中国社会科学院「改革と転換の背景における経済の『新常態』」

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2016年11月30日

  • 李春頂

中国経済が過去数十年のスピード成長によって目を見張るような「奇跡」を起こしたのは、「メイドインチャイナ」の世界的流行とインフラ及び不動産投資が「中国式成長」の主要な力となったからである。だが、2008年に発生した世界金融危機は海外の需要と中国の輸出にブレーキをかけ、さらに中国国内では産業と経済構造の転換のプレッシャーが日増しに大きくなり、中国経済において改革と転換を背景として一連の「新常態(ニューノーマル)」が現れてきた。


経済成長における新常態とは、高成長から中成長への調整を指す。成長率のギアチェンジは内外の要因が作用した結果である。内部要因とは、中国の労働力の比較優位が次第に弱まる中でも、要素費用は引き続き増加し、製造業はローエンドからハイエンドへの転換を迫られていることである。人口の高齢化や労働力人口の減少も人口ボーナスを少しずつ小さくしている。外部要因は、世界経済に新たな成長の原動力が乏しく、海外需要が振るわないことである。同時に、金融危機後の世界経済は不均衡な成長から再び均衡のとれた方向という構造改革に向かい、中国が以前のような対外貿易に依存した成長モデルを続けることは難しくなっている。別の面では、数十年の高成長を経て、中国はすでに世界第2位の経済大国となったが、その巨大な経済規模自体によって高成長を維持し続ける難度が高まっていることである。


経済構造における新常態には、消費、投資、純輸出による需要要因の構造変化と、農業、工業、サービス業の産出要因の構造変化が含まれる。新常態下の構造は、消費の影響が大きくなっているが、その原因は所得水準が上昇し続けているからである。また、投資は依然として成長の重要な原動力であるが、そのウエイトは小さくなっている。インフラ投資と不動産投資における成長余地が縮小しており、製造業の構造転換も投資による成長にとって不利に働いている。そして、純輸出が経済成長に与える寄与は次第に小さくなっており、輸出は世界経済の成長減速と高付加価値化に向けた転換に直面している。


産業構造の転換によるグレードアップと新常態への変化の傾向は、「メイドインチャイナ(訳者注:従来の製造業)」から「スマート製造業」すなわちハイエンド製造業への転換であり、加えて工業大国からサービス業強国への転換である。伝統的な労働力を強みとした「メイドインチャイナ」は徐々に市場から退き、労働力の優位は明らかに他国へ移っている。中国製造業の今後の優位はハイエンド製造業と産業バリューチェーンにおけるハイエンドの製造部分となる。中国政府はすでに「中国製造2025」戦略を打ち出し、ハイエンド製造業の発展のための方向性と要請を示しており、「三歩走」(訳者注:10年ごとに3段階の発展)を通して製造強国となる戦略目標を実行し、中国の製造業の質とレベルを全面的に向上させようとしている。


対外貿易における新常態は、主に貿易の伸び率の低下と構造の変化に表れている。構造の変化は主に、ローエンドの加工貿易と労働力優位の「メイドインチャイナ」の競争力低下に見て取れる。貿易の伸び率は、金融危機後2010年にある程度反発したものの、それ以降輸出入の伸びは年々低下し、2015年には輸出入ともにマイナス成長という局面が出現している。対外貿易の新常態の二つ目は、貿易構造のグレードアップ、つまりハイエンド製造業とバリューチェーンのハイエンド化への移行である。労働集約型の産業は東南アジアやインドなど、労働コストがさらに低い国へ移る一方、中国の製造業はハイエンド製品へ移行し、輸出ではさらに高付加価値で資本と技術が必要な製品へ転換している。


人口構造における新常態は、主に労働人口の割合が減少していることと人口の高齢化によって、人口ボーナスが次第に失われていることに表れている。人口構造の新常態は労働力の供給と価格に影響し、経済成長に不利となっている。メカニズムに影響するのは次の三つである。一つは労働コストの上昇であり、中国の労働コストの比較優位は徐々に損なわれている。二つ目は貯蓄率の低下である。貯蓄率と経済成長は正の相関関係が存在しており、貯蓄率の低下は中国経済の成長スピードが下降していることを意味している。三つ目は人口の転換点は往々にして住宅価格の転換点と関連しており、人口の減少は不動産需要の低下につながる。米国の労働人口比率は2006年にピークに達し、2007年に住宅価格が下がり始めた。日本の労働人口比率は1992年にピークを迎え、不動産バブルは1991年にはすでにはじけ始めていた。中国の都市化率は先進国よりはるかに低く、このことは不動産の発展を支えているはずである。しかしながら、人口の転換点は不動産市場の輝きを持続させることが難しいことを示している。もちろん、人口構造の変化はゆっくりとした過程であり、経済成長に対して急激なショックは起こらないはずであるが、その影響の流れを変えることはできない。


中国不動産市場の過去十数年の発展の歴史には大変な勢いがあり、「中国の成長の奇跡」の中でも最も感動的なストーリーである。全投資における不動産投資の割合は一貫して伸びており、「中国式成長」の重要な特徴の一つとなっている。ただ、今後の不動産市場が持続して発展していくことは難しいと予想される。原因の一つ目は、人口構造の変化が不動産ニーズの伸びに不利であること。二つ目は、中国の不動産には過度の開発と発展という状況がすでに存在し、二線、三線都市(訳者注:二線都市は福州、済南、南昌、温州など。三線都市は蘭州、紹興、保定など。ただし、年度や資料によって分類は一定していない。)の在庫率は比較的高く、既存の在庫を消化するには時間がかかること。三つ目は、中国の不動産市場はすでに一定の過熱状態が存在し、今後拡大を継続しながら発展することは難しくなっていることである。


中国は現在、開放型の経済新体制の構築を目指し、対外開放の新しい枠組みを打ち立てている。改革と開放を全面的に深化させることは「第13次5ヵ年計画」期間の重要な政策と方向性である。対外開放の新しい枠組みは中国経済の一つの新常態となるが、その担い手の主なものに、「一帯一路」国家戦略と自由貿易区戦略がある。


「一帯一路」戦略とは「シルクロード経済ベルト」と「21世紀海のシルクロード経済ベルト」を指し、中国と関係国による現有の二国間や多国間の枠組みをよりどころに、地域連携の新しいプラットフォームを建設していくものである。アジアインフラ投資銀行の設立は、「一帯一路」の構築に資金調達面でのサポートを提供するものである。また、中国の自由貿易区戦略とは、海外との地域一体化建設と国内の自由貿易試験区の建設を含んでいる。対外自由貿易区戦略では、中国はすでに、アセアン加盟国、チリ、スイス、ニュージーランド、韓国、オーストラリアなど22の国や地域と14の自由貿易協定を結んでおり、現在、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓自由貿易協定などの交渉を行っている。自由貿易試験区は中国が国内の改革と開放をさらに深化させる新戦略であり、貿易、投資、金融の開放を先行実施し、制度の深化と政府の権限委譲を模索していく。


一方で、数十年にわたるスピード成長とローエンド製造業の発展は大気汚染と環境の悪化をもたらした。中国の「スモッグ」はすでに日常生活の難題となっている。これからの中国経済の発展はエコロジーと環境保護を重視しなければならず、環境に配慮することも今後の中国経済発展の中の新常態となるであろう。

(2016年8月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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