維持管理部門の分社・民営化による水道広域化~水道版「上下分離方式」の提言

RSS

7月23日未明、堺市で埋設後40年を超えた老朽管が破裂、周辺道路が冠水のうえ計3万3000世帯に断水や濁水があった。その翌々週には大阪市で老朽管が破裂した。公共インフラ、とりわけ水道管の老朽化が問題となっている。更新ペースを上げていかなければならないが、ことはそれほど単純ではない。財政悪化で予算制約が厳しい上に、人口減で料金収入は先行き減少が見込まれる。こうした前提を踏まえ、人口減少ペースの地域的な濃淡を見極めながら、延命措置も考慮した適切な維持管理をしていかなければならない。更新は重要だがこれ一辺倒で今後はもたない。修繕と更新のベストミックスが大切だ。


こうした課題にあたって、本稿で提唱するアイデアは、水道局から配水管の維持管理部門を切り離し、配水管のメンテナンスをネットワーク単位で請け負い、いつでも使える状態に保つことを目的とした会社を設立しようというものだ。組織図でいえば建設課とか維持修繕課とか呼ばれている部署にあたる。これを独立した民間会社(※1)とし、当の配水管には公共施設等運営権(コンセッション)を設定する。配水管維持会社の収入は、総括原価方式で決められた水道料金のうち管路維持コストにかかる部分とする。その収入をもって、配水管維持会社が自らの裁量と責任をもって更新や修繕をする。


これは鉄道で言う「上下分離方式」の水道版ということもできる。神戸市に「神戸高速鉄道」という車両を持たない鉄道会社がある。線路や駅を保有し阪急、阪神、山陽及び神戸電鉄の各電車が乗り入れる。以前は保守点検やレールの交換工事も業務に含まれていた。つまり路線を安全に使える状態に保つことが会社のミッションとなる。鉄道でいう上下分離方式は運行(上)とインフラ整備(下)を分けることをいうが、本稿の提言は、線路の代わりに配水管ネットワークを想定する。これを管轄する会社を設立し、「上」にあたる事業運営と分けようという発想だ(※2)

スポット調達から長期契約へ

水道における分社・民営化のメリットは何か。まずは、工事発注がスポット調達からゆるやかな長期契約方式に変わることによって、取引コストの削減とガバナンスの向上が図られる。現状、水道サービスはほとんどが官営であり、更新工事の発注は競争入札が大原則である。もっとも安い価格を提示した業者を選んでスポット調達する。この場合、水道局と施工業者の関係は短期かつ不安定。将来を見据えた業者の育成がやりにくい。工事の出来不出来を評価して次回に反映させるのが難しい。よくも悪くも「一期一会」だからだ。


スポット調達は競争原理を利かせ一番安い価格で調達できるといわれるが、買い手である水道局の側に隠れた割増コストがかかっている。経済学の言葉でいう情報探索コスト、交渉・意思決定コスト、契約締結コストそして履行確保コストである。たとえば設計図は、施工に必要な最低限をこえて細かく作らなければならない。所要材料を丁寧に拾い、入札にのぞんで厳密な予定価格を作らなければならないからだ。入札イベントをスムーズに進める職員も必要。契約手続は性悪説に基づいて厳格に進めなければならない。いちいち新規取引だから、施工以降のローカルルールも一から説明しなければならない。施工中においても安全面などで手抜きをしていないか、けっこうな頻度で現場におもむき監督する必要に迫られる。マニュアルを策定し従ってもらうのも難しいし、専用の進捗管理システムを導入してもらうのはなおハードルが高い。そもそも体系的な指導育成が難しい。次回いつ一緒に仕事をするかわからないから長い目でみた投資ができないのだ。


他方、鉄道はじめ民間のインフラ会社が工事発注するにあたっては、長期の反復取引を想定した基本契約書を取り交わすケースが多い。スポット調達の短期不安定な関係に対し、こちらは信頼に基づく長期安定的な関係が土台にある。もちろん馴れ合い関係にならないよう成績評定による規律づけの仕組みとワンセットである。水道事業に関しても、維持管理部門が民営になることによって、公共調達の文脈では不可能であった長期安定的な契約関係が可能になる。これによってスポット調達であるがためにかかっていた割増コストが削減できる。マニュアル精緻化、システム導入、業者の指導育成や成績評定にかかるコストが新たに発生するが、施工業者に対するガバナンスの向上はそれを補って余りある。

維持管理部門の分社・民営化による水道広域化

施工業者の機能分化と案件切り分けの不要化

発注主体が官であるがゆえの課題は他にもある。たとえば経験が少ない業者、技術力の低い業者に発注したときには、通常より割増の注意力をもって接しなければならないし、相当のサポートが必要なときもある。そういう業者ばかりでは決してないが、担当職員は通年で確保しなければならない。また、地元業者の能力や規模のバラツキに応じて、発注案件を適当に切り分けなければならない気配りもある。言うまでもなく不自然に小さい工事も混じる可能性もある。


