サマリー
2015年8月11日以降、人民元の対米ドル基準レートは、複数のマーケットメイカーが、前日終値を参考に、外貨需給と国際主要通貨(通貨バスケット)の為替レートの変化を総合的に考慮した上で、レートを提示し、中国人民銀行がそれをベースに算出して発表されるようになった。それ以前は、基準レートは前日終値と関係なく、当局が恣意的に決定していると批判されていたが、両者にある程度の連続性を持たせたのである。当日の人民元の対米ドルレートはこの基準レートに対して±2%の変動が認められている。
中国人民銀行がこの基準レートの算出方法を変更したもようである。
5月下旬の報道では、基準レートの算出に「逆周期因子」(反循環的要素)が加味されるとされた。6月22日付日本経済新聞は、①通貨バスケットに対する変動幅は、実際のマーケットの動きよりも小さく、さらに元安の場合により小さく基準レートに反映させる、②前日の人民元レートが元安の場合は、ある程度元高方向に、同様に元高の場合は元安方向になるように作用する「逆周期因子」を基準レートの決定の際に加味する、と報道した。為替変動を小さくするのが目的であるが、①では、元安方向への値動きがより抑制される仕組みとなっている。政府当局の意向が人民元の安定化、特に大幅な元安を阻止することにあるのは明らかであろう。これには、元安のさらなる進展が、米中貿易不均衡問題に油を注ぎ、外交・政治問題となるのを回避し、今秋に開催が予定されている第19回党大会を安定した状態で迎えたいとの思惑があるのではないか。
5月下旬に政府当局の「元安回避」の意向が報道されるや、香港のオフショア人民元金利は一時的に急騰し、6月1日の香港銀行間取引金利翌日物は42.8%に上昇した。投資家や投機筋は米利上げにより元安が進展すると予想し、元売りポジションを膨らませていたが、元安期待は一気に萎んだばかりか元高に振れ、売りポジションは手仕舞い(元を買戻し)を余儀なくされた。元の需要が短期的に高まる中、資金の出し手である中国の大手行が十分な供給を行わなかったことから、人民元金利が急騰したのである。
このところ、政府当局が政策を実施する際に香港のオフショア人民元市場を利用したり、様々な思惑に同市場が敏感に反応するなどして、香港の人民元金利が急騰し、市場が混乱するケースが増えている。市場としての安定性は大きく損なわれている。
さらに言えば、今回、基準レートの算出方法が変更されたとされるが、中国人民銀行から正式な発表やコメント等はなく、中国国内では外電の引用が報道されるという状況が続いている。説明責任の重要性は、2015年8月11日の人民元切り下げの際に、当初、きちんとした説明がなかったことが様々な思惑を生み、「人民元ショック」などの大混乱を招いたことで身に染みて分かっているはずなのにである。
中国が避けるべきは大幅な元安であり、本土市場も元高に振れたことは、当局の思惑通りなのであろう。今回の算出方法の変更は、当然、人民元レート決定の市場化や人民元の国際化とは逆行するのだが、何よりも今は「安定」が最優先されるということなのであろう。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
米GDP 前期比年率+2.8%と加速
2024年4-6月期米GDP:内需主導での堅調さを維持
2024年07月26日
-
監査・ガバナンス強化へ回帰する英国
昨年撤回した監査強化方針を復活し、ガバナンス・コードも厳格化へ
2024年07月25日
-
女性がキャリアを築ける職場ほど、子どもを持ちやすい
健保組合ごとの被保険者・被扶養者の出生率と、その要因の多変量解析
2024年07月24日
-
GX経済移行債に期待されるインパクトレポーティング
~GXの理解醸成促進に向けて~『大和総研調査季報』2024年夏季号(Vol.55)掲載
2024年07月24日
-
盛り上がりに欠ける英国の政権交代
2024年07月26日
よく読まれているリサーチレポート
-
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
-
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
-
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日