中国社会科学院「RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の推進者、コーディネーターとして」

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2016年01月20日

  • 倪月菊

5年余りの集中協議を経て、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉はついに大筋合意に至った。TPP交渉の決着は、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の交渉にとって大きな試練となり得る。ひいては、交渉参加国を分化させ、その交渉を阻害する可能性がある。また、一方ではTPPに加盟していないRCEP交渉参加国に一定の圧力をもたらすことにより、RCEPの交渉スピードを逆に速める可能性もある。


「一方では、TPPの合意はRCEPの交渉にとって大きな試練となり得る。」


TPP参加国中7ヵ国がRCEP交渉参加国である上、フィリピン、韓国などもTPPに参加する意向を示していることから、次第に「巨大」になってきたTPPは疑いなく、RCEPへの試練となるであろう。TPPの成立は交渉に参加していないRCEP交渉参加国に対しある程度貿易構造の転換をもたらすだけでなく、その足場を崩すような作用を起こすと予想され、いくつかの国はRCEPに対する関心を失ってしまう可能性がある。


一、TPPの合意成立は短期的にはTPPに加盟していないRCEP交渉参加国にある程度の貿易構造の転換をもたらす。TPPの枠組みでは、規定された期間内で18,000余りの項目の製品の関税が取り除かれる。自動車、工作機械、情報機器、消費財、化学品や、アボカド、小麦、豚肉、牛肉などの農産物が含まれる。マレーシアやシンガポールの電子製品、日本の自動車及び自動車部品、ベトナムの繊維製品の生産メーカーが利益を受け、それによって中国、インド、ラオス、カンボジアなどの輸出品シェアが一部圧迫されるであろう。特にTPPが形成されれば、米国、日本は電子製品・部品や繊維製品の生産ラインをベトナムやマレーシアなどに移し、カンボジア、ラオスなどが電子部品のサプライチェーンに入る機会や貿易利益稼得に影響を与え、当該産業により経済産業構造を向上させるという計画も調整が必要となる。甚だしい場合には世界のサプライチェーンにおけるRCEP地域の位置付けや運営にも影響を与えることになる。


二、一部の国がRCEP交渉を放棄してTPPに加盟するかもしれない。TPPは本来、狭い範囲での自由貿易交渉であったが、米国が加わって強力に主導するようになったことで、たちまち環太平洋地域の主要な貿易交渉となった。カバーする地域が広く、自由化のレベルも高く、比較的強い拘束力を持つ協定であることから、「敷居の高い」将来の世界貿易ルールとみなされている。RCEPの交渉参加国の一部は蚊帳の外となるリスクを防ぐため、将来の世界ルールの枠組みに参加することを望んでいる。現在、韓国、タイ、フィリピンがすでにTPPへの参加を表明している。TPPが先に合意に達したことは、これらの国のTPPへの「加盟」の動きを速め、RCEPの交渉に動揺が生じる可能性がある。


三、一部の国、例えばシンガポール、マレーシア、ベトナム、日本などは「高い基準」の自由貿易区のルールに参加することで、「低い基準」のRCEPに対する関心が薄れ、交渉を進める積極性や緊要性を失う可能性がある。また、TPPに参加しているアセアン4ヵ国は交渉上の立場に変化が生じて、他の国との距離がさらに開き、交渉の難度が上がることも予想され、客観的にRCEPの交渉が先延ばしされることになるだろう。


「また一方で、TPPがRCEPに対し一定の圧力を生む。圧力が原動力となり、TPPによって逆にRCEPの交渉が速まり、早期に決着がつく可能性がある。」


一、RCEPの交渉を加速させることは、アセアンが「地域機能の中心的地位」を固めるために必要である。RCEPはアセアンのアジア太平洋地域での連携構造の変動という背景のもと、自身の中心的地位を維持するために構築した連携的枠組みである。その目標はアセアンを中心とする5つの2国間FTAを整理統合し、地域の一体化を深めることであった。しかしながら、4つのRCEP交渉参加国(マレーシア、シンガポール、ブルネイ、ベトナム)がTPP交渉に参加しただけでなく、タイとフィリピンなど潜在的なTPP参加国も存在することで、アセアンはTPPによって分裂し、「地域機能の中心的地位」という構想も挫折させられる懸念がある。また、TPPによってRCEP交渉参加国間に温度差が生じ、地域の一体化の進展を遅らせる恐れもある。そこで、アセアンはRCEPの交渉を加速させることで、TPPに対抗する地域一体化への重要な手段とするかもしれない。


二、TPPの合意によって「一度負けた心理状態」にあるTPP非参加国がRCEPの交渉協議の歩みを早めようとするかもしれない。ある外国官僚がかつてこう述べていた。「もしあなたの国がTPP交渉に参加しておらず、EUとの貿易協議もしていないのであれば、警戒を高めるべきである。なぜなら、あなたの国とあなたの主要な貿易パートナーは将来、離別する可能性があるからである。」TPP協議の合意はRCEP内のTPPに参加していない国に「負け」の心理を植え付けた。TPPの特恵関税がもたらすかもしれない消極的な影響に対して、唯一、RCEPの交渉を早めることだけが、負けを「挽回」し、損失を少なくすることができるのである。RCEP交渉の内情に詳しい韓国の官僚によると、16ヵ国(訳者注:RCEP交渉参加国→アセアン10ヵ国+6ヵ国(日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,インド))は商品やサービスを対象とした関税削減リストを提出するが、「可能なかぎり」2015年末前に合意を得ることを希望しているとのことであった。別のインドの官僚は「RCEP交渉参加国は皆プレッシャーを感じており、交渉を加速させなければならない」と述べ、マレーシアのムスタパ国際貿易産業大臣は先日、RCEPは2015年末に実質的な交渉を完了させるよう努力していくことをメディアに表明している。


三、RCEP交渉に参加しているTPP参加国も中国・インドの「発展特急」に乗車し、発展ボーナスや市場を共有することを希望している。中国はGDPが10兆米ドルを超える規模を有する世界第二の経済大国として、世界における主要な大消費市場であり、なおかつ世界第一の製品貿易大国として、多くの国と地域にとって最大の経済貿易パートナーである。インドも経済成長著しい発展途上大国である。予測によると、今後インドの経済成長率は中国を超える可能性がある。両国経済の成長スピードと25億人を超える巨大市場のポテンシャルは、他国にとって欠かすことのできない魅力がある。つまり、RCEPに参加して中国とインドの発展や巨大消費市場の分け前にあずかろうとするのは必然の選択である。タイを例に取ると、すでにTPP交渉への参加を決定したものの、RCEP交渉の推進にも尽力し、RCEPの枠組みのもと、各国が緊密に協力して、共に発展することを希望している。


四、「適切な敷居の設定」はRCEP交渉の合意を相対的に容易にする。RCEPは5つの既存の10+1自由貿易区(オーストラリア、ニュージーランドは同じ地区とする)を統合し、さらにアセアン以外の参加国間のFTAを加えてその基礎としている。RCEPは既存のFTAをバージョンアップさせたものであり、関税削減の基礎の上に、製品貿易、サービス貿易、投資や技術の移転をできるだけ自由化する次善のFTAであると言える。つまり、RCEPは適切な敷居の設定が行われており、かつ実現可能性のある自由貿易区交渉なのである。特に、RCEPが16ヵ国の発展の違いを十分に考慮し、発展が遅れているアセアン加盟国に対しては特例を容認する対応を取っていることは、交渉過程における多くの駆け引きにかかるコストを減らしており、RCEPの早期合意に有利である。


もちろん、16ヵ国中の一部の国の間には未解決の領土や領海の問題があり、交渉に一定の影響をもたらすかもしれない。だが、各国が長期的な利益に重きを置くのであれば、この障害はやはり乗り越えられるのである。


中国にとって、RCEPは現在交渉に参加している最大の自由貿易区であり、交渉参加国は経済規模が大きいだけでなく、中国の重要な貿易パートナーであり、同時に東アジアの生産ネットワークとバリューチェーンで連携する重要なパートナーでもある。RCEPの順調な実現は、中国が新たな国際貿易ルールを再構築する主導権を勝ち取り、国内経済発展の自主決定権を保証し、バリューチェーンにおける地位を向上させる。対外貿易連携のため、さらに緩和された外部条件を創造し、中国の平和な発展のために調和の取れた安定した周辺環境を作ることは、戦略的発展の好機を維持、延長させることになり、重要な意義を持つ。RCEPの迅速な交渉の推進は、TPP交渉合意後の貿易構造の転換が中国の輸出に及ぼすマイナスの影響を取り除くのに有利であるだけでなく、中国と関係国の貿易・投資の連携を促進し、アセアンとの経済貿易関係と善隣友好を強固にし、東アジア経済の一体化の歩みを加速させることにも有利となる。RCEPはアセアンが主導しているが、中国はRCEPの揺るぎない支持者かつ推進者として、この舞台を借りて地域経済統合の過程における影響力を積極的に発揮し、コーディネーター及び架け橋として、RCEPの2015年内の合意に力を入れていくべきである。アセアンが主導して中心的地位を維持するという構想の背後に隠れるような消極的なやり方を改め、積極的にアセアンと協議して自由化のレベルとルールの制定についてできるだけ早く立場を一致させていくべきである。また、日韓両国とも柔軟に協議し、必要なときは譲歩して、日韓、とりわけ日本に東アジア地域の一体化進展に対する関与を強めさせるため、TPPがあるからと、「敷居の低い」RCEPを放棄させてはならない。同時に、中国はインドと多く交流、協調し、相手の要求を深く理解し、二つの発展途上大国が共に交渉の中で積極的な役割を発揮する必要がある。


つまり、中国は勢いに乗り、推進者及びコーディネーターとして、積極的にRCEP交渉の架け橋となり、2015年内のRCEP交渉の合意を促進していくべきなのである。

(2015年11月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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