維持管理部門の分社・民営化によってこのような配慮は不要になる。だからといって急激な淘汰が起こるとは考えにくい。経験豊かで技術力が高い業者が元請機能を担ったとしても、更新ペースを上げなければならないため一社単独で請け負うことは難しいし、ましてや元請会社の社員のみで施工するのはリスクが高い。他の業者は元請会社の協力会社として専門能力を活かした実作業に携わるようになる。要するに必要以上の案件切り分けがなくなることで、プロジェクトマネジメント(PM)と施工作業の機能分化が発生するのだ。事実上、プロジェクトマネジメントを水道局の職員自身が担わざるをえないケースもある。そうした場合、プロジェクトマネジメントに必要な時間が節約できるメリットも期待できよう。

更新ありきからの脱却と水道広域化

水道局から配水管維持部門を切り離し自己完結した経営体にすることによって、迅速かつ柔軟な判断と意思決定が可能になる。独立採算性が強化されるため、配水管の機能維持にあたり、料金収入を裏付けとした自律的な態度で取り組むようになる。配水管が安全に使える状態にしておけばよいのであるから、その目的を最少の費用で果たすための修繕と更新のベストミックスを考える。あえて言えば「最少の費用で」の追求が官営の場合よりも厳しくなる。官営の場合どうしても失業対策を含む公共事業のニュアンスにしばられるため、更新工事そのものを増やさなければならないこともある(※3)


たとえば、予算制約より住民の福利厚生を重視する立場からは、住民が数世帯の老夫婦のみという地域にもこの先100年もつ配水管に更新すべきということになる。間違いではないが、民営の配水管維持管理会社であれば少なくとも更新ありきとはならない。この先地域住民の数はどう推移するか、したがって何年もたせればよいか、料金負担は誰がするかを綿密に見積もった上で、更新か修繕かの判断をする。見通しによってはパイプラインとしては更新せず、宅配水道を選択するかもしれない。将来、コンパクトシティを真剣に検討しなければならなくなったときには老朽管の更新に優先順位が付けられるだろう。郊外生活を享受する自由はもちろん尊重されるが、配水管ネットワークはじめインフラの整備にそれなりの自己負担が求められるようになる。今でも別荘地の水道は民間企業が担っているケースが多いが、これと理屈は同じである。


最後に、水道の維持管理部門の分社・民営化の最大のメリットは水道広域化である(※4)。官業では越えられない行政境界を越えてサービスを展開できることだ。水道システムは、水源地帯から下流に広がる水系のまとまり、業務中心地から住宅地まで包含する都市生活圏のまとまりに合わせて運営するほうが理にかなう。広域ネットワークで一元管理すると、需要ピーク平準化やスケールメリットが期待できる。少なくとも隣りあった市がそれぞれ浄水場を持つ必要はない。もとより電力、ガス、鉄道は広域ネットワークで運営されている。仮に、水道管とガス管を一緒に管理することになれば、もう一段の相乗効果が期待できよう。現状、ガスも水道も別々に工事をしているから市内のあちこちで道路を掘っている。車線が狭まったり通行止めになったりがしょっちゅうだ。道路工事の頻度が半分になるとは言わないが、今よりは少なくなるだろう。材料や労働力のムダもなくなる。

(※1)本稿でいう配水管維持会社は民間会社である点に留意されたい。せっかく切り離した会社が水道局のファミリー企業で天下りの温床になってしまっては元も子もない。
(※2)本稿は、いわゆる「アフェルマージュ」方式をわが国水道事業に適用しようという提言である。
(※3)水道の民間経営については次の記事を参照のこと。
平成23年3月9日付コンサルティングインサイト
水道民営化あるいは官民連携のメリットと課題
なお、本稿は実現可能性との折り合いからいわゆる「管理の一体化」のバリエーションとしての「上下分離方式」を提言している。上下一体で民営化し、水道局が防災やまちづくりの観点から規制を加える「経営委託方式」に最終的には移行すべきだと考える。所有と経営の分離の考え方を踏襲し、水道事業の経営を民間に任せる「経営委託方式」を導入するのに必要な論点については次の記事も参考にされたい。
平成22年4月14日付コンサルティングインサイト
水道事業の資金調達力を診断する ~水ビジネスの新たな展開に向けて~
平成22年9月15日付コンサルティングインサイト
地域主権時代における水道事業の評価手法「水道版バランススコアカード」
平成23年8月3日付コンサルティングインサイト
重要業績評価指標KPIを用いた水道経営と水ビジネスへの展開
また、本稿で述べた既存方式の問題点と改善メリットについては、大阪府市統合本部の地下鉄民営化・成長戦略プロジェクトチームの報告にも重要な指摘がある。
地下鉄事業について(最終報告)(2012年6月19日、地下鉄民営化・成長戦略PT、第14回大阪府市統合本部会議資料)
(※4)広域化のメリットについては次の記事を参照のこと。
平成23年2月2日付コンサルティングインサイト
統合・広域化は水道の問題をどのように解決するのか~スケールメリットよりむしろ負荷平準化がポイント~

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス