2012年11月22日
サマリー
米国金融改革法(ドッド=フランク・ウォール街改革及び消費者保護に関する法律:Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)は、2010年7月に可決成立したものの、規制の具体的内容を決定する下位規則の制定が進まず、実施に大きな遅れを生じているものが少なからずある。事業会社の情報開示ついては、紛争鉱物利用開示と並んで、産業界からの強い反対があった、資源採掘業発行体の対政府支出開示制度(※1)について、米国証券取引委員会(SEC: Securities and Exchange Commission)は、これ以上の延期をせず、2013年9月30日より後に終了する事業年度から適用することを改めて明らかにした(※2)。
資源採掘業発行体の対政府支出開示制度の概要
開示義務を負うのは、
・SECに対し年次報告書を提出している会社で
・石油、天然ガス又は鉱物の商業開発に関与しているもの
日本企業であっても、これに該当すれば開示義務を負うことになる。
資源採掘業発行体には、外国政府又は米国連邦政府に対して支払いが
・石油、天然ガス又は鉱物の商業開発を促進するため
・僅少でない(not de minimis)
場合に個別開示義務が発生する。僅少でないとは、支払額が10万ドルを超えるものをいう。支払いの種類としては、税金、ロイヤルティ、手数料(ライセンス料を含む)、生産権利金、賞与、配当、インフラ改善支出などが含まれる。
開示事項は、
・プロジェクトごとの支出の種類と合計額
・支出対象政府ごとの支出の種類と合計額
・カテゴリーごとの支出の合計額
・支出を行った通貨
・支出を行った会計期間
・支出を行った資源採掘業発行体の事業セグメント
・支出を受領した政府及びその所在国
・支出に関連する資源採掘業発行体のプロジェクト
である。SEC規則には、プロジェクトの定義がないが、施行に際しての解釈指針(guidance)を示している(※3)。
資源採掘業発行体の対政府支出開示制度の目的と懸念
石油・ガス・鉱物資源等の開発に関係して資源採掘業者から資源産出国政府へ様々な名目で資金が支払われるが、政治腐敗を招いたり紛争における武器調達に利用されたりするおそれもある。そこで、資金の流れの透明性を高めることによって、腐敗や紛争を予防し、成長と貧困撲滅を容易ならしめることができると期待されている。こうした、腐敗や紛争に関わる資金提供を米国上場企業が行えば、それは企業の評判を下落させる恐れがあり、業績の悪化や株価下落を通じて投資家の損失につながりかねない。そこで、資源採掘業発行体に対政府支出開示義務を課し、投資家保護を図ることが規則制定の目的とされている。
しかし、この規則には産業界からの強い反対がある。開示制度であって、対政府支出を禁じるものではないが、鉱山採掘権の獲得に向けた積極的な事業活動を抑制することになるではないかという危惧がある。対政府の交渉経過の一部を資金の移動という形で開示すれば、競争相手となる企業に手の内をさらすことになる。有利な条件で鉱物資源を利用する機会を失うことになりかねず、資源採掘業発行体企業の業績に悪影響を及ぼすだけでなく、米国経済にも打撃を与える恐れもあると批判されている。米国産業界からは、Proxy Accessの場合と同様に、規則の無効を求める提訴も行われているが、SECは訴訟の結果を待たずに実施を決める決定を行った。
紛争鉱物利用開示制度は、サプライチェーン全体の調査につながるので、米国上場企業以外にも広く新たな調査の負担を及ぼすことになるが、資源採掘業発行体の対政府支出開示制度は、該当する発行体にのみ関わる事項であるうえ、新たに大きな調査コストが生じるものではないように思える。しかし、開示制度の新たな創設によって、企業の経営判断に変化をもたらす可能性はあり、経済や社会にどのような影響を及ぼすかは、今後見極めていかなければならないだろう。
(※1)SEC Adopts Rules Requiring Payment Disclosures by Resource Extraction Issuers
(※2)Release No. 68197/November 8, 2012
(※3)Disclosure of Payments By Resource Extraction Issuers
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