企業の成長に経営ビジョンは必要か?

RSS
  • コンサルティング第一部 主任コンサルタント 吉田 信之

「貴社の経営ビジョンは何ですか?」と聞かれて、即座に答えられる人はどのくらいいるだろうか。「そういえば入社時に○○○と聞いたような・・・」といった反応の人も少なくないかもしれない。また、「当社の経営ビジョンは・・・です」と即答できた人のなかでも、「では、あなたはその経営ビジョンに沿って、日々お仕事をされていますか」と聞かれて、「もちろんです」と胸を張って答えられる人はどれだけいるだろうか。


そもそも経営ビジョンは抽象的な概念であり、行動憲章、社是、社訓といった経営者・社員の姿勢や行動を自戒する性格のもの(自戒型)から、企業理念、経営方針、ミッションといった行動規範的な企業の方向性を定める性格のもの(方向性型)まで幅広く存在する。また、ある意味、経営ビジョンという概念そのものが、時代とともに変化してきているといってもよいかもしれない(以下、すべてを総称・包含して「経営ビジョン」とする)。特に、かつての経営ビジョンはシンプルで誰もが覚えやすいものが多かったが、最近はむしろ長文化している傾向にあるように思う。いずれにしても、経営ビジョンは、一定の価値観を社内で共有し、あるべき企業行動、社員行動に結び付けるものとして、特に経営者に重視されてきたものであるといえる。


しかしながら、数多くある経営ビジョンの研究において指摘されている(※1)ように、経営ビジョンが単なるお題目と認識され、形骸化している事例も散見される。そこで本稿では、成長著しい企業を特定・抽出し、それらの成長企業と経営ビジョンとの関連性について調べてみることとした。


ここで、成長著しい企業とは、「過去5年間、連続して営業利益の増加率が10%を超える企業」と定義したところ、全上場企業のうち37社が該当した。これらの企業について、まず目を引いたのは、37社のうち33社(92%)がホームページ(HP)上で経営ビジョンを公表していたことである。すなわち、HP上に自社の経営ビジョンを掲載することで、社内外に幅広く企業ビジョンの浸透を図ろうと試みている姿勢が伺われたといえよう。


また、成長企業の経営ビジョンを「自戒型」「方向性型」の2つに大きく分類してみたところ、「自戒型」が12%、「方向性型」が88%という結果であった。すなわち、成長企業が掲げる経営ビジョンは、企業自身の目指すべき姿を示唆する「方向性型」を採用することが多かったといえよう。


さらに、経営ビジョンの内容については、「仕事を通じて社会に貢献する」ことを掲げる企業が58%、クライアントファーストを掲げる企業が42%あり、この2点が比較的高い比率で共通する特徴としてみられた。また、比率として高いとまでは言えないが、27%の企業が「業界のリーディングカンパニーになる」「No.1を目指す」といった意欲的な目標を経営ビジョンの中に明確に取り入れている。


以上の結果のみを以って判断するのは早計かもしれないが、成長企業が掲げる経営ビジョンの共通項としては、HPで社内外に広く浸透を図るとともに、社会貢献など仕事の意義を社員に伝え、企業の目指すべき方向性(ベクトル)を共有するものであるといえよう。また、業界のNo.1を目指すといった明確でわかりやすいメッセージを込めることで、社員により一層の一体感を醸成したいという意図も感じられる。


必ずしもこのような経営ビジョンを策定すれば、すぐに業績が伸びるというものでもないと思うが、少なくとも今回抽出した成長企業では上記のような傾向が存在した。その意味では、上記のようなビジョンを明確に打ち出すことと、好業績を生み出していることに、一定の因果関係はあるのではないかと思われる。特に、社員に対して仕事の意義・重要性を、例えば社会貢献という観点から訴えるとともに、企業としての向かうべき方向性(ベクトル)を揃えておくことが、より大きな相乗効果を生み出しているのではないかと推測できる。


経営ビジョンは抽象的な概念であるがゆえに、形骸化しやすい性格を有しているといえる。だからこそ、社員の心に刺さるような経営ビジョンを策定し、それを共有することができれば、社員の潜在力を最大限引き出すことも可能であるといえよう。貴社がもし、より一層の企業成長を遂げるために何をなすべきか悩まれているのだとしたら、貴社独自の「経営ビジョン」を策定してみるのも一考である。

成長企業が掲げる経営ビジョン(抜粋)

(※1)Desmidt and Prinzie,2008「組織成員は、経営理念の意義に関連づけられる行動をあまりとらない」
Bart,1997 経営理念は「インクが乾く前にすでに破れた約束」

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス