重要業績評価指標KPIを用いた水道経営と水ビジネスへの展開

RSS

KPIは下請管理よりむしろ経営戦略の道具

いまどき断水することもめったになく、雨の日に水が濁るということもなく、それが当たり前の日常であることに何の疑いもない。ただそれも始めからそうであったわけではなく、先人のたゆまぬ努力があり、今に至るまで水道経営が間違いなく行われているからこそ。いつでもどこでも安全でおいしい水を提供するのは、いずこの水道事業者においてもほとんど変わらぬ使命である。これに現代特有の課題を踏まえて「いつまでも」が加わる。現代人が享受する当たり前の日常が30年後もそうであるように、人口減少やインフラ老朽化など来るべき環境変化を見越し、施設更新やネットワークの再編を先手先手で進めていかなければなるまい。また、先般の大震災をうけて「いつでも」の要求水準が上がったように感じる。テレビも終わる深夜でも休みなく、みんないっせいに使う朝晩でも水勢が落ちないという意味の「いつでも」なら既に十分達成した。大地震など非常時にあっても断水しないことの重要性が以前に比べ増したのではないか。


10年先、またその先の子どもたちの世代に水道はどうあるべきか。腐朽した水道管のあちこちから水が噴き出しているとか、人口は減ったが多額の負債が残ったままという将来像は避けるべき。できれば今よりも打たれ強くスマートな水道システムにできればよいと思う。こうした、水道サービスのあるべき将来像を水道ビジョンともいう。これをいくつかの視点から検討した経営目標に落とし込み、達成度を測る指標を選択。さらにこれを実現するための具体的な施策を打ち出す。こうした因果関係を構成要素とする一連の体系がいわゆる経営戦略である。ここで、経営目標を端的に定義する評価指標をKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)といい、具体的施策が期待どおりの効果をあげたか、経営目標の達成度を測るために用いる。ひとつの経営目標に対して評価指標はその相関度が高いものから低いものまでいくつかある。こうした評価指標のなかから最も当を得たものを抜き出してKPIとしている。


ここでKPIを狭義に捉え、たとえば請負会社に業務委託するにおいて、水道局が発注した内容に沿ってきちんと仕事をしているかチェックする道具として使う考え方もある。しかしそうした使い方はKPIの発展経緯に照らして不十分であるように思う。KPIは業務管理ではなくむしろ経営戦略の道具である。具体的施策の実行によって経営目標が達成し、さらに複数分野に渡る経営目標が最終的に水道ビジョンの実現に収束する。こうした経営戦略の体系上にKPIがある。だから、具体的施策の進行管理のKPIもあれば、その完了を表すKPIもある。後述するが、財務目標のKPIもあれば、技術目標のKPIもある。業務プロセスと最終的な顧客満足度のそれぞれにKPIがある。つまり、経営戦略のタテとヨコの体系のなかで、どのような行程を辿って目的地に到達するのかを説明すること、進行中においては行程のどの地点に今自分がいるかを知らせることがKPIの役割だ。一言で言えばマイルストン(一里塚)の機能を果たす。


水道経営におけるKPIのそもそもは、厚生労働省「水道版バランススコアカードを活用した事業統合効果の評価検討書」にさかのぼる(※1)。バランススコアカードの「スコアカード」はその名の通り経営目標を計数管理しようという意味が込められているが、その際に使う評価指標のうち管理ポイントとなるものがKPIである。要するにバランススコアカードあってのKPIである。これは、経済産業省の「水道PPP促進ワーキンググループ報告書」にも引継がれている。


バランススコアカードにおいては将来ビジョンに基づき落とし込む経営目標を4つの視点で整理している。(1)おいしい水を安定的に供給すること(顧客の視点)、(2)確実な業務遂行(業務プロセスの視点)、(3)持続可能性の確保(財務の視点)、(4)技術水準の確保(学習と成長の視点)の4点である。このうち1つが突出してもダメで、4つの視点をバランスよく達成しなければならない。おいしい水を安定的に供給するのは水道サービスとして当然であるが、こればかり見ておけばよいわけではない。おいしい水の提供工程の上流にさかのぼって、業務プロセスが施設面、運営面ともに適切であることも大事だ。さらに、官業であれ民業であれ、水道サービスの担い手が企業体である以上なにはなくとも必要な利益は計上し財政的な持続可能性を維持していかなければならない。また、30年後も今と変わらぬ水道サービスを提供するのだから、技術継承の体制も策定しておかねばなるまい。利益追求を追い求めるだけでは未来永劫企業が継続できるのか不安が残る。バランススコアカードには、利益計上だけでなく、技術継承、業務プロセスから顧客満足まで経営目標をバランスよく盛り込むことで、社会的存在としての企業の持続可能性を維持してゆこうという文脈がある。


4つの視点の経営目標はそれぞれKPIで端的に定義され、その達成度合いが計数的に管理される。思うに、経営とバランススコアカードの関係は、操縦と計基盤の関係に近い。経営者は航空機パイロットのように、いくつかある指標に注意を払い、水道ビジョンに至る航路において今どの辺を飛んでいるのかを把握する一方、施策の手を緩めたり拍車をかけたりして姿勢を保ちつつ目的地を目指している。ここで「スコアカード」は計器盤だが、戦略行程と現在地の関係を示してくれるのであるから、むしろナビゲーションシステムといったほうがよい。評価指標はたくさんあるのだが、忙しいので見るべき優先順位がつけられる。言うまでもなく、最も優先順位が高いものがKPIである。

具体的施策⇒4つの視点の経営目標・重要業績評価指標KPI⇒水道ビジョン

経営目標とKPI、これらにぶらさがる具体的施策

(顧客の視点:経営目標=おいしい水を安定的に供給すること)


KPIであるが、まず「おいしい水目標達成率」は旧厚生省の諮問機関「おいしい水研究会」が昭和60年に提言した「おいしい水の要件」や平成16年に東京都が定めた「おいしさに関する水質目標」のような、おいしい水の成分を定義した複合指標を想定している(※4)。サービス面については「水道サービスに対する苦情件数」が適用できよう(※5)


“安定的”を意味するものとして断水・濁水時間をKPIにあげた(※6)。冒頭述べたように、これからの“安定的”には平常時のみならず大地震に襲われたときにも簡単には止まらない、止まったとしても日数かけずに復旧するという期待が込められている。これを反映してKPI群に被災時断水戸数、復旧日数というKPIを加えた。現状、震度6強の地震の発生日当日において市内5000戸が断水。とりあえず口から水が出るようになる戸数が8割に達するまでに20日かかるものが、「A施策によって10年後にはそれぞれ3000戸(被災時断水戸数)、10日(復旧日数)になります」と宣誓するようなときに使う。もっともこうしたケースにおいては、「A施策には○億円の追加支出が必要で、今後10年に渡り月50円の料金値上が必要です」といった情報もセットで伝えるべきだろう。官民関わらず顧客住民に必要な説明責任である。


これに具体的施策がぶらさがる。顧客サービス向上に関するものとして、修繕対応の充実、広報誌やホームページの充実、アンケートなどによる顧客満足度調査、社会科見学イベントの充実を例示している。なお本稿にあげたKPIと具体的施策はすべて説明用の例である。KPIは本稿のものを使ってもよいし、文末脚注(※1)に示したテキストを参考にしてもよい。本稿で採り上げた「水道サービスに対する苦情件数」のように既存の水道事業ガイドライン業務指標を目的に応じて加工するのも一考だ。そもそも、水道サービスの使命こそ古今東西違いはないが、そこに至る戦略と経営目標、施策は当の水道事業が置かれた自然的・社会的環境によって異なるはず。いくつかある評価指標を経営目標に照らして優先順位に並べ、筆頭にきたものをKPIとするのだから、事業体によってKPIが違って当然である。


(業務プロセスの視点:経営目標=確実な業務遂行)


おいしい水を安定的に供給するにあたって、まずは日々業務の確実な遂行が必要である。やる仕事は同じであっても、経営目標と達成度は、それが水道事業体の内部管理用なのか、顧客住民に説明するためのものかによって異なる。業務プロセスの視点は前者であって、水道事業体の職員が業務プロセスをきちんと遂行しているかを行動(input)と結果(output)で評定するためのものだ。採点科目は水質・水量・水圧のいわゆる水道3要素。KPIについては、作り手からみた水質目標の代表例として総トリハロメタン濃度水質基準比をあげている。ちなみにこれを顧客住民の目線でみたものが前に述べた「おいしい水目標達成率」である。これは行動(input)と結果(output)に対しその先にある効果(outcome)を表す。給水圧のKPIとしては給水圧不適正率をあげた。最後に水量の適切さを示すKPIとして漏水率と管路事故割合をあげる。維持管理を含めた施設水準の向上を示す指標である(※7)


具体的施策は施設整備面と運用面に分類し、それぞれ「水道ネットワーク再構築」と「内部管理体制の強化」とに整理した。水道ネットワーク再構築に属するものとして、効率的な水運用を目指した水道管ネットワークの再編と、人口減を見越した施設能力のコンパクト化をあげた。インフラ老朽化への布石として維持更新施策をあげている。維持更新にかかる目標を設定するにあたり、KPIは数年先時点の目標数値とすべきだろう。現状の管路事故割合が100km当り3件であるものを10年後に1件にするという具合だ。もちろん施策期間中も老朽化は進むので、実際に更新すべき管路延長目標はこれより若干大きくなる。


