中国「不動産バブル」の火種、地方投資会社の債務-異なる発表数値の裏側

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原則として債券発行が認められておらず、また1994年の分税改革以降、財政基盤が弱くなった地方政府・関連部門が、もっぱらインフラ投資の資金を調達するため、財政資金や土地、株などの資産を投入して設立した投資会社、地方融資平台(プラットフォーム、一応地方政府から独立した法人)による融資が増加している。これには、2008年世界的金融危機を受け、中国政府が4兆元にのぼる景気刺激策を採ったことが大きく影響している。他方、昨年来の金融引締めや不動産投機抑制策を背景に、都市部を中心にやや不動産価格の上昇率が鈍化しており、不良債権化への懸念が出始めている。こうした中で、平台の融資(裏を返せば、平台の抱える債務)の計数が、最近関係当局より発表されているが、各々かなり異なる数値となっており、中国国内で議論になっている。平台に融資している一部商業銀行のリスク部門は、最も大きな数値を発表した人民銀行に「理解できない」と反発しているという(6月3日付21世紀網)。

(人民銀、銀監委、財政部で異なる統計)

6月1日、人民銀行は、「2010年中国区域金融運行報告」を発表(※1)、「2010年末時点で、地方融資平台は全国に1万余(2008年比25%増)、各区域のその融資は、当該区域の人民元融資の30%は超えていない」と発表した。2010年末の人民元融資残高は47.92兆元であり、「30%は超えていない」とは、ほぼ30%ということであろうと思われるので、平台の融資残高は14.376兆元弱(GDPの約3割)ということになり、これを基に、人民銀行は同報告で、潜在的信用リスクの増大に懸念を表明している。他方、銀行監督委員会は、某中国メディアに、「銀監委統計では、2010年末、地方融資平台公司は9800余で、融資残高は9.09兆元(人民元融資残高の19.16%)」と述べている。財政部の数値もまた、人民銀、銀監委と大きく異なる模様である。財政部の2010年末の数値は見当たらなかったが、2009年末で銀監委7.38兆元、財政部10兆元としているので、その比率から単純推計すると、財政部の2010年末の数値は、12.3兆程度ということになろうか。このように、2010年末の平台の融資残高の計数として、14兆、12兆、9兆元といった異なる数値が出回っている。

(原因は?)

この原因として、当局や市場関係者等の議論ではまず、平台の範囲の違いが指摘されている。すなわち人民銀行は、「地方融資平台」として、公司のみならず、起債で資金を集めている地方政府の交通部門なども含め幅広くとらえているが、銀監委は、「地方融資平台公司」として公司に限定しており、交通部門のような地方政府の一部までは含めていないということらしい。また、2010年6月に国務院が発出した「地方融資平台公司の管理強化に関する通知」で、平台の行っている融資の公益性の有無、また財政性資金に依拠しているのか、平台自身の経営収入に依拠しているのかといった点から平台を分類し、公益性が高く、もっぱら財政性資金に依存しているものについては、地方政府に移管して整理していくという方針が示されているが、この公益性や財政性資金といった基準が実務面ではかなりあいまいで、それが結局、各当局の把握する数値の違いにもなってきているのではないかとの指摘もある。さらに人民銀行の統計を担当する幹部は、某中国メディアに対し、「30%を超えないから14兆というのは、必ずしも正確ではない、また、『平台款が人民元各項款の30%を超えない』と言う場合、フローベースなのかストックベースなのかによっても、大きく話が異なってくる」と述べたと伝えられており(同上21世紀網)、事実ならば、かなり無責任な印象も否めない(確かに人民銀報告の書き方はややあいまい)。

(不良債権の付け替え?)

