中国社会科学院「『メイド・イン・チャイナ(中国製造業)』の新常態」

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2015年11月13日

  • 李春頂

「メイド・イン・チャイナ(中国製造業)」は世界金融危機以降の貿易において振るわない状態が続いているだけでなく、ますます悪化しているとも言える。近年の貿易データを見ればこの趨勢は一目瞭然である。データからは品質向上とシェア拡大の痕跡は見られるものの、不確かでとらえ所がなく、自分で自分を慰めている感がぬぐえない。さらに心配なのは、中国の製造業が直面しているのは、不景気という一時の落ち込みではなく、国内外の経済環境の変化が造り出した新常態なのである。


中国の製造業は内憂外患の双方からの圧力のもと、ボトルネックに入り込んでいる。国内の労働コストと運営コストは上昇し続け、労働力の比較優位性は次第に弱まり、構造転換と高度化をせまる十字路に至って、方向転換のために速度を落とさざるを得ない。国外の不利な経済情勢は需要を削り、ローエンドの製造業は東南アジアや発展途上国との低コスト競争に直面する。一方ハイエンドの製造業は先進国の攻勢に抵抗しなければならず、「メイド・イン・チャイナ」は「前門の虎、後門の狼」の中間に深く入り込んでしまったのである。


戻ろうとしてもすでに退路はなく、これまで謳歌してきた「メイド・イン・チャイナ」の春は二度と来ない。構造転換と高度化を成し遂げ、平穏に方向転換して、新たな明るい前途を歩んでいくことが今後発展していく唯一の選択である。その重要な一歩として、製造業が直面している新常態を正確に認識し判断しなければならない。


中国製造業の新常態の一つ目は、労働コストの優位性が次第に弱まっていることである。米国のボストンコンサルティンググループ(BCG)が最近発表した「主要輸出国25カ国の生産コスト比較:世界の生産拠点の勢力図の変化」報告書によると、中国の生産コストはすでに米国との差はほとんどなく、全世界における輸出量上位25カ国の中で、米国の生産コストを基準にして100とすると、中国の指数は96であるとした。このことは広く注目され大きな波紋を起こした。この報告はある一部の製品や事例を用いて刺激的な結果を出すことで、人々の興味を引き付けることが目的であるのは明白である。だが、少なくとも一定程度、製造業における労働コストという強みが確実に低下していることを説明している。労働コストの上昇は主に二つの原因によるものである。まず、過去数十年に及ぶハイスピードの経済成長がもたらした収入と報酬の増加、つまり成長と発展の結果である。もう一つは、不動産等の資産価格の実体を伴わない高騰が生活コストの上昇を引き起こし、受動的な賃金上昇を招いたことである。これは資産バブルがもたらした結果である。労働コストの優位性はますます低くなり、伝統的な労働集約型製造業の競争力は失われ、生産地は東南アジアやインドなど低コストの国へ移転することになった。


二つ目は、輸出の減速である。世界金融危機後の中国の製造業の輸出データにはすでに成長減速の状態が示されており、危機前の二桁成長は一桁成長へ低下し、マイナス成長となった月さえある。輸出減速の原因は様々である。製造業の生産コスト上昇により一部の輸出加工産業が国外へ移転したこと、金融危機による海外の需要の減少が「メイド・イン・チャイナ」に対する需要に打撃を与えたこと、人民元相場の上昇と変動が輸出に影響したことなどである。これらの中で根本的な原因となったのは、製造業のコスト上昇がもたらした需要の減少である。


事実、金融危機後の世界貿易の成長率は全て減速の傾向が現れていた。世界貿易の伸びは世界経済の成長の約2倍であったが、ここ数年は経済成長の速度を下回っており、これは40年余りで初めて出現した新たな状況である。英国のFinancial Timesの論評「世界貿易の新常態を知る」における分析では、原因を世界の貿易体系において発生している構造の変化にあるとし、多くのクロスボーダーの経済活動が各国国内へ向かい始めたことにより、貿易の全体量が減少したとしている。この傾向は中国において顕著であり、中国が東アジアの生産工程の中で最終的な製品化を担ってきた状況が転換し、「メイド・イン・チャイナ」製品に含まれる中国製の割合は高くなり続け、ますます名実相伴ってきている。その他、貿易の経済成長に対する反応は長期的に下降傾向にあり、一方で対外直接投資が貿易以上に重要なものとなって、貿易成長率の低下を助長している。加えて、中国製造業の輸出成長の減速は世界貿易の成長減速という大局の影響も同様に受けている。