(財務の視点:経営目標=持続可能性の確保)


次項の「学習と成長の視点」とあわせ運営基盤の強化にかかる視点である。KPIは、民間企業の財務分析に準拠したものを使い、企業としての持続可能性をキャッシュフロー分析の観点で検証する。例として、負債の大きさを月商比で表す有利子負債月商倍率をあげているが、他にも営業収益対償却・繰入前経常利益率や債務償還年数がある(※8)


(学習と成長の視点:経営目標=技術水準の確保)


運営基盤の強化を技術力の観点でみたもの。消費者の安全志向は高まり、水道サービスの管理手法も日々進歩している。高度化する水道技術に応じた能力レベルを組織として確保することが経営目標として求められる。


技術レベルを表すKPIとして5年経験者数と有資格者数をあげる。水道業務を一通り理解し、突発的な事象も経験できる年限を5年とした。事例では、技術基盤の強化策として研修制度の充実や指定給水装置工事事業者対象の講習会の開催をあげているが、これで十分という事業体は少ないだろう。実際は、日本の水道界において水道技術者の高齢化と若手技術者の少なさが最大の問題となっている。高齢技術者の退職を見越すと技術水準の維持が難しい。そこで民間水道企業との連携が喫緊の課題となる(※9)

KPIを活用した水ビジネスの展開

KPIは、請負会社に業務委託するにあたって、水道局の指定した内容に沿ってきちんと仕事をしているかチェックする道具として使える。いわゆるO&M (Operation & Maintenance、運転とメンテナンス)業者のパフォーマンスをKPIで採点し、合否判定する使い方である。こうした場合KPIはエラー件数とかエラー率といったものになるだろう。確かにわかりやすく使いやすい。行動、いわゆる箸の上げ下ろしを規定する仕様発注から、結果で採点する性能発注へ。発注方式の時流にも沿っている。もっともこれで海外水ビジネスへの展開を狙うのは難しいだろう。


水インフラの国際競争入札において、参加者の技術力や実績にかかる事前資格審査(pre qualification、PQ)の通過は不可欠である。地方自治体においては、行政区域における公共の福祉を増進する本来的使命があって、職員の行動原理もこれに準じることから海外水ビジネスへの展開は難しい面がある。民間が海外に出てゆくにはそれなりの事業実績が必要であるが、地方自治体が水道ノウハウと事業経験を独占する我が国の体制下では非常に困難な状況だ。単なるオペレーターとしての請負会社のままで海外に出るのは難しい。料金収入を基礎とし、水道システムの全体最適に責任を持ち、顧客住民に水道サービスを直接提供する、要するに会社として一通りの機能をもった自立的な経営体でなければ一人前のプレーヤーと認知されるにいささか無理があるのだ。


KPIを、性能発注における合否判定ツールとしたとき、水道会社の顧客は水道局であり顧客住民ではないことが文脈上にある。この会社が目指すのは浄水場など一部分の最適であり、水道局に指示された狭い範囲でソツなくこなすことだ。水源、浄水場から配水ネットワークをへて蛇口にいたる水道システム全体の最適ではない。エンドユーザーたる顧客住民の満足に、直接的には関心を持たない。いわんや、水道システムが将来に渡って持続するための財政および技術的基盤の強化には何の責任を持つものではない。それでは入札事前資格審査を通過するに足る水道会社であるとは言いにくかろう。顧客住民に水道サービスを提供する責任を負い、その代わり経営戦略や設備投資計画の策定機能を自前で持つ自立した水道会社でなければ。


本来の趣旨に沿って、KPIをバランススコアカードと一体的に用いることで、水ビジネスの国際展開に向けた活路が開ける。所有と経営の分離のフレームワークの下、水道会社に経営委託することによって、国際競争に足る水道会社を育成することができる。KPIとバランススコアカードを、自治体が水道会社の経営を監視するツールとして活用することによって、水道経営を外部事業者に任せて安心のシステムを構築することがポイントだ。水道会社はKPIとバランススコアカードを用いることで自立的な経営を行うことができる。自ら経営戦略を策定し、顧客住民とその付託を受けた自治体に対して説明責任を果たす。自治体は都市計画や防災計画の観点から水道会社のガバナンスを強化する。規制と推進を分離したほうがよいのは、このごろの原子力発電を巡る議論の流れからして説明するまでもないだろう。


