中国社会科学院「中国経済は「さびついた」時代に入った」

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2015年07月06日

  • 王松奇

1970年代前後、米国オハイオ州とソ連のウラル地区では重工業が過度に繁栄したことによって生産能力の過剰を生じ、その後重工業製品の需要が減少すると、工場の操業停止や倒産などが相次いだ。多くの機械設備はそのまま長期間放置され、さびついていったことから、経済学者は「さびついた」時代(”rust belt” 錆びた工業地帯)と称するようになった。


まさに「歴史において喜劇は一度しか起こらないが、悲劇はしばしば二度以上起こる」と、ある哲学者が言ったように、「さびついた」時代のような不幸な一幕が現在中国で上演されているようである。ここ数年来、我々は民間の造船業や石炭業が度を超えて活況を呈するのを目の当たりにしてきた。さらに政府の統計報告によって、いわゆる鉄鋼、セメント、電解アルミニウム、板ガラス、風力発電、太陽光発電からなる六大生産過剰における問題の重大性も目撃している。これらの状況を政策担当者たちはよく理解しているはずであるが、では指導者たちが理解していないのはどのような状況だろうか?筆者は地方での調査を通じて、指導者が最も警戒しなければならないのは政府の統計データの信憑性の問題であると感じた。現在、中国の地方や政府機関の役人は未だに「データが幹部を生む」という法則に支配されており、統計データの改ざんが日常的になされ、各地方紙で発表されるGDP成長率のデータねつ造率は20%以上となっている。財政収入は経済成長の減速によって収入減との甚大なプレッシャーに直面し、穴埋めに納税資金貸付など様々な方法を使い始め、また多くの銀行が不良債権率を低く見積もって報告し、期日前の利息を徴収して偽りの業績を作り出すなどあらゆる手を使っている。日常的に行われている改ざんは指導者が情勢を判断する上で錯覚を起こす結果をもたらしている。はっきりと言えば、中国の現在のマクロ経済及び金融情勢が直面している問題と困難は、指導者が国内外の公の場で発表しているよりはるかに厳しいのである。東北三省を例にすると、遼寧、吉林、黒竜江の三省の第1四半期のGDP成長率はそれぞれ1.9%、5.8%、4.8%であり、全国平均より低いものの、データ上の差は大きくないように見える。しかし、水増し部分を取り除き、ねつ造率を20%~30%前後と想定すると、特に地方を調査した実際の状況はかなり厳しいものであることが判明している。中国全体の2月の一定規模以上の工業付加価値は6.8%、3月のデータは6.4%に下がっている。経済学界の経験と判断に照らすと、一定規模以上の工業付加価値の伸びに0.7の係数を乗じれば、GDPの実質成長率に近似し、実際の経済運営の結果は大変芳しくないものとなる。すなわち、実際のGDP成長率は約5%に過ぎないということになる。もし平均のGDP成長率約5%がいわゆる「ニューノーマル(新常態)」となれば、中国共産党第十八回全国代表大会で新指導者グループが提出した10年での収入倍増計画も明らかに実現不可能となる。2002年~2012年の胡錦濤・温家宝体制の10年間で中国の一人当たりGDPが1,100米ドルから5,400米ドルにまで上昇したことを思い起こし、現在の状況と比べてみることは実に耐え難いことである。


天は限りなく公平であり、ただ人があるのみ。このように経済発展した中国はいかなる時も様々な困難にぶつかるであろうが、化学者が言うように、反応があれば逆の反応もある。我々が充分に賢ければ、方法は困難より多いはずである。


現在の問題には処方箋が数多くあるが、鍵は医師の病に対する見方が一致しないことにある。楽観した見方では、成長の落ち込みは客観的には必然の現象であり、たとえ成長率が7%、もしくは7%以下となっても、増加する付加価値額は相当あることから、「ニューノーマル(新常態)」に順応して平静にマクロ政策の安定を維持し、ミクロ政策で活性化を図り、社会政策において底固めを行うという一連の政策方針を堅持していくこととしている。悲観に偏った意見では、現在の経済局面の重大性を認識し、もし積極的に有力な対策を採らなければ、中国は本当に「中所得国の罠」に陥る可能性があるとしている。中国の経済学界ではここ数年、論争の気が欠けており、ご機嫌とりや大口をたたく傾向がある。このため、有意義な経済情勢に対する公開論争は全く起こらない。この種の論争による情勢判断や異なる分析によって、必ず政策案や研究結果などが引き出されるものだが、それも起こりようがない。結局、皆何もわからないまま適当にやりすごし、経済情勢の更なる悪化に任せて途方に暮れるのである。


有り体に言えば、中国は経済学者にはこと欠かないが、責任感があり、実際を理解し、本当のことを語る勇気がある経済学者が不足している。現在の情勢のもとで真実を語るということは、つまり実体経済と金融システムの真の状況、特にマクロ政策の選択が不適切な部分に対して分析を行い、実践的で参考価値のある政策提言を出さなければならないということである。


現在、三つの緊迫した問題について考える必要がある。(1)中国経済の「さびついた」時代は避けられるのかどうか?(2)もし避けられないのであれば、いかにして損失をできる限り減らすのか?(3)「暴れる多くの川をせき止め、奔流として海に向かわせる」ように資金が実体経済に流入することを保障する鍵となる措置は何であるか?


まず、筆者個人は、中国経済はすでに「さびついた」時代に入っていると考えている。つまり、避けられるかどうかという問題は語る必要がない。上海における鉄鋼貿易の危機は鉄鋼の在庫が過剰であることを反映している。石炭の需要は伸び悩み、三級・四級都市には今後5年間では消費できない住宅の在庫が買いだめされていることなど、これら全てが「さびついた」時代が到来していることを明白に証明している。


次に、「さびついた」時代の損失をいかに最小限にとどめるかである。筆者はどの経済理論に拠る者も検討すべき問題であると考えている。通常の理論では、需要サイドからは内需を押し上げる一方で、海と陸のシルクロード経済圏構想を利用し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の貸出プラットフォームによって外需を作り出し、供給サイドでは供給総量と構造の調整を進め、エネルギー多消費・高汚染といった遅れた生産能力を決然と淘汰・削減し、構造的な過剰生産能力を国外へ移転するのをサポートしていく。


最後に、我々は着眼点を実体経済の回復に置く必要がある。実体経済の運営状況が悪いのであれば、たとえ株式市場が上昇を続け、金融バブルが更に大きくなっても、最終的に問題が現れることは避けられないのである。2008年の世界金融危機後、中国は世界で最初に金融によって実体経済を支えるべきと強調した国である。これは、米国の派生商品市場の過度の膨張や利鞘稼ぎによる金融システムの空回りの教訓を総括した後に提出された新しい考え方でもあった。しかも学界が導き出した結論は、金融の実体経済に対するサポートは、資金の供給が実体経済の需要をできるだけ満たすことに反映されるべきであるとした。もし我々がこの理解を正しいものと前提すれば、中国の金融システムの運営の現状を点検することが可能である。特に、李克強首相が強調し続けている中小企業の資金調達難の問題の解決について判断ができる。中国のM2の総量は少ないとは言えず、M2のGDPに対する比率も低いとは言えないが、実体経済においては特に小規模・零細企業の資金難という問題が終始存在する中で、大量の資金がシャドーバンキングと同業市場を往復し回転している。現在の商業銀行については「簿外」の会計操作が一種の「ニューノーマル(新常態)」に変わり、正規の道を行かず横道を行く状態である。では、なぜこのようなことが起こるのだろうか?必要のないことをしているのだろうか?いや、これは中央銀行のいわゆる「貸出規模管理」方式が生み出したものである。一つの適切でない金融政策の執行が商業銀行による奇奇怪怪の行為を派生させ、それらの行為は最終的に融資が実体経済に導入される際の障害となっている。中央銀行の「貸出規模管理」はその出先機関が考え出したものではなく、入念な設計を経た「動態によって調整する準備金の公式」によって計算された各地の金融機関による毎年の新規貸出限度額の合理的な管理基準であるそうだ。この公式については、主に商業銀行の資本充足率、GDP、CPI、マクロ経済動向などいくつかの指標を考慮した一方で、現場の資金需要や商業銀行自体の資金状況は考慮されていなかったため、多くの銀行が資金はあっても融資できない状況に陥ったと聞いている。加えて、いくつかの中央銀行の出先機関が全体的な新規貸出規模の規制でよく「3,3,2,2」や「3,2,2,3」といった貸出量のリズム調節を規定しており、リズムを乱した者は懲罰を受けざるをえない。こうして、完全に命令的かつ計画的な方法を用いて、いまだに商業銀行の実体経済への金融サービス提供を管理しているのである。筆者は中央銀行の「貸出規模管理」は、中国の金融システムの混乱や金融のミクロ主体の行動のねじれの重要な根源の一つであり、融資資金が有効に実体経済を支えることができない要因であるとも考えている。現在、中国経済はすでに「さびついた」時代の厳しい深刻な状態にあり、我々は経済政策の改善のために積極的な提言や献策をすることが可能である。筆者の提言として、まず中央銀行には英文の略称を使用しただけのいわゆる「新方向規制」などの措置をむやみに打ち出さないことを求める。一般の人が理解できず、何の実効性も見当たらないからである。まだこれまで行ってきた「貸出規模管理」を完全に取り消すことの方が実践的である。これを取り消せば、中央銀行の出先機関の力は以前ほど大きくなくなるが、商業銀行の多くのねじれた行動は次第に消失し、「地下」にある相当程度のものが「地上」へ戻され、簿外のものが簿内に戻り、シャドーバンキングが真の銀行に変わり、真に中小企業への融資サービスを担う中小銀行及び類似機関の緊箍児(孫悟空を懲らしめるための頭の輪)を取り払えば、中国の実体経済への金融サポート状況は必ず多くが改善され、「さびついた」時代の中国経済に対する損害もさほど大きなものではなくなるはずである。

(2015年5月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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