中国社会科学院「2015年の金融政策展望」

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2015年01月09日

  • 王松奇

11月21日、中国人民銀行が利下げの決定を突然発表した。その翌日から金融機関の人民元の貸出基準金利と預金基準金利が引き下げられ、一年物の貸出基準金利は0.4ポイント下がって5.6%、一年物の預金基準金利は0.25ポイント下がって2.75%に、同時に預金金利の変動上限を基準金利の1.1倍から1.2倍へと調整した。他に期間毎の貸出・預金基準金利の調整も行われた。ここで「突然の発表」という言葉を使用したのは、中国人民銀行(中央銀行)のこの決定は中国共産党第十八回全国代表大会以来、最高指導者が何度も言明していた「マクロ政策を安定させ、ミクロ政策を活性化し、社会政策により底固めする」という政策を逸脱したものであったからである。一般の人の中では、いわゆるマクロ政策を安定させるとは、マクロ経済政策の安定性、連続性を維持することであり、金融政策の面からいえば、いわゆる穏健な金融政策を継続して実行し、ここ2年制定している毎年のM2の伸びが13%を超えないという通貨供給目標を継続することである。しかし、2014年1月~10月のマクロ経済の実際を見てみると、硬直化した方針と微調整も許さない金融政策運営の下で、経済に多くの予測できない状況が現れてきていることが明確となってきた。簡潔に述べるとおよそ次の四つである。


1. デフレ傾向がすでに現れている。2014年10月のデータでは、CPIは前期比1.6%の上昇にとどまり、PPIは同2.2%下落で32か月連続の低下となった。電力消費の伸び率は3.1%に落ち込み、一定規模以上の企業の工業付加価値の伸びは7.7%にとどまった。人民元貸出が伸び悩んでいるのは、明らかにマクロ経済の勢いが衰えてきていることを示唆している。ただ、これは国家統計局が発表したデータから見たマクロ経済の情勢にすぎない。もし我々が地方を訪れて調査すれば、さらに悲観的な空気が広がっていることを感じとれるであろう。さらに商業銀行を訪ねればすぐにわかるが、現在実体経済には大量の資金需要が存在しているものの、多くの商業銀行は貸出増への意思がなく、これは大変憂慮される現実である。なぜならこのような状態は世界金融危機時の米国商業銀行の状況と酷似しているからである。この状態が継続すれば、マクロ経済の落ち込みがさらに加速するだろう。


2. 構造調整が進んでいない。経済の構造調整は単に生産能力の過剰な企業を生産停止や半停止状態にするだけではなく、構造調整に向けた新たな分野への金融資源の投入を組み合わせる必要がある。しかしながら、貸出総額に対し厳格な管理が行われ、通貨総量も抑制の色合いを帯びている状態では、資金供給の増加による調整で構造的な問題を解決することは困難である。小型・零細企業の借入状況を例とすると、ここ数年、国は繰り返し小型・零細企業に対する支援を実施してきたが、「資金調達難、資金調達コスト高」の問題は解決できないでいる。その原因は多々あるが、大手銀行は方針は勇ましいものの、実際の行動が伴わず、中小銀行は地区の人民銀行の貸出枠の規制を受けており、業務拡大を行いたくとも貸出枠が不足している。つまり「お金はあっても配給切符がない」状態が全国で普遍的になっているのである。これが、当局が注目すべき現場の状況である。活力のある小型・零細企業や民間企業は十分な金融サポートが得られないと、事業を拡大する重要な時期に高利貸しに助けを求めるしかなく、最後は多くの希望ある中小企業、小型・零細企業が高利貸しによって破綻させられてしまう。このような現象が現在とても多くなっている。


3. 国内の消費需要に力強さがない。世界金融危機後、中央政府は第十二次五カ年計画を立案した際に国内の消費需要を新たな経済成長のエンジンとする経済運営方針を明確にしたものの、経済金融の理論と金融政策の実際において、盲点が存在していた。例えば、米欧日など先進国の国民の消費支出の内訳では、住宅購入や家賃支出が大きな割合を占めており、食費が占める割合はとても小さい。発展途上国を自称する中国も、国民のエンゲル係数はそれほど高くなく、加えて「中央八項規定」(訳者注:接待の簡素化や倹約節約の励行などを図った規則。いわゆる贅沢禁止令)もあることから、飲食による消費需要の増加を見込むのは的を射ていない。需要増の唯一の手だては国民の住宅購入を援助することである。筆者は、自宅購入であれ、買い替えの需要であれ、あるいは投資もしくは投機的な需要であれ、全て援助すべきであり、国民がお金を支出し、それが内需を刺激する効果を生み出すのであれば、奨励すべきであり、押さえつけるものではないと考える。こうしてこそ、市場メカニズムが資源分配において重要な機能を発揮していると言えるのである。


