アベノミクスと科学技術の再興

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2013年08月06日

  • 岡野 武志

サマリー

日本学術会議(※1)は、科学研究に関わる不正行為や利益相反問題が後を絶たないことを受け、先ごろ「科学研究における不正行為の防止と利益相反への適切な対処について(※2)」と題する会長談話を発表した。この会長談話では、関係する大学に、さらに事態の徹底した解明・公表を行い、再発防止の体制をとることを求めている。また、「生命科学をはじめとする科学研究が、その健全性と研究水準において世界最高水準になるように」力を尽くす意向を示している。同会議は、「科学研究における不正行為防止を含む科学者の行動規範の徹底に向けた対応に関する事項、及び臨床試験における技術的、理論的質向上に関する事項を含む臨床試験の今後の制度の在り方に関する事項を審議」するため、「科学研究における健全性の向上に関する検討委員会(※3)」も設置している。


日本学術会議は、これまでにも国内外で科学者の不正行為等が続発したことに対して強い危機感を持っており、2006年10月に「科学者の行動規範について(※4)」と題する声明を公表している。この声明では、「科学者が、社会の信頼と負託を得て、主体的かつ自律的に科学研究を進め、科学の健全な発展を促すため、すべての学術分野に共通する基本的な科学者の行動規範」(科学者の行動規範)が示されている。また、「データのねつ造や論文盗用といった研究活動における不正行為の事案が発生したことや、東日本大震災を契機として科学者の責任の問題がクローズアップされたこと、いわゆるデュアルユース(※5)問題について議論が行われたこと」などから、この行動規範の見直しも行われており、今年1月に改訂が実施されている(※6)

科学者の行動規範-改訂版-

しかし、このような取り組みにもかかわらず、不正行為や利益相反問題が後を絶たない背景には、科学者個人に起因する問題だけでなく、科学研究を行う組織や仕組みにも、不適切な行動を引き起こす誘因や何らかの機能不全があった可能性もある。これまでの科学研究については、研究費や研究時間の減少、若手研究者数の不足や不安定な雇用状況、国際的な地位低下や国際化への対応の遅れなど、さまざまなボトルネックやネガティブ・スパイラルも指摘されてきた。また、経済が長期停滞に陥っていた時期には、短期間で成果を挙げにくい研究は優先順位が低くなり、基礎研究や多様な価値のある研究が停滞してきた面もあろう。科学研究に限らず、組織の活性が低下し、陳腐化した仕組みが見直されなければ、不正や不祥事の温床になりやすくなる例は少なくない。


先ごろ公表された安倍政権の「日本再興戦略(※7)」は、「オールジャパンの対応で『技術立国・知財立国日本』を再興する」ことを掲げている。「国の総力を結集して『技術で勝ち続ける国』を創る」ことを目指し、「総合科学技術会議(※8)」の司令塔機能を強化することにより、「府省の縦割りを廃し、産学官の連携を抜本的に強化し、高い科学技術力が最終製品・サービスまで到達できていない我が国の現状を打破する」としている。また、「『総合科学技術会議』が中心となり、コア技術を特定し、基礎研究から出口(事業化、実用化)までを見据えたロードマップに基づく、府省の枠を越えた取組を行う」仕組みが想定されており、「今後5年以内に科学技術イノベーションランキング世界1位」を、達成すべき成果目標としている。


止まっていた経済が再び動き出す中で、人材や資金を惹き付ける科学研究の組織や仕組みを構築できれば、新たな成長のスパイラルを創ることも可能であろう。しかし、これまでの不正や不祥事を引き起こしてきた要因を払拭し、社会からの理解や信頼を取り戻すことができなければ、科学研究の推進や科学技術の振興は、掛け声だけに終わる懸念もある。成長への道筋において、科学技術イノベーションへの期待は決して小さくない。科学者をリードする日本学術会議や強力な指令塔機能を担う総合科学技術会議には、適切なガバナンスや社会とのコミュニケーションの機能を一層高め、社会とともに創る科学技術イノベーションを推進していくことが期待される。


(※1)日本学術会議法に基づく内閣総理大臣所轄の機関であり、その職務は、科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること、及び科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させることと定められている。会員は、優れた研究又は業績がある科学者のうちから内閣総理大臣によって任命される。
(※2)「提言・報告等【会長談話(会長コメント)】 日本学術会議会長談話『科学研究における不正行為の防止と利益相反への適切な対処について』」(2013年7月23日)日本学術会議
(※3)「科学研究における健全性の向上に関する検討委員会」日本学術会議
(※4)「提言・報告等【声明】 科学者の行動規範について」(2006年10月3日)日本学術会議
(※5)民生・軍事の両方に利用可能なこと。「科学・技術のデュアルユース問題に関する検討報告」は、「科学・技術の発展は、様々な面で我々の生活に恩恵をもたらし、その福祉の向上に寄与するものであるが、いったんそれが悪用されたり、誤用されたりした場合には、我々の生活を害し、社会の安全を損なうものとなってしまう。つまり、科学・技術は、それを用いる者の意図によっては両義性を持つものといえる」と述べている。
提言・報告等【報告】 科学・技術のデュアルユース問題に関する検討報告」(2012年11月30日)日本学術会議
(※6)「提言・報告等【声明】 科学者の行動規範-改訂版-」(2013年1月28日)日本学術会議
(※7)「新たな成長戦略 ~『日本再興戦略-JAPAN is BACK-』を策定!~」首相官邸
(※8)内閣総理大臣を議長として、関係する大臣や「科学又は技術に関して優れた識見を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命する者」などで構成される会議。科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策、科学技術に関する予算、人材その他の科学技術の振興に必要な資源の配分の方針などについて調査審議等を行う。

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