KPIを性能発注における合否判定ツールとした場合、それは、バランススコアカードでいえば業務プロセスの視点のみに着目した使い方であるということができる。これは確実な業務遂行を管理するものであった。自治体サービスを評価する際に使う行政評価の場合、財源投入して住民満足に至る行政施策のライフサイクルを3ステップに区分し、それぞれに評価ポイントを設定している。この3ステップ、インプット(input、行動)、アウトプット(output、結果)、アウトカム(outcome、成果)に重ねてみた場合、性能発注の合否判定指標として使うKPIは2番目のアウトプット指標に相当する。行政評価の例でもわかるように、大事なのは顧客の視点であり、良し悪しを決めるはアウトカム指標である。管路事故割合の減少というアウトプット指標は業務プロセス管理において重要な指標だが、顧客住民にとっては、それでどうなったのか、断水日数が3日減ったというようなアウトカム指標が大事だ。KPIの活用で大事なのは性能発注における合否判定だけでなく、その先にある顧客満足と、土台にある水道システムの運営基盤の強化。これを体系立ててバランスよく見てゆくことだ。水道会社は水道局の満足ではなく、顧客満足に目を向けるべきであるし、A浄水場をミスなく動かすことに命を燃やすのではなく、施設更新を含め水道サービス全体を最適に運営することに全力を尽くしてほしいものだ。もっとも、それもKPIの使い方次第なのだが。

(※1)「水道事業の統合と施設の再構築に関する調査報告」、厚生労働省、平成22年3月
厚生労働省トップページ>厚生労働省について > 主な仕事(所掌事務)健康局>水道課ホームページ>水道情報>報告書・手引き等>水道事業の統合と施設の再構築に関する調査について
本調査は、大和総研が厚生労働省から委託を受けて実施したものである。
これを踏まえ、その翌年(平成23年2月)には「事業統合検討の手引き-水道版バランススコアカード(事業統合)の活用-」が公表されている。
厚生労働省トップページ>厚生労働省について > 主な仕事(所掌事務)健康局>水道課ホームページ>水道情報>報告書・手引き等>事業統合検討の手引き-水道版バランススコアカード(事業統合)の活用-

(※2)経済産業省「水道事業PPP促進ワーキンググループ報告書」、平成23年3月
経済産業省トップページ > 水ビジネス > 水道事業PPP促進ワーキンググループ
大和総研が経済産業省から委託を受けて実施。メンバーとして筆者もワーキンググループに参加している。

(※3)2010年9月15日付コンサルティングインサイト「地域主権時代における水道事業の評価手法『水道版バランススコアカード』

(※4)おいしい水の水質要件
(1)蒸発残留物 30~200ml/L (2)硬度 10~100ml/L (3)遊離炭酸 3~30 ml/L (4)過マンガン酸カリウム消費量 3 ml/L以下 (5)臭気度 3以下 (6)残留塩素 0.4 ml/L以下 (7)水温 最高20℃以下
東京都水道局「おいしさに関する水質目標」については、下記URLを参照。
http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/tokyo-sui/pro/pro1.html

(※5)日本水道協会「水道事業ガイドライン」が示した業務指標(Performance Indicator、PI)には水道サービスに対する苦情割合があるが、以前と比べた増減が他団体と比べた大小よりむしろ重要であることから、本稿においては、苦情割合ではなく苦情件数をKPIとしている。
(PI-3205)水道サービスに対する苦情割合=(水道サービス苦情件数/給水件数)×1000

(※6)算式は次の通り。
(PI-5109)断水・濁水時間(年度当り時間)=(断水・濁水時間×断水・濁水区域給水人口)/給水人口

(※7)算式は次の通り。
(PI-1107)総トリハロメタン濃度水質基準比(%)=(総トリハロメタン最大濃度/総トリハロメタン濃度水質基準値)×100
(PI-5001)給水圧不適正率(%)=[適正な範囲になかった圧力測定箇所・日数/(圧力測定箇所総数×年間日数)]×100
(PI-5107)漏水率(%)=(年間漏水量/年間配水量)×100 
(PI-5103)管路事故割合(100km当り件数)=(管路の事故件数/管路総延長)×100 

(※8)本稿であげたキャッシュフロー分析指標については算式含め次を参照されたい。
2010年4月14日付コンサルティングインサイト「水道事業の資金調達力を診断する~水ビジネスの新たな展開に向けて~

(※9)2010年3月9日付コンサルティングインサイト「水道民営化あるいは官民連携のメリットと課題
なお、(※2)で注記した「水道事業PPP促進ワーキンググループ報告書」も趣旨はほぼ同じ。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス