東証「ESGで企業を視る」公表後の株式パフォーマンス

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  • 伊藤 正晴

サマリー

2012年7月に東京証券取引所グループ(現日本取引所グループ)から「ESGで企業を視る」が公表されてから1年が過ぎた。「新たな投資家層の拡大」に向けたアクションの一つとして、テーマ銘柄の公表を行うこととし、その第一回目として、財務情報だけでなく社会的責任やサステナビリティといったESGの視点も取り入れて選定した15社が公表されたのである。そこで、公表後の1年間を対象として、選定された企業に投資した場合のパフォーマンスを調べてみた。


図表1が、「ESGで企業を視る」で選定された企業で、「東証市場第一部銘柄を対象に、TOPIX17業種毎にESGスコアの高い銘柄を、大型株と中小型株からそれぞれ抽出し、ROEが業種平均以上かつ最も高い銘柄をスクリーニングしました(※1)」とされている。

図表1.「ESGで企業を視る」の選定企業

「ESGで企業を視る」で選定された企業について、業種ごとに選定企業のリターンと所属業種のリターン(※2)の差(超過リターン)を示したのが図表2である。「ESGで企業を視る」が2012年7月11日に公表されたため、2012年8月から2013年7月までの1年間のリターンを計測した。この図をみるとわかるように、選定企業のリターンが所属業種のリターンを上回ったのは15社中8社であった。この1年間は株式市場全体が5割程度の大幅な上昇を示しており、すべての業種のリターンもプラスとなる好調な期間であったのだが、半数強の企業がプラスの超過リターンを獲得している。

図表2.「ESGで企業を視る」公表後の超過リターン(対業種)

次に、「ESGで企業を視る」で選定された15社で構成したポートフォリオ(ESGポートフォリオ)のリターンについて検討する。ESGの観点での評価には、企業が継続的に取り組んでいる活動が反映していると考えられ、「ESGで企業を視る」が公表される前に、すでにESGに関する活動が株価に反映している可能性があろう。そこで、「ESGで企業を視る」公表までと、公表後を対象としてESGポートフォリオのリターンを調べてみた。


図表3が、各保有期間におけるESGポートフォリオのリターンである。参考のため、株式市場全体の動向を表す配当込みTOPIXのリターンも示した。図中の「公表までの3年間」は2009年8月から「ESGで企業を視る」が公表された2012年7月までの3年間、「公表までの2年間」は2010年8月から2012年7月までの2年間、「公表までの1年間」は2011年8月から2012年7月までの1年間のリターンである。また、「公表後1年間」は「ESGで視る」公表後の2012年8月から2013年7月までのリターンである。すべて、リターン計測期間の前月末時価総額構成比でポートフォリオを構成し、そのまま保有した場合のリターンを示している。


まず、「ESGで企業を視る」公表までについてみると、ESGポートフォリオのリターンはすべての期間において市場全体の動向を示す配当込みTOPIXを上回った。公表までの3年間の配当込みTOPIXは-17.5%とマイナスのリターンであったのに対し、ESGポートフォリオは+0.4%で、わずかではあるがプラスのリターンであった。公表までの2年間も、配当込みTOPIXが-9.3%であったのに対し、ESGポートフォリオは+7.8%であり、やはり市場全体がマイナスの状況でもポートフォリオはプラスのリターンを獲得している。公表までの1年間では、配当込みTOPIXが-10.4%であったのに対し、ESGポートフォリオは-4.6%でリターンのマイナス幅が抑えられている。これらの結果は、ESG評価に運用リスクの低減効果があることを示唆するのかもしれない。


そして、「ESGで企業を視る」公表後1年間のリターンは+59.4%で、配当込みTOPIXの+57.2%を上回っているが、その差はわずかであった。過去のリターン動向などから、この結果には継続的なESGに関する活動がすでに株価に反映していたことが影響した可能性があろう。そこで、図表2で示したのと同様に「ESGで企業を視る」公表までの3年間について、各企業の所属業種に対する超過リターンを算出し、公表後1年間の超過リターンと比較してみた。まず、公表までの3年間の超過リターンは、15社中14社がプラスであった。ほとんどの選定企業のリターンが、所属する業種のリターンを上回ったのである。そして、公表までの3年間と公表後1年間の超過リターンの相関係数は-0.34で、公表前3年間の超過リターンが高いほど、公表後1年間の超過リターンが低いという関係を示唆する結果が得られた。これは、「ESGで企業を視る」が公表される前に、すでにESGに関する活動が株価に反映している可能性を示唆するのではないだろうか。また、公表後1年間は株式市場が好調で、ESG評価による運用リスクの低減効果が表れなかったことや、ESG評価は長期的な投資の際に有効性が高く、リターンの計測期間が1年では短いということも考えられる。これらのことが合わさって、公表後1年間のESGポートフォリオのリターンは配当込みTOPIXをやや上回る程度となった可能性があろう。

図表3.各保有期間におけるESGポートフォリオのリターン

「ESGで企業を視る」の選定企業でポートフォリオを構成すると、今回調査したリターン測定期間ではいずれも市場全体を上回るリターンを獲得していることがわかった。企業の選定にはROEも用いられていることに注意が必要ではあるが、株式投資においてESGによる評価が有効であることを示唆する結果ではないだろうか。


(※1)テーマ銘柄を公表しました ~日本経済応援プロジェクト「+YOU(プラス・ユー) ~ 一人ひとりがニッポン経済」
(※2)東京証券取引所の発表するTOPIX-17シリーズの株価指数の変化率を用いた。

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