幅増加は注目に値する。その背景となる原因は多方面にわたっている。例えば、個別案件による異常な買収額、豊富な資金による支持、人民元為替レートの変動プレッシャーを背景とした資産配置、対外投資の認可手続きの簡素化による企業の対外投資の活発化などがあげられる。中国企業の海外M&Aの大幅増加による資本流出を過度に心配するより、むしろ合併・買収のプロセスの中における企業債務の増大と国有資産の流出といった問題を注目すべきである。
中国企業の海外M&Aに関する国内外の統計データが一桁違っており、その主因は統計ルートの違いにある。
今年の第2四半期開始早々、いくつかの外国メディアが、第1四半期における中国の海外M&Aの全体規模が1,000億米ドル近くあり、前年実績金額を上回っていると報道したことから、一時期大騒ぎとなった。それを受け、中国商務部は今年の第1四半期における中国企業による海外M&A案件は合計で142件あり、実質的な取引総額が165.6億ドルであったとの事実解明に努めた。
1,000億ドルVS100億ドル、なぜ外国メディアと商務部がそれぞれ発表したデータには、こんなに大きなずれがあるのか?その主因は統計ルートの違いにあると考えられる。商務部が発表したのは取引完了の中国海外M&Aのデータである。それに対して、外国メディア発表のデータは、三種類に分けられる。一つ目は、取引完了の中国海外M&Aのデータであり、二つ目は、新しく発表されたが、まだ協議段階にとどまっているもの、三つ目は、中国側、外国側ともM&Aの意向を共有しているが、関連する政府部門による安全性審査が行われていないものである。こうして見ると、外国メディアの発表したデータの統計範囲がより広いため、商務部公表のデータとは比較できない。そのため、統計データの間に一桁の違いが生じたのである。
M&Aの発表から、双方の協議と政府部門の認可を経て取引完了に至るまで、そのプロセスの中に不確定要素が多々あり、場合によって、数か月から数年も時間がかかる。もし外国メディアの統計ルートに沿っていくと、同じ数字を繰り返しデータに入れる恐れがある。例えば、今年の第1四半期に新しく発表された取引未完了のM&A案件のデータは、第2四半期にもう一回計算されることになる。第2四半期を経ても取引がまだ完了しない場合、第3四半期にまた加算されてしまう。重複計算やM&Aの撤回などによるデータの誤りを避け、すでに完了した取引のデータをもとにした商務部の統計方法は、中国の海外M&Aの現状をより正確に反映しているのだ。
統計ルートの違いのほか、海外M&Aのデータそのものには、非難されるところが多い。例えば、一部の企業は海外M&Aを行う際、中国国内の法人を通じてではなく、オフショア金融センター(ケイマン諸島、イギリス領ヴァージン諸島など)に登録した子会社が主体となっている。一件のM&A取引が全て海外市場での資金調達で完了したとするなら、その案件は中国国内の監督機関の統計対象外となる。しかし、投資先の国はその案件を中国からの投資であると考える。それも統計データの違いをもたらした一つの要因である。
統計ルートが違うものの、中国企業の海外M&Aの大幅増加は事実である。その原因は主に四つある。
外国メディアの統計ルートは中国商務部のそれと比べて確かに幅が広いが、そこから見える動向は注目に値する。本年第1四半期に完了したM&Aの取引額だけ見ても、前年同期比119%増となっている。中国企業の海外M&Aの大幅成長には、次のように四つの原因があると分析できる。
その一、個別案件による異常に高い買収額。最も注目された実例は、中国化工集団(ケムチャイナ)がスイス会社を買収した件である。今年2月3日、中国化工集団は、スイスの農薬・種子メーカー、シンジェンタ(Syngenta)を428億米ドル(訳者注:日本円で約4兆5,000億円)で買収することを発表したが、これは中国企業による過去最大規模の買収となった。それ以前の中国で最大規模の買収は、2013年に中国海洋石油総公司(CNOOC)がカナダのエネルギー大手ネクセンを151億米ドル(訳者注:日本円で約1兆5,000億円)で買収した案件であった。中国化工集団の今回の海外買収は、本年第1四半期に完了したM&A取引金額165.6億米ドルの三倍近くとなっており、中国の対外M&Aの総額を大幅に引き上げたのである。
その二、豊富な資金面による支持である。2015年下半期以来、経済の下振れ圧力の増大、雇用状況の変化と金融リスクの高まりに伴い、緩和的な金融政策が実施され、信用貸付と社会融資の投入が総体的にやや高い水準をキープし、実体経済の資金面に余裕が見られる。資金面による支持を得て、一部の企業は、低コストの貸付金にアクセスでき、実体経済に投資する意欲をやや取り戻している。しかし、国内における多くの業種の生産能力の過剰や資本市場の不安定要素などの影響を受け、国内資産だけでは企業のニーズを満たすことができていない。そこで、資金に余裕のある企業は、国際市場に目を向けるようになった。現在、世界経済がまだ回復期にあり、過小評価されている優良企業も多く存在していることから、中国企業は大いに関心を持っているのである。
その三、人民元為替レートの変動プレッシャーを背景に、企業はリスク防止のため、海外の優良資産への投資を強化している。2015年8月11日に行われた人民元為替レート改革は、人民元レート形成メカニズムの市場化促進を狙っていたが、急な切り下げによって、中国国内外に大きな衝撃が起こってしまった。衝撃を抑え、人民元レートを安定化させるため、中国人民銀行はオフショア市場とオンショア市場で、外国為替市場への大規模な介入を行わざるを得なかった。中国人民銀行の一連の施策のもと、市場の人民元に対する悲観的な見通しが是正された。しかし、人民元レートの一方的な切り上げの予想が崩されたので、長期にわたって人民元為替レートは安定するのか、企業側が懸念している。人民元がプレッシャーを受け続ける中、一部の企業はリスク防止のために、海外の優良資産への投資を強化する道に出たのである。