4. 市場の空気が悲観的で落ち込んでいる。マクロ政策による対応が鈍いことから、2014年以来、実体経済の状況が悪くなっただけでなく、金融市場が消極的で悲観的な空気を醸し始めた。貸出市場を見ると、マクロ経済の低迷を主因として、商業銀行の不良債権比率が急速に上昇し、「銀行の経営難」はすでに業界関係者の共通認識となっている。資本市場、特に株式市場の状況を見ると、市場動向にはわずかに好転している傾向が現れているようだが、株式市場が好転すると言われる三つの要素「株価にとってプラスの政策、話題性がある上場企業、豊富な市場資金」のうち、実際は一つも適うものがなく、相場を引き上げる力が乏しい状態にある。金融システム全体から見ると、金融資源の分配効率の低下という状況も変わっておらず、実体経済には力強い金融サポートが不足している。ウィークポイントである小型・零細企業、農村地域、民間先端技術企業の資金調達の問題は、シャドーバンキングや理財商品(高利回りの資産運用商品)での運用が盛んになる中、ますます厳しくなり、高利貸しが横行している。資金が金融システム内で相互に利益を求めて跋扈し、実需に基づかないで空運転する現象はすでに歪な形をした金融の新常態(ニューノーマル)となっている。


以上のさまざまな状況は、国務院の指導者たちも、中央銀行の素養が高く金融に精通している専門家たちもよくわかっているはずである。だが、政策を選択する上でいくらかの齟齬が生じることにより、構造調整を誘発する機能が発揮されないため、短期的な資金供給の微調整を特徴とする金融政策によって無理に「部分的な点滴のような資金供給」を行わなければならないのはなぜだろうか?1929年から1933年にかけての世界恐慌や2008年の世界金融危機など、各国が経済の落ち込みに対し、例外なく通貨の供給増加を行ったことを我々は知らないわけではあるまい。市場経済に別々のルールはなく、市場経済に参加さえすれば、行き着く結果はみな同じである。金融政策による対応としては景気変動の振幅を抑制する調節を行い、経済が過熱しているときは引き締め、経済が冷え込んでいるときは緩める。中央銀行が調節手段を手慣れたとおりに用いれば、半年も経たないうちに効果が現れてくるはずである。つまり、全ては難しいことではなく、我々はこの根拠やあの根拠に基づく中国特有の政策といった実情に合わないきれい事を用いる必要はないのである。


今回の利下げについて、海外では「突然」の二文字で論評しているが、筆者はこれは思いつきの産物ではなく、政策担当者たちが時期と情勢を推し量り、深く熟考した結果であることを期待している。そして、これは2015年のマクロ政策転換の基礎を固めるものであり、金利引き下げの始まりであるだけでなく、金融政策が緩和の時期に入った明らかなシグナルであると考えている。経済金融業界では、多くの人が4兆元の経済刺激策を非難し、中央銀行の通貨の超過供給を批判しているが、実際のところ(批判している人々は)皆指導者でないためその実情を理解できていないか、もしくはそもそも中国固有の通貨供給システムや通貨の仕組みについて深く研究していないのであろう。例えば、中国のM2は大きく、その中でM1はM2の三分の一前後を占めている。しかも中国国民には現金貯蓄の習慣が根強く、最近摘発された二匹のハエ(秦皇島の課長級幹部の自宅から1.2億元、国家発展改革委員会の副局長の自宅から2億元余りの現金が発見された)さえ、3億元余りの現金を保有していたことを考えると、全国ではどの程度の資金が不正に蓄財されているのだろうか。このように膨大な量の現金通貨が眠っているということは、日常において金融仲介に利用されている通貨の総量は実はそれほど多くなく、これも我々がある面では総量は充足していると言いながら、別の面で頻繁に「資金不足」となる根本的な原因である。


金融政策がM2の年間13%増という緊縮傾向を帯びたものから、年間15%前後増加する適度に緩和する方向へ転換することは、経済成長に有益なだけでなく、構造調整にも有益である。中央政府が策定する構造調整の目標の達成は、通貨供給を引き締めたままという条件の下では経済部門間の資金配分の自動調整が難しく、金融緩和による資金供給増、つまり新たに金融資源を投入することで実現可能である。このため、金融政策ではまず資金の余地をつくることが必須であり、さらに財政政策や税制による支援、政府のサポートなどの総合的な手段や協調を加えることで、初めて構造調整の目的を達することが可能となる。もし金融を極端に引き締めれば、経済の落ち込みはますます顕著になり、各業界はすでに困難を感じ始めていることから、経済構造調整が空論となってしまう。李克強首相が語っていたように、一つの大国はそれ相当の経済成長率を維持しなければならない。GDPの伸びは国の全てを代表することはできないものの、それが完全に失速すれば我々は全てを失ってしまう。改革開放30年余りの中で、中国の何が世界の羨望を集めてきたのだろうか?神話のような成長物語であろう。量から質の転換について、質の向上という目的は短期間で実現可能ではない。つまり2015年には、我々は再び整合性のない政策対応をしてはならず、果断に経済成長と構造調整に有益な政策を策定していかなければならない。金融政策に対する人々の期待はとりわけ高くなっている。

(2014年12月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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