コンパクトシティ時代における"中心市街地"の新たな役割~中心志向から脱却し"住まう街"へ

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人が都市に集中し、徒歩から自家用車へ移動のリーチが長くなったのにあわせて都市の範囲も拡大した。城下町や宿場町に起源をもつ旧市街の枠をはみ出て、街は郊外に浸潤してゆく。単に同心円状に広がったわけではない。中心も移動している。以前、街の在りようは交通手段に規定されるという「交通史観」(※1)を書いた。河岸や旧街道に元々あった街の中心は、移動手段の主なものが舟運、鉄道そして自家用車に変遷したことを反映し、まず鉄道の駅に引き寄せられ、さらにはバイパス沿線、高速道路のインターチェンジの麓に向かってゆく。「交通史観」を書いたときに例にあげた宮城県石巻市。平成24年に路線価の最高地点が石巻駅前から三陸自動車道石巻河南インターチェンジ前にいよいよ移った。かつての“中心”市街地は、少なくとも地価でいえば地域の一番でなくなった。


県庁所在地ではどうだろうか。岩手県盛岡市。城下町の時代、街の中心は中津川沿いの肴町地区にあったが、今は盛岡城址を盛岡駅側に越えたところ、大通・菜園地区にある。盛岡駅前にも集積があり、その他、駅西口の再開発地区、盛岡南地区と盛岡IC地区にまとまった市街地が形成されている。とくに盛岡南地区の伸長著しく、大型ショッピングモールを核に商業中心地が堅調に育っている。旧市街の外側に、旧市街とほぼ同じ大きさの、車社会に適応した新しい街が作られた格好だ。もっとも、路線価の最高地点がまだ旧市街に残っている点で石巻市と異なる。

盛岡市の市街地
盛岡市の市街地

中心商業地としての弱みを住宅地としての強みへ

とりわけ石巻市のような小規模都市で顕著だが、長らく商業の中心として栄えていた中心市街地は廃れる一方だ(※2)。地場百貨店が閉店し、老舗の書店が郊外に移転し、ブティックや生活雑貨の店が郊外のショッピングセンターのテナントに入る。シャッター街に点在するコインパーキングが寒々しい。表通りに居酒屋やパチンコ店が目立つようになる。どこの地方都市もだいたいこのような具合だろう。商店街でも中心から離れたところから周辺の住宅街に同化してくる。店舗兼居宅を子の世代が普通の家に新築するからだ。容積率が緩いのでアパートやマンションに建て替えるケースも多い。


県庁所在地も安穏とはしていられない。青森駅から東に伸びる「しんまち商店街」。ねぶた祭りの運行コースである。中心市街地活性化の成功事例としてしばしばとりあげられる駅前の再開発ビル「アウガ」であるが、思うように客足が伸びず、平成20年に事実上の債権放棄に陥った。平成22年にはマクドナルドが閉店、その翌年には中三百貨店が民事再生法の適用を申請するなど商業地としては厳しい状況が続いている。その一方、住む街としての関心が高まっている。平成17年、閉店した松木屋百貨店の跡地に15階建てのマンションが建った。平成19年には高齢者対応型マンションを核とした複合ビル「ミッドライフタワー」が完成。中心市街地に新築した40戸の賃貸住宅を公営住宅として借り上げるなど、青森市は「街なか居住」を推進している。豪雪地帯なので雪かきをしなくてもよいメリットがある。


要するに、商業地の尺度をもって中心市街地の衰退と認識するのは早計だ。城下町や宿場町を由来とする旧市街の町割りは徒歩で生活するのに適している。そもそも城下町に車道は無かった。歩く範囲で生活必需品がそろう。道路が狭いというのも徒歩を前提とすれば有利に働く。さらに、郊外住宅地よりも容積率が緩く中高層建物が建てやすいという特性もある。