また、商業銀行の平台向け融資残高は傾向的に低下している(例えば建設銀行、2010年末5400億元から11年3月末は2700余元と半減、これに対し、光大銀行、民生銀行、興業銀行らは、引き続きリスクの高い平台向け融資を多く抱えている、6月4日付広州日報)ようだが、これには、商業銀行の平台への融資の一部が、(リスクがないとみなされれば)一般の企業への融資として付け替え(移)されているようで、この面でも実態はよくわからないということらしい。すでに商業銀行の平台向け融資の20-30%は不良債権化しているとの見方、中長期融資が多く、また不動産市場の動向に鑑みると、リスクが顕在化するとしても2-3年先で、それまでの間に対応を考えておくべきといった指摘が伝えられている(6月2日東方財富網)。

何れにせよ、言うまでもなく、適切な政策対応が行われる大前提は、実態が正確に把握されることだ。地方政府は平台を通じる融資を第二の予算ぐらいにしか考えておらず、平台が商業銀行から受けた融資を財政資金とまったく同じ感覚で支出しており、返済などまったく念頭にないと指摘する知り合いの中国の学者もいる。そうであれば、一旦不動産価格が下落し始めると、容易に不良債権化するおそれを孕んでいる。日本の会計検査院のような機能を持つ国家審計署が統計の整合性について検討を始めているようだが、その意味でも、できるだけ早い時期の検討結果の開示が望まれる。他方、その結果、食い違いの理由が判明すれば、それだけ詳細な実態が把握できることにもなり、異なる部門が各々の立場から異なる統計を出す事自体は、むしろ歓迎すべきことかもしれない(※2)。要は、財政部は地方政府の債務・歳入基盤に関心、人民銀行はマクロ的な調整に関心、銀監委は地方政府、銀行のリスク管理にもっぱら関心があるということだろう。政治的観点からすると、本件は、中国の各行政部門は、一見党独裁の下で、完全な統制がとられているように思われがちだが、実際は必ずしもそうではないことのもうひとつの例だ(人民元相場をめぐって、人民銀行と商務部が示す見解の違いもその典型)。各行政部門はかなりオープンに、それぞれの立場から発言をし、その意味では「民主的」(また、党はそのように見せているのであろう)ということかもしれない。他方、これが党による迅速かつ機動的な政策運営にどう影響するかも注視していく必要がある。

(※1)6月1日人民銀行報告は、平台の状況につき、以下の5つの特徴を挙げている。

  1. 経済発展との関係で、東部地域に比較的多い一方、中西部では(県)レベルの平台が多い。東部では省レベルの平台がほぼ50%に対し、中西部ではレベルの平台が70-80%を占める。
  2. 2010年6月国務院通知を受け、平台の整理が進み、2010年の平台の融資増加率は緩やかになっている(50%以上から20%以下の伸びへ)
  3. 融資形態は有担保で5年以上の中長期のものが5割以上、信用方式のものは減少。
  4. 5割以上の融資は、地域の道路、インフラ整備に充てられ、土地開発関連はそれほど増えていない(有所解)。
  5. 平台融資の人民元融資全体に占める比率は30%を超えず(不超)、国有商業銀行と政策性銀行が融資の主役になっている。


(※2)審計署は6月27日、関連統計数値を発表、それによると、2010年末の地方政府の債務残高は10.7兆元、うち62.6%は地方政府が直接返済義務を負っているもの、21.8%が担保責任のあるもの、15.6%がその他一定の責任を負う債務である。また平台の政府性債務残高は4.97兆元、地方政府債務残高全体の46.4%を占める。地方債務10.7兆元の約半分は、中央政府が打ち出した4兆元の景気刺激対策後に発生したものである。また平台の数は6576とされている。地方政府の債務比率(直接返済義務のある債務と担保責任のある債務合計の地方政府の財政力全体に対する比率)は全体で70.45%、しかし78市(市全体の5分の一)と99全体の3.56%)は100%を超えており、深刻な状況となっている。さらに22市と20では20%以上の債務返済は借換えで行われており、4市と23では満期を過ぎている債務が10%以上にのぼる。満期が到来する債務は、2011年、2012年、2013-15年、各々24.49%、17.17%、30%弱で、2016年以降に満期が到来する債務は30%強にすぎない。審計署の統計は、地方政府の債務の状況をより詳細に明らかにしているが、平台の債務やその数は、人民銀行等とはまた異なる数値となっており、なお実態はよくわからない。27日付第一財経報道は、銀行関係者の言として、最も利害関係のない中立的な審計署の統計が最も信頼できるとしている。関連当局が発表した統計の中では審計署のそれが最も低く、銀行関係者には受け入れられ易いということだろう。同報道では、一部の地方政府の状況はかなり深刻であると伝えつつ、他方で、審計署の発表数値は概ね市場の予想通りで、この程度なら大きなリスクにはならないとの市場関係者の反応を紹介している。


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