中国社会科学院「英国のEU離脱を過度に悲観する必要はない」

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2016年07月28日

  • 世界経済・政治研究所 張明

英国が国民投票によってEU(欧州連合)からの離脱を決定して以来、その衝撃と影響に関するさまざまな分析がメディアやネット上に溢れている。そのほとんどの分析がマイナスの見方に偏っている。例えば、英国のEU離脱はグローバル化の後退や大国の孤立主義の始まりを意味している。また、離脱は新たな衝撃の一波となり、将来、国際金融市場の混乱を生み出し、ひいては新たな危機の引き金となりかねないといった見方もある。さらには、中国に対し顕著な外部からの衝撃となるとの見方もある。例えば、人民元為替レートや輸出入、対外投資に対してマイナスの影響を与える、などである。


筆者は、英国のEU離脱は確かに目下のところ重大な事件であり、世界経済の先行きに重要な影響をもたらすに違いないと考えている。ただし、今現在、英国のEU離脱が世界経済と中国経済にもたらす影響を総合的に評価するのは時期尚早である。なぜなら、英国のEU離脱から、将来如何にして英国がEUと全面的な関係を再構築するかまで、まだ長い時間が必要であり、大きな不確実性も存在している。現状から見て、私たちは英国のEU離脱について過度に悲観する必要はないのである。


一:英国のEU離脱はグローバル化の後退を意味しておらず、欧州の特色ある地域統合に調整が発生したにすぎない。2010年に欧州債務危機が発生して以来、欧州の地域統合は多くの議論と疑問を巻き起こしている。総合的に判断すればユーロ圏成立から欧州債務危機発生前まで、ユーロ圏の拡大速度はあまりに早過ぎた。競争力、経済構造、景気循環に大きな差がある国同士を一つに強制的に結び付け、統一の通貨と統一の金融政策を実施したことが、最終的に欧州債務危機が発生する伏線となった。周知のように、各種経済要素の中では、労働力の流動性が最も低く、かつ労働力が国境を越えて移動してくると、通常流入先の国民の強い反発を招く。今回、英国が国民投票によってEUからの離脱を決定したことは、移民問題の論議とも深く関係している。離脱は欧州の特色ある地域統合の調整を意味しているにすぎず、これは決して地域統合の後退を意味していない。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)、新シルクロード経済圏(一帯一路)といった構想は全て新たな地域統合モデルの雛形となる可能性がある。例えれば、離婚した二人は、新たな婚姻に対して自信を失ったわけではないということである。したがって、私たちは地域統合とグローバル化の進展するであろう未来に対し、過度に心配する必要はないのである。


二:英国のEU離脱は大国が孤立主義を開始することを意味していない。周知のとおり、英国が歴史上、先頭を切って強国となり得たのは、英国が最も早くグローバル化を進めたからである。島国である英国経済はもとより孤立主義を実施する余裕を持ち合わせていない。世界経済の歴史から見ても、孤立主義を実施して継続できたのは、国内に供給力の余地を備えた大国だけである。英国経済の中心となる競争力は、金融のグローバル化の過程の中で折よく金融の中心となったことによる。英国のEU離脱は、英国がグローバル化の波の外に身を置くのではなく、新しい形によってグローバル化を受け入れる可能性を意味しているのである。


三:英国のEU離脱が世界の金融体系に対してもたらす衝撃は、コントロール可能であるだけでなく、大部分はすでに市場によって消化された可能性がある。英国はユーロ圏参加国ではなく、独立した通貨と独立した金融政策を有する国家である。英ポンドは世界通貨であり、英国の金融市場は世界で最も重要な金融市場の一つである。このことは離脱による英国経済自体への衝撃を緩和する助けになる。英国が離脱を決定する前の数週間に、世界市場のリスク回避ムードが高まり、安全資産の価格が少しずつ上昇して、英ポンドは主要通貨に対しすでに大幅に値下がりしていた。これは英国のEU離脱のリスクが市場で充分織り込まれていたことを意味している。英国のEU離脱をきっかけにして、スコットランドや北アイルランドが英国から独立しない限り、世界の金融市場が短期的に大きく混乱することはなく、大規模な危機が発生する可能性はそれほど高くないだろう。


四:英国のEU離脱による人民元為替レートと中国の短期資本の流動に対する衝撃もコントロール可能である。確かに英国のEU離脱は投資家のリスク回避ムードを上昇させ、世界の資本の流れを安全な方向へ向かわせ、人民元を含めた新興市場の通貨の下落圧力を作り出した。ただ別の面では、①FRB(米連邦準備制度理事会)の次の利上げの時期を遅らせ、FRBの金融政策の正常化への動きが人民元に与える衝撃を緩和する。②近時、人民元為替レート形成システムの弾力性が増強され、米ドルとCFETS(訳者注:中国外国為替取引システム)の通貨バスケットに対し、人民元為替レートの下落のプレッシャーを同時に解放することができる。③中国政府はすでに2015年下半期から資本勘定の規制を強化しており、短期資本が続けて大規模に外部へ流出することが難しくなっている。④中国政府は預金準備率の引き下げを通して国内の流動性の増加を促すことで、外部への資本流出が国内の金融市場にもたらす衝撃を相殺することが可能である。こうしたことから、短期間に人民元為替レートが急激に下落するリスクを心配し過ぎる必要はない。


五:英国のEU離脱が短期間のうちに中国の対外貿易と投資に顕著なマイナスの衝撃をもたらすとは限らない。英国のEU離脱は、英国経済とEU経済が貿易と投資の面で一夜のうちに完全に切り離されるものではないことを理解する必要がある。まず、英国がEUからの離脱に向けEUと貿易や投資の関係を新たに交渉するには、一定の緩衝期間がある。そして、合すればすなわち共に利し、分ければ共に損をすることを英国、EU双方とも当然理解している。このため英国とEUが時間を費やして交渉をしたのち、双方は経済や貿易のかなりの部分で連携している現状を依然維持するだろうと筆者は考えている。中国企業にとって、英国をEU投資への足がかりとする意義はある程度弱くなるが、英国とEUの連携は全面的に弱体化するわけではなく、また英国の世界金融の中心としての地位も必ずしも顕著に弱まるとは限らないだろう。一方では、離脱後に英国側と中国政府の関係が顕著に強まる可能性がある。例えば、率先して中国の市場経済国としての地位を承認する等。つまり、英国のEU離脱自体は中国の輸出成長率をさらに悪化させるものではなく、中国の対外直接投資のスピードに影響を与えるものでもないと考えられる。


ここまでを要約すると、英国のEU離脱という事態はまだ変遷過程にあり、このこと自体は強い不確定性を有していると筆者は考えている。総合的に離脱の衝撃を評価するにはまだ時間と観察が必要である。金融市場は英国がもたらしたパニックを経て、徐々に平静を取り戻している。英国の離脱の衝撃に比べると、我々はもっと米国の大統領選挙の行方を注視していく必要がある。万一、トランプ氏が大統領に就任することになれば(正に私たちが英国のEU離脱を夢にも思わなかったように、真実の世界の複雑性は常に私たちの予想を打ち破るのである)、それがグローバル化や世界の金融市場、中国経済にもたらす衝撃について、私たちは真に懸念する必要がある。

(2016年6月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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