その四、対外投資の認可における手続きの簡素化によって、企業の対外投資が活発化した。2014年末まで、中国の海外投資に関する認可手続きが煩雑だったため、多くの企業は非正規ルートを通じて海外投資を行っていた。2014年4月に、中国国家発展改革委員会が『海外投資項目認可および届出管理弁法』を打ち出した。同年9月には商務部が『海外投資管理弁法』を公表した。それがきっかけで、「届出管理を主体とし、認可管理を補助とする」管理モデルが成立したのである。2015年6月から、海外直接投資案件の関連外貨登録は、銀行が直接審査を行い、国家外貨管理局は銀行が直接投資の外貨登録を実施するのを間接に管理・監督するだけになった。海外投資の管理・監督の面におけるこれら一連の簡素化は、市場の活力を大いに増した。一方、それまで非正規ルートを介した海外投資も、徐々に表面に現れてきた。
中国の海外M&Aの大幅増加による資本流出を過度に恐れるべからず。
中国企業の海外M&Aの大幅増加によって、大量の個人による資本流出が覆い隠されてしまうのではないかと懸念の声が出ている。筆者はそのような懸念は今のところ必要がないと考えている。それを裏付けるのは、2015年第4四半期の中国海外M&A案件の中で、すでに取引が完了している上位10大案件に対して調査を行った結果である。これらの案件は、2015年第4四半期において取引完了した案件の総額の95.8%を占めており、以下のような特徴が見られる。
その一、国有企業が主体である。上位10大案件の中で、国有企業による海外M&Aは7件あり、買収総額に占める割合は76.2%である。地方の国有企業が48.6%、中央の国有企業が27.6%を占めている。国有企業の海外資産は国有資産の範囲に属しており、国務院国有資産監督管理委員会によって管理・監督されるべきである。海外で得た国有資産が優良な戦略的資産あるいは重要な資源型資産だとすれば、中国国有企業の国際競争力を高めることになるだろう。また、海外の優良国有資産が良好に吸収、転化され、中国国内で活用することができれば、国内経済の転換のグレードアップの一助にもなるだろう。
その二、海外M&Aの対象国や産業分布には、大規模で異常な動きは見られない。10大海外M&A案件のうち、1件がマレーシアで行われた(中国広核集団有限公司(CGN)がMastika Lagenda会社を買収した案件)が、ほか9件は全て先進国やオフショア金融センターで行われている。すなわち、ケイマン諸島で3件、アメリカとオーストラリアでそれぞれ2件、ドイツとスイスでそれぞれ1件である。そのうち、ケイマン諸島の3件は、全て国有企業が遂げたものである。具体的には、上位第3位の海航集団(HNAグループ)傘下の渤海租賃(中国航空機リース)が26.6億米ドルで航空機リース会社Avolon Holdings Ltd.の株式を100%買収した案件。上位第6位の上海錦江国際酒店集団が、様々なクラスのホテルを経営し、ポルトフィーノ(Portofino)、ラヴァンド(Lavande)、7デイズイン(7DaysInn)などのブランドを有するKeystone Lodging Holdings Ltd.の81%の株を買収した案件。また、上位第8位は、海航集団(HNAグループ)が5億米ドルの投資で、京東集団(ジンドン)の代わりに、途牛(Tuniu)旅行の筆頭株主となった案件である。
その三、1四半期のみM&A案件が急増しただけでは、中国の対外直接投資のストックが少なく、GDPにおける割合も少ないという事実は変わらない。中国の対外直接投資はスタートが遅く、現在、中国は世界第三位の対外直接投資国となったが、FDI残高は世界の3.4%しか占めておらず、24.4%の割合を占めるアメリカはもちろん、イギリス、ドイツ、フランスや日本などの先進国に比べてもかなり低い。それに、中国のGDPに占める対外直接投資の割合もきわめて低く、世界の平均値だけでなく、発展途上国の平均値にも達していないのである。2014年、中国、中国以外の発展途上国、世界全体、先進国のGDPに占める対外直接投資の割合は、フローから見ると、それぞれ1.15%、2.23%、1.85%、2.24%となる一方、ストックから見ると、それぞれ7.25%、25.79%、32.93%、43.75%となっている。
その四、中国企業の海外M&Aの構造は最適化されつつあり、このような「海外進出」が国内経済の転換のグレードアップに対し、より重要な役割を果たすことが期待されている。近年、中国企業の海外M&Aの産業構造が最適化されつつある。好調な分野への転換がよく見られている。それはすなわち、生産能力過剰なエネルギー、鉱業、化学工業といった分野から、インターネット、情報技術、バイオ医薬などの新興産業や金融業、先進的な製造業へと転換している。2015年第4四半期における海外M&A10大案件の中で、資源開発関連の投資は一件もなかった。海外M&Aはすでに、中国企業が「海外進出」を展開し、ハイレベルな国際分業や提携に加わる重要な手段となり、世界のバリューチェーンにおける中国企業の地位の向上、国内経済の転換のグレードアップに対し、重要な役割を果たしているのである。
海外投資の急増による企業の債務の増加と国有資産の流出に注意すべし。
中国企業の海外M&Aの大幅拡大による資本流出を心配するより、合併・買収のプロセスにおける企業の債務増加や国有資産の流出といった問題を注目すべきであろう。そこで政府は、海外M&Aを行う企業の多元的な資金調達を奨励し、国内銀行の資金に対する企業の依存度を下げ、高いレバレッジド・バイアウトを抑えると同時に、国有企業の海外投資案件に対する規制や管理監督を強化すべきである。
(2016年6月発表)
※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。
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