東北にサプライチェーンの完結圏を ~バックアップ拠点と新産業を誘致し空洞化の流れを変える~

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復興コンセプトの前提となるもの

東海~東南海~南海連動地震が太平洋ベルト地帯を襲ったとき、それが日本全体の機能不全に波及しないように、日本を3地域に区分しサプライチェーンの完結圏を分散配置するという国土軸再編構想「日本ハートランドとバックアップエリア論」。これについては既に述べたところだ(※1)。具体的には、東北半島と北海道からなる「北東ブロック」をバックアップエリアと定義。この地域において不足するサプライチェーンの要素を「日本ハートランド」、とりわけ一極集中リスク著しい関東地方から分割移転を推進する。冗長化による非効率は産業再編で相殺し、オールジャパンの国際競争力強化と両立を図ろうというものだ。これを復興コンセプトの上位概念とする。被災地の復興にあたっては、東北自身が災害に耐性をもって生まれかわるのはもちろんのこと、いざというときには他地域のカバーに回れるよう都市機能や経済機能において質量ともにバージョンアップする必要がある。


これには被災地の雇用問題を解決する意図もある。6月8日の厚生労働省の発表によると、被災した岩手、宮城、福島の3県の失業者は11万9776人(※2)。前年の2.3倍に増えており、その大部分が震災によるものと推定される。被災地の経済構造は、農業漁業を中心に、その加工や出荷にまつわる商工業が裾野に広がるパターンが多い。こうしたところを大津波が襲った。漁船や加工場は軒並み流され、漁場や養殖場がめちゃめちゃに荒らされた。あまつさえ他産業に比べて付加価値率が低い上に高齢化が進んでおり、震災以前の状態に戻すにはそれなりの時間を要するだろう。農業であれば宮城の塩害、福島の原子力災害による農地のダメージが相当苛烈だ。


そもそも今般の震災で土地の最適用途が変わった可能性さえある。復興後の日本をプランニングするにあたっては、地理的な意味で国のかたちが変化した可能性を検討する必要があるだろう。たとえば、原発事故が収束し、周辺の放射能レベルが十分に下がるまでにはもう少し時間が必要なようだ。仮に土壌の放射能汚染があれば当面そこに農作物は植えられない。消費者の安心安全ニーズの高まりの中、「風評被害」も深刻だ。同じことは漁業・養殖業にもいえる。放射能や下水による海洋汚染がどれほどのものになるか未だよくわからない。いずれ応急的な復旧から復興フェーズに入るのだが、被災した設備を再建しようにも投資した分きちんと回収できるのか、先を見通せないのが辛いところだ。


サプライチェーンの物理的な分断についても考慮しなければなるまい。福島県浜通り地方は東北地方に属しているものの茨城県はじめ関東地方との一体性が強く、経済圏が常磐線に沿って連続していた。今般、警戒区域の設定によっていわき市より北の交通路が途切れてしまった。このことによって、警戒区域より南、いわき市の関東地方との一体性は今後強まり、原町以北は仙台圏との一体性を強めてゆくのではないか。東北と関東以西の関係からみると、従来、東北と関東以西を結ぶルートに東北道と常磐道つまり内陸ルートと海側ルートがあって、移動の目的とコストを基に双方選べる関係にあったのだが、その1本が実質的に途絶してしまった。もちろん迂回ルートはあるのだが、移動のストレスとコストがかかる。少なくとも震災前に比べれば、警戒区域を境にそれぞれのサプライチェーンの自立性を高めていかなければならなくなるだろう。

東北地方のサプライチェーンの特徴

北東ブロックにおけるサプライチェーンの完結を目指すにあたって、まずは東北復興を機にどうした分野を補完すればよいか。東北地方の産業構造を簡単にいえば農業、漁業が盛んで、製造業も食品加工のウェイトが高い。電子部品、情報通信機器の相対シェアも大きい。製造業を職種別にみると専門職が少ないいっぽうで生産・労務職は多い。付加価値生産性が低いことも特徴だ。他の地域との関係を俯瞰すると東北地方は食料供給と部品加工を担い、代わりに最終製品を移入している。原料加工型の垂直分業に近い。


我が国戦略産業である自動車と家電エレクトロニクスのサプライチェーンからみれば、いずれも東北地方は部品加工の工程を担っている。東北地方は全国に占める「輸送用機器」つまり自動車の製造シェアは低いのだが、大震災のダメージは遠く離れた場所にある最終製品の工程にまで波及した。自動車部品は言うまでもなく電子部品も完成車に至るサプライチェーンに組み込まれていたということだ。次の図は、自動車と家電エレクトロニクスのサプライチェーンを概括したものだ。ここで電子部品とはシリコンウェハー、半導体や液晶パネルも含むレンジの広い概念として言っている。ちなみに大震災では化学素材プロセスのダメージも大きかった。自動車用のプラスチックやゴム素材、半導体の洗浄剤の類である。ただし、これらは東北地方ではなく関東地方の臨海工業地帯で担っている。要するに、仮に東北地方で完結したサプライチェーンを作ろうとすれば、最終製品だけでなく、化学素材のプロセスも補完する必要があるということだ。

東北地方のサプライチェーンの特徴

希望の星型地帯

東北復興において、地理条件の変化を踏まえ雇用対策の一環としてサプライチェーンの再構築に挑戦しようとするとき、まずはどの地域を強化すべきであろうか。岩手県盛岡地区から福島県白河地区まで東北道に沿って緩やかに連続している地域、宮城県石巻から福島県原町までの仙台湾に沿った地域、これに仙台とつながりの深い山形県内陸地域を加えたものを大きなまとまりと認識。山形、盛岡、石巻、原町そして白河の5つを頂点とした星の形をしていることから、「希望の星型地帯」と呼ぼう。これを、復興に絡めたサプライチェーン改造推進区域とする。ここは岩手県を貫く北上川、福島県を貫く阿武隈川の流域圏である。川はいずれも仙台湾に注ぎ、湾に並走する貞山運河を通じてつながっている。互いに経済・文化的なつながりが深く、見方を変えれば仙台経済圏の範囲をより拡大したものといえる。

希望の星型地帯

希望の星型地帯には東北の製造業の基盤がある。近年自動車産業の進出が著しい。トヨタ自動車は東北を中部、九州に続く「国内第3の生産拠点」と位置づけ、系列の完成車製造子会社、セントラル自動車の本社工場を宮城県に移転したところだ。関東自動車工業が既に岩手県に進出しており、これら2つの完成車工場を軸として工場再編に取り組んでいる。サプライチェーン完結圏の構築にあたっては、自動車組立工場のさらなる充実によって生産台数を増やしたいところだ。次のステップで部素材の域内自給率を高めるよう不足する種類のサプライヤーの補完を図る。とりわけ着目すべきはプラスチックなど化学素材のプロセスであり、具体的には石油化学コンビナートを誘致したいところだ。仙台港の後背地には製油所がある。ガス工場や発電所が隣接し東北のエネルギーセンターとなっているのだが、化学素材など誘導品を生産する工場群はなく、石油化学コンビナートが形成されているわけではない。また金属素材産業の強化も課題となろう。東北には製鉄所(高炉)がひとつもない。


大津波ですっかり荒れ果てた光景に変わってしまったが、仙台港の南には海沿いに一面の田んぼが広がっていた。海原のように広がる田んぼに浮かぶように、ところどころに屋敷林に囲まれた集落がみえる。これを地元では「いぐね」という。残念なことに、ここにあった約1800ヘクタールの農地は塩害で使えなくなってしまった。排水機場が全壊するなど損害が大きい部分については、元通りに作付できるようになるまで数年かかると見込まれている。もっとも、被害をまぬがれた県内の水田や他県による肩代わり生産によって、日本全体で米不足に陥ることはないようだ。


この、鹿島臨海工業地帯とほぼ同じ面積の水田地帯は、北で仙台港、南で仙台空港に接し、西側にはこれら2大物流拠点を結ぶ高速道路が走っている。建設中の仙台市地下鉄東西線の東のターミナルに程近い。復旧を第一選択肢に考えるべきだろうが、いっぽうで臨海工業地帯の適性も検討してみてはどうだろうか。


仮に、ここに一大コンビナートを整備したとして、ここで働く労働者の居住地として開発できそうな土地もある。たとえば、長町駅貨物ヤード跡地を開発し現状広大な更地となっている「あすと長町」だ。4年後に開通する地下鉄東西線。需要予測が争点となったこともあったが、沿線開発に弾みがつけばそうした問題も解消するだろう。ちなみに、住宅・土地統計調査によると仙台市の空き家は平成20年で8万1100戸と20年前に比べ2.4倍に増えている。空家率は15.3%となっており、労働者が移住してきたとしても当面の収容力に問題はないだろう。以前書いたように仙台のオフィスビル床面積は他都市に比べて余裕があり、ホワイトカラーの収容力も十分ある(※3)

いっぽうで、希望の星型地帯に次世代産業のサプライチェーンを一から構築する戦略も考えられる。電子部品産業の相対的強みを活かし自動車産業を充実させる施策を発展させ、さらにハイブリッドや燃料電池技術の研究拠点を強化するなどして、次世代乗用車のサプライチェーンの新たな構築をこころみるのも一考だ。新産業といえば、風力、ソーラー、バイオマスなど新エネルギーに関連する事業体をまとめて誘致しコンビナートを組成するという選択肢もある(※4)。イメージとしては大阪府堺市堺浜地区の新日鉄堺製鉄所跡地にシャープが展開する「21世紀型コンビナート」が近い。液晶パネル工場と太陽電池工場を核に、関連するインフラ施設や部材・装置メーカーの工場が有機的に連なったものだ。


震災復興と並行して進めるべき北東ブロック改造の推進地として先の図上に新むつ湾開発(仮称)と日本海国土軸を示した。新むつ湾開発は、北海道室蘭、苫小牧、そして青森県の八戸地区を囲んだ地域を有機的に統合した上でサプライチェーンを構築しようというものだ。日本海国土軸は、有事のバックアップルートとして機能することを想定している。ここでネットワークのハブとなりそうなのが新潟県である。北陸地方とも北信越地方とも言われながら電力では東北。地方支分部局の管轄では関東に属するものが多い。返せば、隣接するどの地域とも均等の距離感を持つことを示し、ひいては有事のバックアップ拠点として最適な立地といえる。まさに今、仙台の都市ガスは新潟港から東北地方を横断するパイプラインを通じて供給されている。ガソリン輸送も高速バスも新潟を経由するルートが最初に通じた。もっとも、ハブという「点」ではなく日本海に沿って伸びる補給幹線として整備したい。この沿線は他の燃料や基幹部素材のバックアップ拠点を置くのに適している。大震災の再来に備えて代替拠点を海外に設置することを検討する企業が増えているようだが、ぜひ日本国内、特に東北地方に置いてほしいものだ。

県単位の部分最適ではなく東北の全体最適の観点で

本稿の復興コンセプトは、日本ハートランドのバックアップという観点に立脚し、完結したサプライチェーンを北東ブロックに構築することをゴールに見据えたものだ。「希望の星型地帯」が被災3県の一体的復興を前提とした括りであるように、サプライチェーンの要素の再配分も県の枠組みを越えて行うこととなる。従来の産業シェアを変えることもありえる。たとえば、宮城の塩害、福島の原子力災害によって本年度不足するコメ生産は新潟県はじめ12の道県で肩代わりすることになった。これは本年度に限った話であったが、数年先、塩害や原発事故の収束状況、担い手の状況、そして生産物に対するニーズ等の状況によって、土地の利用条件を改めて考える必要が出てくるかもしれない。原発事故の影響圏から食糧生産を東北北部や日本海側に寄せる代わりに自動車産業や新エネルギー産業を強化するといった考え方もあろう。


もっとも、県域を超えた人口や産業の移動が発生することを想定すると、意見調整に一苦労するのは想像に難くない。おぼろげな希望よりも確実な過去を頼みとしたいし、どうしても県域の部分最適を第一選択肢とせざるをえないからだ。そう考えると、サプライチェーンの再編を伴う東北復興は、東北を代表する主体が、東北の全体最適の観点から推進するのが理にかなう。「復興庁」が担うのか、喩えれば沖縄総合事務所のような地方支分部局の集合体が担うのか、県の広域連合が担うのか、来るべき州政府が担うのか、いずれにせよ県域を越えたところで立案したほうがスムーズであるように思う。

(※1)2011年5月25日付コンサルティングインサイト「日本の事業継続計画(BCP)の一環として考える東北復興のあり方
(※2)3月12日(震災翌日)から6月5日までの雇用保険離職票等交付件数(前年同期5万2872件、対前年比2.3倍)
(※3)2011年4月13日付コンサルティングインサイト「償却アプローチによるオフィスビル床面積の需要予測 ~札幌市と仙台市の事例付き~
(※4)岡野 進「被災地に大規模な『メガソーラー』を-再生可能エネルギーの活用と雇用の創出へ-」、東洋経済新報社『統計月報』、7月号巻頭言・経済万華鏡

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