サマリー
先日、中国のインターネット関連企業大手で微信(WeChat)やQQといったチャットツールを提供するテンセントが時価総額でアジア最大となったとの報道があった。つい最近まで時価総額の大きい中国企業といえば、4大銀行や石油企業といった巨大国有企業であったことを踏まえれば、テンセントやアリババ・グループといったインターネット関連企業の著しい成長には驚きを隠せない。テンセントは、チャットツールだけでなく、モバイル決済や送金(微信支付、WeChat Payment)といった幅広いサービスを提供しており、登録ユーザー数も11億人程度とされることから、中国においてすでに社会インフラの一つになっていると言える。インターネット関連企業の躍進は、国を挙げてイノベーションを推し進めようとしている中国にとってポジティブな結果と考えられる。
中国におけるインターネット関連企業の発展は、近年急激に拡大している研究開発やM&Aといった投資に加えて、技術開発を行う豊富な人材によって支えられている。中国は先進国と比べて大学進学率こそ低水準ではあるものの、そもそも人口が多いことから2014年の大学在籍者数は約1,541万人と日本の約6倍となっている。そして、中国大学生の専攻分布をみると、インターネット技術の開発等を支える工学部在籍者数が約512万人と最大勢力となっており、2014年の日本の大学在籍者数全体(255万人)を超えている(※1)。
しかし、豊富な人材供給の基礎となっている国内の教育環境に対する不満も高まっている。例えば、最近社会現象化した中国ドラマ「小別離」がその代表例だろう。「小別離」は子供を海外留学させようとする一般家庭をテーマとしたドラマである。このドラマが社会現象となった背景には、中国の学歴第一主義と熾烈な教育競争がある。上述のように、豊富な人材を抱える中国において、希望の就職先に就くことができるのはほんの一握りの大学生だけである。そして、そのチャンスを掴むために有名な大学に入らなければならず、中学生・高校生の時から毎日16~18時間程度勉強をしなければならない。「小別離」では、子供を海外留学させる両親の葛藤や子供が直面する中国の学歴第一主義や熾烈な教育競争といった現実をリアルに描いたことから、親は過去の経験を思い起こしながら、また子供たちは現在の境遇と重ね合わせながら見ていたものと考えられる。
実際に、海外に留学する学生数は継続的に増え続けている(図表)。海外でさらに高度な教育を受けたいという気持ちもあるだろうが、国内での学歴競争を避けたいという気持ちもあるのだろう。加えて、以前は海外留学した学生も卒業後に中国へと帰国(「海亀派(留学帰国組)」と呼ばれる)し、国際ビジネスやイノベーション分野で活躍することも多かったが、近年は海外留学経験者も増加しており、希望の職に就くことができない「海帯派(帰国したが、仕事が見つからない)」という現象も出てきている。結果的に、海外留学した学生が卒業後も中国に帰国せず、留学先の国で生活を続けるケースも増えているようだ。
こういった一般家庭の国内の教育環境に対する不満や、海外留学した学生の動向の変化は、技術開発を担う人材供給に対して影響を与えるだろう。中国における今後のイノベーションの成否は、「小別離」が映し出す一般家庭の悩みをいかに解決するかにかかっているのかもしれない。

(※1)中国の大学在籍者数は中国統計年鑑2015による。日本の大学在籍者数は、文部科学統計要覧(平成27年版)による。
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