2013年01月16日
サマリー
「科学技術研究調査」は、日本の科学技術に関する研究活動の状況を調査し、科学技術振興に必要な基礎資料を得ることを目的として、昭和28年以降毎年実施されている。平成24年12月に公表された「平成24年科学技術研究調査(※1)」の結果によれば、平成23年度の科学技術研究費の総額は、前年度から1.6%増加して17兆3,791億円になったとされている。GDPに対する研究費の比率は3.67%、研究者1人あたりの研究費は約25万ドルとなっており、欧米の主要国や中国、韓国などの中では、日本はいずれも上位グループに位置するとみられている。
研究費の内訳を支出源別にみると、民間の支出が全体の約8割を占めており、前年度との比較では、3,376億円(+2.5%)の増加となっている。一方、国・地方公共団体の支出は、いわゆるリーマン・ショック後の平成21年度に一時的な増加がみられたものの、その後は2年度連続で減少しており、平成23年度の支出はリーマン・ショック前の水準を下回っている。第3期科学技術基本計画では、期間中(平成18年度~22年度)の政府研究開発投資の総額規模は、対GDP比1%を目途として約25兆円が必要とされていたが、実際の支出総額は、これに達しなかったものとみられる。また、東日本大震災を踏まえて策定された「第4期科学技術基本計画(※2)」でも、期間中(平成23年度~27年度)の政府研究開発投資の総額規模は、約25兆円(対GDP比率1%を目途)が維持されているが、新たな基本計画が開始された平成23年度においても、政府の支出額に増加はみられていない。

研究費全体に占める自然科学の比率は高くなっており、平成23年度に自然科学に使用した研究費は研究費全体の92.1%を占め、金額では16兆98億円となっている。自然科学に使用した研究費について、研究の性格別にその内訳をみると、基礎研究費や応用研究費と比較して開発研究費の金額が大きく、開発研究費は基礎研究費の4倍を超える水準となっている。民間の資金はより製品に近い開発研究に投じられやすい一方、基礎研究費は政府の支出による部分が大きいとみられるため、政府による研究開発投資が停滞すれば、基礎研究の多様性や独創性を確保することが難しくなる可能性もある。一方、税金などで集められた政府の資金を支出するにあたっては、対象となる研究の内容や質について慎重に吟味されるべきであり、適切な選定プロセスを経由した投資が求められるであろう。

「平成24年版 科学技術白書(※3)」では、東日本大震災の経験を経て、科学者や技術者に対する国民の信頼感が低下したとの認識が示されている。また、科学技術の研究開発の方向性を専門家が決定することについても、肯定的な国民が減少していることが示唆されている。同白書では、「震災後に国民の科学者・技術者に対する信頼感が低下し、研究開発の方向性の決定を専門家のみに任せておけないと考えている国民が激増しているのに比して、専門家一般はそこまで深刻に捉えていないように見える」(同白書p.45)と指摘している。意思決定の重要な部分をいわゆる専門家のみに依存しているとすれば、ステークホールダーの関与がプロセスに組み込まれていないことが、構造的な欠陥となっている可能性もある。仲間内だけで研究開発の方向性が決定され、研究費獲得のための研究が横行するようなことがあれば、基礎研究の発展やイノベーションの推進などは望むべくもないであろう。
第4期科学技術基本計画では、重要な柱の一つとして「基礎研究及び人材育成の強化」が掲げられ、「我が国の科学技術イノベーションの礎を確たるものとするためには、国として、独創的で多様な基礎研究を重視し、これを一層強力に推進していくことが不可欠であり、基礎研究の抜本的強化に向けた取組を進める」としている。また、「社会とともに創り進める政策の展開」の基本方針では、「社会と科学技術イノベーションの関係の深化に向けて、国民の政策過程への参画、リスクコミュニケーションも含めた科学技術コミュニケーション活動を一層促進する。また、政策の企画立案及び推進の各段階において、推進主体、目的、目標を明確化し、説明責任を強化するとともに、PDCAサイクルの確立に向けた取組を進める」と述べている。基本計画の考え方が着実に実行され、政府による研究開発投資が、イノベーションにつながる投資となることを期待したい。
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