2012年08月17日
サマリー
年金基金の管理運営を行う者は、年金制度加入者の利益を最大にするために行動しなければならない。委託者たる制度加入者から信託される財産によって構成される年金基金の資産運用において管理運営にあたる受託者は、年金基金による給付債務の履行を確保するため慎重に運用を行う責務を負う。
年金基金の受託者責任は、年金制度加入者に対する責任であり、他の者の利益を考慮に入れる必要は通常はないといえる。たとえばA社企業年金がB社株式を保有している場合に、B社に対してX社から買収提案があり、買収後B社従業員の大量解雇が予定されていたとしても、A社企業年金の受託者は、B社従業員の行く末を考えることなく、買収価格が十分に高ければ買収提案に応じて株式を売却しても受託者責任の問題を生じることはない。しかし、A社企業年金がA社株式を保有している場合に、X社からA社に対して買収提案があり、買収後A社従業員の大量解雇が予定されていたとすれば、A社企業年金の受託者としてはどのように行動するべきであろうか。X社にA社株を売却してしまえば、委託者であるA社企業年金加入者、すなわちA社従業員は失業するかもしれない。委託された任務(資産運用)とは、異なるところで委託者の利益を害してしまうことになる。
公的年金基金の場合には、このような事態が頻繁に生じうるだろう。委託者は公的年金制度加入者なのだから、一人ひとりの加入者と密接な利害関係のある会社に公的年金基金が投資している事例は無数にあるはずだ。
住宅リフォーム素材や大工道具などを扱うホームセンターを経営するカナダの会社RONAに米国の同業者Lowe'sが敵対的買収をかけており(※1)、この買収提案をめぐって、カナダの年金基金の対応が割れている。ケベック州年金制度の資金運用を行うケベック州投資信託銀行は、RONA株式の追加購入を行い、発行済み株式の約14%を所有することになる(※2)。敵対的買収の成功を困難にする投資だ。背景には、このRONAがケベック州経済に占める重要性を認め、外国企業による支配に警戒感を示す州政府の意向がある。これに対してカナダ年金制度では、資産運用に対する政治的な影響を好ましくないものとしている(※3)。価格次第では買収提案に応じるということであろう。
受託者責任の範囲を大きくとれば、州経済に対する影響を重視するケベック州年金制度の方針もあながちおかしなものではないとも思える。しかし、資産運用という委託された任務を成功させるには、敵対的買収提案の実現を困難にすることは得策ではない。有利な価格で売却する機会を自ら潰すことになるからだ。実際、民間の投資信託業者からは、ケベック州の政治的介入を批判する声(※4)もあるように、自由な価格競争を阻害することは、一般株主の利益を損なう恐れが強い。
国家など公的資金による株式投資には、民間投資家には関わりのない公益の実現という目的もあり得るので、しばしば摩擦を惹き起こすことになる(※5)。公的資金運用の受託者責任の限界をどこに置くべきか、カナダの事例は一つの検討材料になりそうである。
(※1)RONAウェブサイト
(※2)ケベック州投資信託銀行ウェブサイト
(※3)Winnipeg Free Press ウェブサイト
(※4)Financial Post ウェブサイト
(※5) 拙稿「政府系ファンドが株主になる日」
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