サマリー
米国の次期大統領トランプ氏は、「中国からの輸入品に45%の関税をかける」「中国を為替操作国に認定する」などと発言し、物議を醸した。
2015年の中国の対米輸出は4,092億米ドルと全体の18.0%を占める。仮に米国が45%の輸入関税を課した場合、中国の対米輸出は、大打撃を受ける可能性が高い。中国への影響は言うまでもないが、対中国輸出に占める中間財の割合が高いマレーシア、台湾、韓国、インド、日本、タイといったアジア各国・地域も大きな影響を受けることになろう。
確かに、貿易政策上、米国の大統領に付与された権限は大きく、150日を超えない範囲内で、輸入割当を実施し、あるいは15%以内の輸入付加税を課すことができる。それでも、中国からの全ての輸入品に45%の関税をかけることは、その権限を大きく逸脱しているし、WTOの規定違反である。
一方、為替操作国の認定は米財務省が行うため、実行される可能性はある。しかし、人民元レートの水準は、明らかに割安に放置されていた10数年前と現在とは状況は大きく異なる。人民元の実質実効為替レートの推移を見ると、中国が事実上の米ドルペッグ制を取り止め、管理フロート制を導入した2005年7月21日以降、およそ10年にわたり元高傾向が持続し、2005年~2015年までの間に59.1%上昇した。2016年こそ元安が進展しているが、現在の人民元は少なくとも明らかな元安とは言えない。
加えて、2015年8月11日の元レート切り下げ以降、当局が実施しているのは、急速な元安を避けるための人民元買い支えである。これを為替操作と批判するのであれば、トランプ氏はさらなる元安を望んでいることになるが、もちろんそうではあるまい。
トランプ氏の上記2つの発言は妥当性を欠くということになろう。だから問題は起きないと言えればよいのだが、米国第一主義を志向する新政権の保護主義的傾向がどのような形で政策に表れるかは予断を許さない。
何をしてくるかよく分からない不透明性こそが最大のリスク要因であり、これは、経済・通商問題に限らない。外交や軍事分野でも不透明性が高まっており、既に米中間では台湾問題が火種となっている。中国は、両岸(大陸と台湾)問題を国家主権や領土といった核心的利益にかかわる、最も重要で敏感な問題と捉えており、トランプ氏の「一つの中国」に縛られない、との発言は当然看過できるものではない。核心的利益である以上、中国にこの問題で譲歩する余地は全くなく、強硬な姿勢を取らざるを得ない。台湾問題は我々が考えている以上に深刻で、米中関係の著しい冷え込みを招きかねない重大なリスク要因として認識しておくべきであろう。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
よく読まれているリサーチレポート
-
米金融政策を占うジャクソンホール会議の注目点は?
市場が期待するほどの大幅な利下げの示唆は期待しにくい
2024年08月16日
-
ハリス氏はトランプ氏に勝てるのか?そして、米国経済の行方は?
トランプ氏の優勢は継続、トランプ・リスクの発現は議会選挙とトランプ氏の匙加減次第
2024年08月02日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
「国債買入減額」と「追加利上げ」が長期金利と経済活動に与える影響は限定的か
2024年7月金融政策決定会合で日銀は金融緩和の縮小姿勢を明確化
2024年07月31日
-
「適温」なドル円相場は130円台?
ただし10円の円高で実質GDPは0.2%悪化
2024年08月14日
米金融政策を占うジャクソンホール会議の注目点は?
市場が期待するほどの大幅な利下げの示唆は期待しにくい
2024年08月16日
ハリス氏はトランプ氏に勝てるのか?そして、米国経済の行方は?
トランプ氏の優勢は継続、トランプ・リスクの発現は議会選挙とトランプ氏の匙加減次第
2024年08月02日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
「国債買入減額」と「追加利上げ」が長期金利と経済活動に与える影響は限定的か
2024年7月金融政策決定会合で日銀は金融緩和の縮小姿勢を明確化
2024年07月31日
「適温」なドル円相場は130円台?
ただし10円の円高で実質GDPは0.2%悪化
2024年08月14日