三つ目は、構造転換及び高度化とバリューチェーンの向上である。構造転換と高度化はいくつかの異なる方向に沿って発展している。一方では労働集約型産業は東南アジアやインドなどの労働コストがさらに低い国へ移転し、一部は国内の中西部地域へ移転している。もう一方ではバリューチェーンの構築からより付加価値の高い製品へと業態を拡張し、高付加価値かつより多くの資本と技術を含んだ製品の生産へと構造転換している。「メイド・イン・チャイナ2025」(訳者注:中国国務院が2015年5月19日に発表した製造業の発展計画)では、中国の製造業の構造転換と高度化のための計画を策定しており、「三段階」による製造強国を実現するための戦略目標を提出した。次世代IT、ハイレベルのNC工作機械やロボット、航空宇宙、海洋工学やハイテク船舶、先進的軌道交通、省エネ自動車や新エネルギー自動車、電力設備、農機設備、新素材、バイオメディカル及び高性能医療機器など10の分野について重点的に発展させるとしている。


四つ目は、インターネットと伝統的製造業の緊密な融合である。「インターネットプラス」はすでに重要な産業やビジネスモデルとなっており、先進的な生産力を代表している。「インターネット+各伝統産業」はICT及びインターネットプラットフォームを利用し、インターネットと伝統産業の深い融合を促し、新しい製造業の攻略ポイントとなるだろう。知的製造は製造業の未来のトレンドであり、相互接続、集積制御、知的生産、データ処理、プロダクトイノベーションなどは今後の発展の鍵である。ドイツ政府は2013年に提出した「インダストリー4.0」で、人、設備、製品のリアルタイムの連携と有効な結びつきを通して、高度で柔軟な製品差別化とデジタル化した製造モデルを構築することを描いている。つまり、インターネットと伝統的製造業の融合を企図した生産方式に重点を置いているのである。「メイド・イン・チャイナ2025」は同様にこの新しいモデルを強調し、「中国版インダストリー4.0計画」とも評価されている。


五つ目は、クロスボーダー電子商取引が輸出の新業態となることである。クロスボーダー電子商取引は電子商取引とネットワークを通して「メイド・イン・チャイナ」製品を直接国外の小売業者ひいては最終消費者へ販売し、中間の流通などを減らしてコストを抑える。クロスボーダー電子商取引による新たな貿易業態はますます拡張する勢いを示しており、貿易規模も年々大きくなって、貿易企業が海外のビジネスチャンスを探る新しい選択肢となっている。近年、中国では多くのクロスボーダー電子商取引に関する政策が次々と発表されている。「国六条」(訳者注:中国国務院が2013年7月に発表した貿易促進政策)では税関、品質検査、課税、外国為替、支払、信用取引の六つの政策を通じてクロスボーダー電子商取引の発展を明確に支持している。財政部(訳者注:日本の財務省に相当)と国家税務総局は共同で、クロスボーダー電子商取引業者の小売輸出への税制優遇政策を発表している。また国務院は「貿易の安定した成長を支持することに関する若干の意見」を発表し、企業が海外で卸売展示センターや「海外倉庫」など、各種国際営業ネットワークを構築することを奨励している。


六つ目は、加工型製造業の絶え間ない衰退である。加工貿易はここ数年、規模が縮小する傾向にある。中国の輸出製品に占める輸入原材料の割合は年々低下しており、すでに2000年の50%から現在は35%未満にまで低下している。加工型製造業の衰退の根本的な原因は、労働コストの上昇である。中国の加工型製造業は徐々に競争力を失っており、この傾向は今後も続いていく。


中国製造業は自らを取り巻く新常態を認識及び把握し、流れに逆らうことなく、構造転換と発展の方向性を勘案し、「モノの製造」から「知的製造」あるいは「クリエイト・バイ・チャイナ」への転換を推進していく。「メイド・イン・チャイナ(中国製造業)」の新常態はもっと素晴らしいものとなることを確信している。

(2015年9月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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