2014年12月10日
最初に
今年6月に閣議決定した「日本再興戦略」改訂2014の発表を端緒に最近よく「企業価値」という言葉を目にしたり耳にしたりする機会があるが、企業価値を創造するとはどのようなことなのかを考察してみたい。
日本企業全体を一括りに俯瞰すると
日本企業の稼ぐ力が低下しているという指摘は、ここもと20年間の日本企業のROEが平均すると約4~5%台であり、国際比較で相対的に低いレベルであることから見ても明らかである。
日経平均株価のパフォーマンスがアベノミクス以前は他の国の同じような株式の中心指標と比べても大きく劣後していたことも残念ながらこのことの顕著な結果であろう。
もちろん、個別企業では、世界水準で勝ち組の企業も多数存在し、新しい付加価値を持続的に創造し、株価もそれを体現している会社がたくさんあるが、まずは話を簡潔にするために日本企業全体を一括りで俯瞰してみたい。
ここで問題なのは、日本企業の平均ROEが国際的に相対比較で低水準であることもさることながら、この水準のROEであると実は企業価値を創造していなかったのではないかということである。
今、広く経営指標として使われているROEは、株主資本を使用して如何ほどの利益を稼いだかという資本効率に関しては財務諸表の数値から容易に計算しやすいという利点はあるものの資本コストという概念を内包していないため、株主資本の出し手であるエクイティ投資家にとって期待する経済的価値が創造されているかどうかわからないという欠点がある。
通常、エクイティ投資家は、配当によるインカムゲインだけでなく株式の値上がりによるキャピタルゲインの両方を追い求めるために、不確実性というリスクを承知で投資する。
このエクイティ投資家が選択したリスクが投資コストであり、資本の出し手であるエクイティ投資家に対して経営者が最低限上回らなければならない資本(調達)コストとなる。
ファイナンス理論上で言えば、資本コストを上回る利益を上げた分を新しく創造された企業価値と定義している。ここでいう資本コストは通常エクイティだけで調達が賄われればCAPM、エクイティとデッドを併せて調達すればWACCと定義されることが多い。
この辺りの説明は既知のものとして割愛するが、もう少し話を単純化して続けてみたい。
エクイティ投資家の要求利回りを算定するCAPMを計算する上で、マーケットプレミアムがある。通常ヒストリカルな観点から日本の株式市場では長期の平均において5~6%程度とみなされることが多い。
これの意味することは、元本が保証されるリスクフリー(通常は10年国債)の利回りを選択せず、不確実性を選択したエクイティ投資家にとって、10年国債の利回りがいくらであれ、市場全体のベータが1とすれば、過去の長期間に渡って株式市場全体に対しては平均して10年国債利回りに5~6%の超過利潤をエクイティ投資家が最低の利回りとして要求していたということだ。
現在、リスクフリーレートは殆どゼロに近い0.4%台なので、エクイティ投資家の株式市場全体に対する最低要求利回りは5~6%+0.4%台のリスクフリーレートとなる。
従って冒頭に述べたROEの水準ではマーケットプレミアムを下回っており、この20年間、日本企業の総和としては企業価値を創造していなかった可能性が高いということになる。
個別企業における企業価値創造の評価方法
話を個別の企業に移したい。企業が付加価値を創造しているかどうかを図る指標にEconomic Value Added(以下EVA)の考え方がある。これはG・ベネット・スチュアート3世が考案した企業価値を計る指標である。毎年本業から生み出されるリターンからそれを生むために投下された資本に対して発生している資本コストを差し引いた経済的価値が新しく創造された企業価値であると定義する考え方である。これがプラスの場合、企業は投資家の期待を上回る経済的価値を生み出しているといえる。
具体的には以下の式で導き出される。
EVA=NOPAT(net operating profit after tax:税引後営業利益)-投下資本(≒有利子負債+株主資本)×資本コスト(WACC:加重平均資本コスト)(※1)
EVAの詳しい説明も紙面の関係で割愛するが、ファイナンス理論に忠実に沿って実際にEVAを測定するのは難易度が高いことは確かである。(残念ながらこれが普及していない理由であるが。)従ってここでは簡易な企業価値創造の測定方法を述べておきたい。
税引後当期純利益から会計上の恣意性を排除し、営業外損益や特別損益を控除すればNOPAT≒(修正)税引後純利益と見做すことが出来る。その数値を用いてROEを計算し、それとWACCを比べてROE>WACCであれば、(ROE-WACC)×投下資本=新しい企業価値創造ということとなる。
詳しいファイナンス理論はさておき、実務上この方法により自社が付加価値を創造しているかどうかの概算の計算は可能である。
企業価値創造の為に
上記の式を見て明らかなことは、企業価値を創造するには、簡潔に言えば、本業で儲ける(NOPATを上げる)、資本コストを下げる(レバレッジを上手く使い、最適な資本構成を構築する)、投下資本を必要最低限に抑え事業への投資効率を上げるという3点になるということである。
こう考えると経営者は資本をより低いコストで必要最低限調達し、資本コストを上回って付加価値の生まれると考えられる分野に優先的に配分して、本業で稼ぐことを実現していかなければならない。
そして株主資本の出し手であるエクイティ投資家に対して、企業価値を持続的に創造するためのビジョンを示し、具体的な経営戦略を立案し、それに基づいて稼ぐためにヒト・モノ・カネの限られた経営資源をどのように効率的に配分していくのか。又、市場を通じて調達した資本や稼いだ利益を、自社に無いものを外に求めてのM&Aという手段に振り向けるのか、オーガニックでの成長を企図した内部投資を行うのか、資本効率を考えて配当や自社株買いで還元するのかを、資本の出し手であるエクイティ投資家に様々な機会を通じて継続的にコミュニケートしていく必要がある。
機関投資家と会社のエンゲージメントをベースとした日本版スチュワードシップコードの制定や現在佳境を迎えている感のある「持続的な企業価値最大化の為の企業統治」や「日本企業の稼ぐ力を取り戻す為の企業統治」といったコーポレートガバナンス議論に対する本質的な課題も、この文脈の延長線上にあるものと考えれば解り易いのではないだろうか。
(※1)EVAは彼が創立したコンサルティング会社、スターン・スチュアート社の登録商標。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
ROEの持続的向上のための資本規律の重要性
資本コストを真に意識した財務戦略への道
2025年05月02日
-
シリーズ 民間企業の農業参入を考える
第2回 異業種参入:持続的成長をもたらす戦略とは
2025年03月11日
-
中期経営計画の構成形式に関する一考察
企業の状況や経営の考え方を反映した最適な選択を
2025年02月12日
関連のサービス
最新のレポート・コラム
よく読まれているコンサルティングレポート
-
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
-
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
-
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
-
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
-
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日