大量生産の時代から少量多品種生産の時代になったのと同じくらいの必然性がモータリゼーションにはある。いったん移動の自由を得た個人が車を手放すのは考えにくく、おそらく車社会以前に戻ることはない。しかし次世代の街をデザインするにあたって、この前提が持続可能かはふたつの点で疑問が残る。ひとつは、高齢化社会を迎え、乗用車を自分の足代わりに使えない人が増えてくること。もうひとつは、大震災のガソリン不足問題を通じて、乗用車が有事に案外頼りにならないことがわかったことだ。


地方都市において業務、商業、医療の中心地が郊外に移転する理由はそれなりにある。高度・救急医療はインターチェンジ前にあったほうが確かに便利だ。それでも、かつての中心市街地は衰退し滅びるわけでなく、郊外を取り込み拡大した都市圏の一部分として生き残るだろう。住民の高齢化をきっかけとして、日常の移動手段として車を使わない人が一定数を超えて層となり、徒歩圏内で生活をまかなうライフスタイルの確立をみる。そのとき、かつての中心市街地は「住まう街」としての新たなポジションを獲得するからだ。このような未来観の基に「コンパクトシティ」を計画すべきである。言い換えれば、時代の流れに逆らってまで都市圏の中心性に拘泥することはやめようということだ。冒頭紹介した盛岡市は旧市街と車社会の新市街が地図でみてわかりやすい例だが、地方都市なら多かれ少なかれ徒歩生活を前提とした市街地と車社会の市街地の棲み分けが機能的に明確になる。

歩く範囲でなんでも揃う集合住宅街~足立区竹の塚

コンパクトシティを交通史観と住民ニーズから定義すると、それは歩く範囲でなんでも揃う集合住宅街となる。地方都市の多くは高齢化を背景に、商店街の住宅地化などコンパクトシティの兆候が見られる。その先行にどのような街があるのか。高齢化を待つまでもなくはじめから鉄道と徒歩を前提としている街である。まずは東京近郊の住宅街が思い浮かぶ。足立区竹の塚。都市機構が開発した集合住宅が立ち並び、戸建ても多い。典型的な住宅地だ。竹ノ塚駅東口カリンロード商店街は平日も人通りが多くシャッター街になってない。商店街にあるイトーヨーカドーの店舗面積は12,662平方メートルで、西武百貨店秋田店(同11,899平方メートル)より大きい(※3)


筆者の出身地の仙台には中心街にしかない施設が竹ノ塚駅前にある。インターネットカフェ、スターバックス、ドンキホーテ。公共図書館や休日診療所も町内にある。歩ける範囲にファミリーレストランが複数ある。小学校と小学校は1キロ離れておらず、公園も多い。都市機能の充実ぶりは駅の乗車人員をみると納得する。竹ノ塚の平成21年度の1日平均乗車人員は37,921人であり、地下鉄仙台駅の34,065人を上回っている。ちなみに杜の都と称される仙台は大通りのケヤキ並木が有名だが、竹ノ塚駅前から1.2キロ続くケヤキ並木も見事なものだ。冬には70万個のLEDによるイルミネーションで彩られる。実は、この70万個という規模は、全国的に知られる同様のイルミネーションイベント「SENDAI光のページェント」に比べて遜色ない。

竹ノ塚駅東口カリンロード商店街
竹ノ塚駅東口カリンロード商店街

竹の塚は住まうに便利な街の典型であるが、コンパクトシティにオフィス街は無理なのかといえば、そのようなことはない。渋谷駅の南側には桜丘、鉢山、南平台そして鶯谷という地名ごとに住宅街が丘状に広がり、谷間には昭和まで商店街が連なっていた。今はマンションや集合住宅が立ち並んでいる。ここに利便性をあてにしたSOHO(※4)が集積し、「ビットバレー」と呼ばれるようになった。中小企業とりわけベンチャー企業に向いている。


