2011年04月13日
2009年度における札幌市のオフィスビル着工床面積は5万5千m21991年度のピーク以来最低の水準となった。91年度は43万2千m2と今の約8倍の水準であった。バブル崩壊後半減し、98年度以降は10万m2前半を中心に推移している。ここでオフィスビルとは、建築着工統計で「事務所」に分類されているもののうち、鉄骨造、鉄筋コンクリート造など堅牢なものを言っている。
これに何らかの規則性が隠されていないか調べてみた。そこで見出した仮説が、オフィスビルの残存床面積はオフィスワーカーの数に比例するというものである。就業人口の増加、産業のソフト化などでホワイトカラーが増えればオフィスビルも増え、人口減少や、さらなる大都市への人口流出などが起こればオフィスビルも減るという具合である。言い換えればオフィスワーカー1人当りの残存床面積は長期的に一定であるということだ。
ただし、ここでオフィスビルの残存床面積とは、まさに現存するオフィスビルの床面積を測量して求めたものではなく、とある仮定を踏まえて計算したバーチャルな計数である。時の経過とともに目減りするテナント価値の観点で、その時点でオフィスビルに残存するテナント価値を床面積に換算したものである。オフィスビルは建築年齢を重ねるに従って賃料が下がってゆき、ひいては借り手がつかなくなり耐用年数を経過した時点で建替えられる。その要因には老朽化だけではなく時代の変遷や技術進歩による相対的な機能低下もある。最近のオフィスビルは床に配線、天井に空調配管を這わせるよう階高が高い。耐震技術も進歩している。新様式のオフィスビルが出る度に既にあるオフィスビルの値打ちは若干下がる。建築物としてはまだ使用に耐えうるとしても、借り手がつかずテナントとしての値打ちがなくなってしまうこともあり、むしろそちらのほうがオフィスビル需給の観点からは重要ではなかろうか。
このような前提でオフィスビルの残存床面積を算定する。まずは毎年の新規着工床面積を足し上げる。ある年度に着工したオフィスビルの床面積が翌年度から床面積が均等ペースで「目減り」してゆき、30年で当初の10%になるようなルールで「償却」を施す。建築物の老朽度に関わらず、オフィスビルは平均30年でテナントとしての値打ちがほとんどなくなってしまうという想定である。たとえば、建築年齢10歳のオフィスビルは新築換算で約3分の1となり、30年経つと10%となることになる。これを地域で合計したものをオフィスビルの残存床面積とする。
札幌市における2009年度のオフィスビル残存床面積は303万m2であり97年度以降減少傾向を辿っている。一方、オフィスワーカー数も減っているので、1人当りの残存床面積でみると10m2前後で推移している。六畳間ぐらいで、全国平均もほとんど同じである。88年度以降の残存床面積の前年比増減の折れ線グラフには循環的な傾向がみてとれる。その調整点こそオフィスワーカー1人当り残存床面積である。なお、ここでオフィスワーカーとは国勢調査における就業地人口のうち職業大分類で専門的・技術的職業従事者、管理的職業従事者及び事務従事者に区分されているものを言う。
既にあるオフィスビルを償却してなお一定のオフィスワーカー1人当り残存床面積を保つように、新たに供給されるオフィスビル床面積が決まるとすると、それまでの循環傾向などから今後の着工床面積が占える。札幌市の例は説明用の大雑把な推計であるが、残存床面積の前年比減少幅が2年連続で拡大し直近年度でオフィスワーカー1人当り残存床面積が9m2を割り込んだ。ここで遠からず9m2半ばに戻すと想定すれば、次年度以降の着工床面積は若干の上向き加減で推移する見通しとなる。なおオフィスワーカーは15歳以上人口の動向と道内人口の札幌集中を折り込み若干の増加傾向を見込んでいる。

仙台市の状況
償却アプローチは、オフィスビル残存床面積とオフィスワーカー数は長期的に均衡すると想定している。言い換えればオフィスワーカー1人当り残存床面積は長期的に一定を保つということであるが、それは同じ都市において一定ということであって、オフィスワーカー1人当り残存床面積そのものは都市によって異なる点に注意されたい。たとえば、仙台市におけるオフィスワーカー1人当り残存床面積は約13m2であり札幌市よりも広い。ビジネスホテルのシングルルーム並みである。
札幌市の人口が約190万人であるのに対し仙台市は約100万人と半分強の水準であるが、2009年度におけるオフィスビルの残存床面積で比べると、札幌市は303万m2であったのに対し仙台市は265万m2と1割強下回る程度である。仙台市は2007年度にオフィスビルの新築ラッシュがあったことも影響し空室率が高くなっているが、そもそものオフィスビル床面積にも余裕があるように思われる。
ここで供給過剰と判断するのは簡単だが、震災復興を踏まえこれを都市成長の伸びしろと考えることはできまいか。オフィスビルにおいては就業人口を増やす余地がある。4年後の2015年度に仙台市で2本目の地下鉄となる東西線の開通を控え通勤通学にかかる交通インフラもさらに充実する。東西線の沿線開発はもちろん、既存の鉄道沿線にも商工業拠点や住宅地として発展が見込める余地がある。どうやって人を呼び込むかが課題となるが、震災を踏まえた都市復興がそのインセンティブになることを期待したい。災害にかかる事業継続計画の一環として地理分散を意識する企業にとって魅力的な立地となろう。いささか希望的観測を織り交ぜてはいるが、ともかく仙台市に成長ポテンシャルがあると期待するのは筆者が仙台出身であるがゆえのひいき目だけではあるまい。がんばれ、私の故郷仙台。

(註)
本稿は償却アプローチによるオフィスビル床面積の需給予測の考え方を紹介したものである。実際に予測するにあたっては、狭義の都市というよりむしろ都市圏を想定しており、オフィスワーカーの将来見込に関しても産業構造や人口構成の変化を捉えた上でシミュレーションを構築するなど、前提条件の設定と予測経路は本稿で触れたものよりも精緻かつ複雑である。また、本稿ではオフィスビルの全体量にかかる論点を扱っており、どういったオフィスビルが求められているかについては別の論点であることに留意されたい。都市の機能別過不足の分析を踏まえた施設別需要予測については別の機会に紹介したい。関連記事「交通史観が示唆する市街地活性化の行く末」2010年7月14日付大和総研コラム
また、本稿とは直接関係ないが、震災復興と財政規律の両立については行政キャッシュフロー計算書や官民連携ファイナンスの考え方がヒントになると思う。これまでの「コンサルティングインサイト」(本コーナー)で関連する話題を多数執筆しているので参照されたい。
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