サマリー
15年間にわたり中国人民銀行総裁を務めた周小川氏は2018年3月の全人代で退任した。周氏は改革派で国際的な知名度も高く「Mr.人民元」と称されたが、マーケットとの対話は不得手であった。政策意図が伝わらず、マーケットが疑心暗鬼に陥り、2015年8月と2016年1月には、人民元安、外貨準備急減、株価急落のいわゆる「人民元ショック」が発生した。
後任には易綱副総裁が昇格した。学者出身の易綱新総裁は、米国での滞在歴が長く、豊富な国際人脈を有する実務家で、周小川氏からの信頼も厚いとされる。恐らく、易綱総裁に求められるのは、マーケットに対して金融・為替政策を分かりやすく丁寧にタイムリーに説明することであり、この意味では、下馬評に上がった政治的野心の強い人物よりも、実務に長けた人物の方が好ましい。
人民銀行副総裁・党委員会書記には、郭樹清・中国銀行保険監督管理委員会主席が任命された。3月の政府機構改革では、中国銀行業監督管理委員会と中国保険監督管理委員会が統合され、中国銀行保険監督管理委員会が設置された。保険業界では2015年以降、不祥事や混乱が相次ぎ、2017年4月には保険監督管理委員会主席を務めていた項俊波氏が重大な規律違反の疑いで更迭された。さらに、保険監督管理委員会は2018年2月、民間大手保険会社の安邦保険集団を1年間国家管理下に置くことを発表。創業トップの呉小暉氏は不正な資金集めや業務上横領の嫌疑で起訴された。呉氏は鄧小平氏の孫娘と婚姻関係にあったとされ、積極的な海外買収(一部資金は不正蓄財の海外送金とみられている)などにより資産を急膨張させた。しかし、違法に調達した資金で買収を重ねて急膨張した資産の価格が何らかの要因で大きく下落すれば、経営が圧迫され、保険金支払いに支障をきたすと、判断された模様である。
こうした状況下で、2つの監督官庁が統合されたほか、銀行、保険業に関わる重要な法案や監督管理の基本制度に関する職責は、人民銀行に移管されることが決定されたのである。よって、銀行保険監督管理委員会の責任者が人民銀行の主要な役職を兼務することに違和感はない。
しかし、易綱人民銀行総裁が党委員会副書記、郭樹清副総裁が党委員会書記という具合に、官庁で組織のトップと党のトップが異なるのはあまり例がない。この背景には、①総裁は党内序列では中央委員レベル(郭樹清氏は中央委員)が相当とされるが、易綱氏は中央候補委員にとどまり、重みに欠けること、②党内では外国での滞在歴が長い人物をあまり重用しない風潮がある一方、易綱氏の世界、特に米国に向けた顔としての役割を最大限発揮できるようにしたこと、などがあると考えられる。
繰り返しとなるが、易綱総裁に求められるのは、マーケットの安定維持と金融外交の顔としての役割であろう。一方で、金融改革や人民元の国際化といった政治的判断を伴う政策は、習近平氏やその経済ブレーンである劉鶴氏らのトップダウンで実施される可能性が高い。人民銀行内での改革の旗振り役は郭樹清・人民銀行書記となろう。ちなみに、郭樹清氏は、周小川前総裁らとともに、「朱鎔基四天王」と呼ばれた金融分野の改革派と目される。金融改革も人民元の国際化も主導するのは「党」という構図がより一層強固になったと言えるだろう。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
米GDP 前期比年率+2.8%と加速
2024年4-6月期米GDP:内需主導での堅調さを維持
2024年07月26日
-
監査・ガバナンス強化へ回帰する英国
昨年撤回した監査強化方針を復活し、ガバナンス・コードも厳格化へ
2024年07月25日
-
女性がキャリアを築ける職場ほど、子どもを持ちやすい
健保組合ごとの被保険者・被扶養者の出生率と、その要因の多変量解析
2024年07月24日
-
GX経済移行債に期待されるインパクトレポーティング
~GXの理解醸成促進に向けて~『大和総研調査季報』2024年夏季号(Vol.55)掲載
2024年07月24日
-
盛り上がりに欠ける英国の政権交代
2024年07月26日
よく読まれているリサーチレポート
-
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
-
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
-
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日