2013年05月24日
サマリー
5月17日に首相官邸で開催された第111回総合科学技術会議(※1)では、科学技術イノベーション政策の全体像を、課題解決型戦略パッケージとして打ち出していくことが必要不可欠であるとの認識の下、「科学技術イノベーション総合戦略」の原案(以下「総合戦略」)が示されている。総合戦略は、中期計画である第4期科学技術基本計画(※2)と整合性を保ちつつ、「最近の状況変化を織り込み、科学技術イノベーション政策の全体像を含む長期のビジョンと、その実現に向けて実行していく政策を取りまとめた短期の行動プログラム」として策定されている。
総合戦略には、「科学技術イノベーション政策の運営上必要な6原則」が示されており、この6原則を踏まえて、経済社会のあるべき姿のグランドデザインや課題解決型志向の科学技術イノベーション政策の包括的パッケージが策定されている。また、「科学技術イノベーション政策推進のための3つの視点」も示されており、経済活動の効率化や生産性向上、新たな事業フロンティアの展開や高付加価値化による市場展開、世界市場を見据えた海外展開など、戦略的視点を踏まえた取り組みが盛り込まれている。

総合戦略では、少子高齢化や情報化社会の進展、環境・エネルギー等の地球規模の課題の増大に加え、新興諸国の急成長や自然災害対策の喫緊性の増大などを踏まえ、科学技術イノベーションの観点から、「2030年に実現すべき我が国の経済社会の姿」が示されている。また、2030年のあるべき経済社会の姿の実現に向け、喫緊の課題である経済再生を強力に推進するため、イノベーション政策が当面取り組むべき政策課題も設定されている。それぞれの政策課題については、重点的に取り組むべき課題と重点的取組の工程表が示されており、「2018 年を目途に浮体式洋上風力発電の実用化」や「2030 年以降に太陽光発電のコストを7 円/kWh 未満に」などの具体的な成果目標も設定されている。

総合戦略では、日本が再び成長センターになるためにはイノベーションが不可欠であるとの認識が示されており、「科学技術イノベーションに適した環境創出」が重視されている。 科学技術イノベーションに適した環境創出についても、重点的に取り組むべき課題と重点的取組が示されており、「大学における1000 万円以上の大型の共同研究の件数を2030 年までに倍増」や「技術輸出額は2020年までに約3兆円」などの数値目標も置かれている。科学技術イノベーションに適した環境創出に向けては、「これまでのように個別施策を積み重ねるという手法から訣別し、各施策の部分最適化ではなく、全体像を俯瞰しながらイノベーション・システムを駆動し、イノベーションの芽を育む環境創出を図っていく」ことが述べられている。

科学技術イノベーションに最も適した国を創り上げていくためには、「総合科学技術会議の司令塔機能の強化」が必要との考えも示されている。総合戦略は、「権限、予算両面でこれまでにない強力な推進力を発揮できるよう、司令塔機能の抜本的強化策の具体化を図らなければならない」と述べており、「総合科学技術会議の司令塔機能強化のために早急に取るべき措置」として、(1)科学技術予算編成の主導、(2)事務局体制の強化、(3)総合科学技術会議の活性化等、が挙げられている。総合科学技術会議は、科学技術イノベーション政策に関して、日本経済再生本部、規制改革会議等の他の司令塔機能との連携を強化し、自らがより直接的に行動していくとしている。
総合科学技術会議が強い司令塔機能を持ち、府省間の縦割りを排除し、産学官の連携を強化することなどによって、研究成果の実用化や事業化が促されれば、経済再生や経済成長の大きな推進力の一つとなる可能性がある。しかし、「震災後に国民の科学者・技術者に対する信頼感が低下し、研究開発の方向性の決定を専門家のみに任せておけないと考えている国民が激増しているのに比して、専門家一般はそこまで深刻に捉えていないように見える」との指摘もある(※3)。東日本大震災の経験を踏まえて策定された第4期科学技術基本計画は、「今後の科学技術政策の基本方針」の一つとして、「『社会とともに創り進める政策』の実現」を掲げており、「科学技術と社会との関わりについて再構築していくことが社会的に要請されている」と述べている。社会との双方向の対話や意思決定への国民の参画などを通じて、国民の理解と信頼を得ながら、科学技術イノベーション政策が積極的に推進されることを期待したい。
(※1)「総合科学技術会議(第111回)議事次第」内閣府
(※2)「第4期科学技術基本計画」内閣府
(※3)「平成24年版 科学技術白書」(P45) 文部科学省
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