2009年04月08日
現在、ITは企業経営と切り離すことができない重要な要素である。それにもかかわらず、ITを使いこなすことは難しいと感じている経営者が実に多い。ITに対しては、大きなビジネス効果を期待する一方で、IT資産の維持・運用、個人情報保護、内部統制報告制度対応など、ITにかかる多大なコストを重荷に感じている。ITの導入にあたっては、同時に業務プロセスを見直すBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を実施することが重要である。既存のプロセスを中途半端に温存したままシステムを構築すると、組織別にシステムが生まれ、そのシステム間を繋ぐためのコストが膨らむことになる。一旦、複雑になったシステムは、改修や増設などを繰り返すたびに、維持・運用コストが膨らんでいくことになる。加えて、厳しい経済環境を受けて、IT投資の抑制圧力も高まっている。
このような課題の解決手段として、「クラウドコンピューティング」が注目されている。これは、インターネットを経由して、インターネット上のどこかに分散したコンピューターリソースを必要に応じて活用するサービスの概念である。利用者は、ソフトウェアやサーバ等のIT資産を保有せずに、実際の利用に応じて課金されることになる。利用者は、仮想化されたインフラ上でシステム開発を行うこともできる。例えるならば、電気のように、どこでどのように作られているか知らなくても、必要なときに、必要な分だけ利用できるものである。
経営者であれば、また新たな疑問を感じるはずである。サービスレベルは保証されているのか、データはどのように管理されているのか、情報漏洩はないのか。もっともである。
経営者にとっては、情報管理は重要な問題であろう。現在、クラウドコンピューティングでは、ユーザー間でソフトウェアは共有するが、データは共有しないことが常識のように語られている。しかしながら、異なる企業で、同様の情報を参照している事例は数多い。将来的には他のユーザーとデータベースを共有することになると考えたほうが自然だろう。ソーシャルコストの低減にもなる。
さはさりながら、クラウドコンピューティングにおけるデータの取扱いは特殊なものである。例えば、「Google App Engine」や「Windows Azure」が提供するデータベースには、Join(結合)の概念がない。一般的なデータベースは、RDB(リレーショナル・データベース)であり、Join(結合)操作は基本中の基本である。実は、クラウドプロバイダーが保有するデータセンターは、巨大であるが故に、リアルタイム性やデータ一貫性は担保することができない。そこで、キーバリュー(Key Value) 型データベースなどによって、高速にデータの検索や更新、削除などを実現しているのである。残念ながら、データベースのアーキテクチャは、クラウドプロバイダーによって異なるのが現状である。将来的にも標準化は難しいだろう。したがって、あるクラウドで生成されたデータを、他のクラウドに移管することや、クラウド間あるいはクラウドと既存システム間の相互利用にはコストが高くつくだろう。また、データベースが自社のコントロール下にないために、柔軟にデータを操作することが難しい特性も見逃せない。つまり、企業にとってはデータの二重管理やデータ操作が行いにくい環境であるということである。
このようなデータ管理の特徴を踏まえると、同一のクラウドプロバイダーの下に集まる企業においては、データを共有するインセンティブはあるだろう。同じ業界内では、競争戦略の観点からデータを操作することや、非公開にすることがあるが、データが操作されたものではなく信頼性が高いものであれば、逆にデータをオープンすることによる新たな競争モデルが生まれるかもしれない。
長期的には、どのクラウドプロバイダー下で、どのサービスを採用するかによって、共有データを核とした新たなムラ社会が形成されるかもしれない。企業は、特定のクラウドにロックインされてしまうため、ムラ社会を抜け出すことも難しいだろう。経営者は、このような新しい流れの動向を見極めながら、ITを経営資源の一つとして昇華させることが求められている。
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