ナショナルミニマムの地理的表現としてのコンパクトシティ

次は、供給側の論理でコンパクトシティを定義する。公共インフラの老朽化が深刻度を増す一方、財政状況は予断をゆるさず、インフラ更新に選択と集中の発想が求められている。この文脈でいうコンパクトシティは、最少の行政コストで最大のサービスを提供する市街地のスタイルである。電気、ガス、水道そして電話のようなネットワーク状のものは、使う人が多く網の目が密であるほど1人当りのコストは安くすむ。一定の区域を設定し、その内側に集合住宅を建て人口を集め、ネットワーク状の公共インフラを整備したほうが効率よい。こうしてみるとコンパクトシティとはナショナルミニマムの提供区域と言える。その区域の顧客住民は公共インフラを低コストで利用することができる。


ではどのような仕掛けでコンパクトシティに誘導していけばよいだろうか。まずはコンパクトシティ区域を決め、宣言することだ。次に、老朽化した上下水道システムの更新方針をコンパクトシティ宣言に沿って策定する。物理的に言って上下水道ネットワークはまちづくりの基盤であるし、社会的な意味でも同じだ。老朽管の更新は区域内を優先するものとする。同時に、相対的に緩やかな容積率を活用し、集合住宅を誘致する。青森市のように借上げ方式で公営住宅を建設するのも有効だ。


一方で、コンパクトシティ域外のインフラ整備は原則として相応の負担を求めるようにする。すべての人がコンパクトシティに住むわけではない。郊外のゆとりある区画に戸建住宅を建て、週末にロードサイドのショッピングセンターで日用品をまとめ買いするライフスタイルを望む層も多い。彼らはコンパクトシティ区域外に居住することになるが、応分のプレミアムがコストに上乗せされることになる。上下水道管であれば最寄りの幹線から自己負担でひいてくるようなイメージになろう。もっとも、こうしたところにネットワークを伸ばすのは非効率であるため、必ずしもパイプラインではなく集落単位で飲料水供給施設を設けるとか、宅配水道にするなどの選択肢も発生しよう。


今でも別荘地の水道は民間企業が経営しており、サービス対価は自己負担が原則だ。都市ガスも採算がとれる人口密度が高いところに限ってパイプライン網を敷いていることを考えればとくに違和感はない。コンパクトシティ推進の観点からいえば、別荘地の水道や都市ガスと同じように水道事業も民営にするのが自然だろう。


コンパクトシティ政策を推進してゆくと、まずは低所得層、高齢者世帯を中心に区域内の人口が増えてゆく。コンパクトシティはナショナルミニマムの現物支給だからである。むろんそれだけではない。コストパフォーマンスを志向する層、郊外生活のコスト負担を嫌う層も集まってくるだろう。住民が増えて商売の採算が合うようになるので、郊外に出て行った商業施設を呼び戻すことができる。商店街の魅力を高めるのも結構だが、活性化にダイレクトに利くのは後背人口を増やすことである。前述した高度・救急医療は別にして入院施設がある病院も戻ってくる。いずれ最寄駅の乗降客が万人単位になれば足立区竹の塚のような商店街の風景に近づく。そうすると、筆者のように利便性そのものに魅力を感じ、あえて自家用車を使わない生活を選択する世帯も出てこよう。そうした好循環を全国の地方都市に作ることが、コンパクトシティ政策の最終目標である。俯瞰すれば、車社会の到来前に整備された「団地」を幾分高層化し、徒歩移動に最適化された「城下町」のデザインに学びながら、現代風に再生することに近い。

上下水道の更新の優先度でコンパクトシティ区域を定め、集合住宅を建てる
上下水道の更新の優先度でコンパクトシティ区域を定め、集合住宅を建てる

(※1)(※2)交通史観、石巻市の中心地の変遷については次のコラムを参照のこと。
2010年7月14日付大和総研コラム「交通史観が示唆する市街地活性化の行く末
2011年4月13日付コンサルティングインサイト「償却アプローチによるオフィスビル床面積の需要予測~札幌市と仙台市の事例付き~
2011年6月15日付コンサルティングインサイト「大震災で変わるまちづくりの発想 ~コンパクトシティ再考~
(※3)週刊東洋経済増刊全国大型小売店総覧2012年版
(※4)Small Office/Home Officeの略。ソーホーと読む。ITを活用し自宅や賃貸マンションなど小さな事務所で起業したもの。


 

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