自治体のキャッシュフローマネジメントのすすめ

~手元資金ベースの地方公会計とその活用についての提案~

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地域主権改革の進展にともなって「資金繰り」の重要性がいよいよ増してくる。財政の自由度が拡がる代わりに、財政の持続可能性も自らの責任で維持していかなければならない。財政運営の要諦は使い切ることから節約することへ変わるだろう。フォーカスすべきは歳入歳出の形式的な黒字ではなく、年間を通じた支払能力の確保である。このことについては先般の『財務省は自治体の何を「診断」するのか? ~一括交付金制度で変わる地方財政の見方~』(2010年7月1日付)に書いた通りである。


キャッシュフロー分析は資金繰りの観点に立った財務分析手法である。財政融資の貸し手である財務省は、自治体の返済能力を見極めるにあたってキャッシュフロー分析指標を拠りどころとしているが、元利金をキチンと支払ってくれるかが気になる立場からすれば至極当然のことである。


キャッシュフロー分析指標は、財務省方式の地方公会計「行政キャッシュフロー計算書」から作られている。ただ、ここでいう「キャッシュ」は金庫や預金通帳にある現金預金と違うものである。財務省方式のみならず、総務省方式の地方公会計に基づく行政コスト計算書及び自治体バランスシートも同様である。いずれも、歳入歳出差額に財政調整基金、減債基金を加えたものを現金預金とみなしている。歳入と歳出の差額(フロー概念)がどうして現金預金とみなせるのかと思われるかもしれないが、歳入には前期繰越が含まれており、これから歳出を差し引いたものは翌月繰越、つまり期末の残高である。これに、借入返済に充てることができる財政調整基金、減債基金を加えて年度末の現金預金残高としてもだいたいの水準を把握する分には問題ない。あえて歳入歳出決算書の計数を使うメリットもある。歳入歳出決算書とこれを行政キャッシュフロー計算書に変換する式が公表されているので、表計算ソフトを使えば自治体外部の人間でも簡単にキャッシュフロー分析が可能だ(※1)


一方、これを使って自治体が統一的なキャッシュマネジメントを行うには若干もの足りない。まず年一回の把握では不十分であり、少なくとも月次、できれば日次で把握したい。キャッシュフロー分析指標の悪化に注意しながら、数ヶ月先を見越して最適な収支計画を立てたいものだ。一義には支払資金がショートしないようにマネジメントするのであるから、フォーカス対象の「現金預金」が支払原資となる手許現金有高及び通帳残高と整合しなくては用をなさない。


また、地方公会計における科目上の「現金預金」が、金庫や通帳にある実際の現金預金と必ずしもイコールではないというのは財務状況を示す書類としても具合のよいものではない。次に示す決算統計第31表「基金の状況」を見てみよう。列(6)、平成20年度末現在高の右隣に管理状況の内訳とある。基金は現金預金以外にも信託、有価証券、出資金その他で「運用」されており、現金預金はそのうちのひとつに過ぎないのだ。財政調整基金その他の基金は運用の原資であって、それが現実に現金預金であるかどうかはまた別の話である。なので、十分な基金を積んでいたとしてもその大部分は不芳先に対する貸付金に「運用」されていて預金通帳の残高はカツカツということもありえる。同じように、歳入歳出差引額がゼロないし赤字であっても実際は預金通帳に潤沢な残高があるということも考えられる。歳出歳入差引額、財政調整基金及び減債基金をいわゆる現金預金とみなすのはやはり便法なのである。

決算統計第31表「基金の状況」

そこで提案したい。キャッシュフロー計算書上のキャッシュをみなしの「現金預金」ではなく、金庫や預金通帳にある現金預金に合わせればよいのではないか。決算統計でいえば第31表「基金の状況」の列(7)-管理形態としての「現金・預金」がそれにあたる。キャッシュフロー計算書は、決算統計の組替ではなく入出金履歴(現金出納帳)から直接的に作成するものとする。業務手続はほんの少し変えるだけでよい。入金、出金の都度に出納担当者が入出金情報を記録しているが、当の入出金情報にかかる行政キャッシュフロー計算書項目を加えればよいのだ。預金通帳には摘要欄があって「給与」とか「給食費」など入出金の意味が記録されるようになっており、銀行によっては月次で集計して簡単な家計簿のように使える機能が付いているが、発想はこれと同じである。

現金出納帳

このようにすれば、摘要欄を集計してその時点の行政キャッシュフロー計算書を呼び出すことができるようになる。


実は、歳入歳出ではなく手元資金をベースにしたキャッシュフロー表と似たようなものは既存の決算統計の様式にもある。4半期毎の資金繰り表である第36表「資金収支の状況」である。歳入・歳出に歳入外収入と歳出外支出を加減することによって手元資金ベースの収入及び支出の状況を把握する表体系となっている。したがって、次に示すように内訳を組替えると「手元資金ベースの行政キャッシュフロー計算書」と同じものができあがる(※2)。ここで「手元資金ベースの行政キャッシュフロー計算書」と呼ぶのは、決算統計から二次的に作成する行政キャッシュフロー計算書と区別するためである(以下同様)。

第36表「資金収支の状況」

決算統計第36表「資金収支の状況」の項目を行政キャッシュフロー計算書に揃え、さらに月次表に直したものがここで想定する月次資金収支表のイメージである。年間合計は行政キャッシュフロー計算書に一致する。

月次資金収支表

これを見れば、何月に支払いピークが来て、どのタイミングで資金繰りに注意すればよいかが一目瞭然である。一時借入金の手当、支払の繰延、余剰資金の運用その他キャッシュフローマネジメントに必要な手段を講じるのに役にたつ(※3)。その選択が中長期的な財務状況にどのように影響するかが行政キャッシュフロー計算書の分析指標を通じて見えるようになるのだ。これをモニタリングしながら、資金ショートさせないよう、手元資金をダブつかせぬようキャッシュフローを絶妙にコントロールしてゆく。


自治体には一般会計以外にも病院その他の公営企業会計など多くの事業があり、外郭団体を含めると相当な数となる。それぞれがバッファを持ちつつ資金繰りをしてゆくと全体ではかなりの非効率となるだろう。支払ピークは事業体によって異なるだろうから、資金的に余裕がある事業と支払ピークを迎える事業の間で資金融通できるようになれば会計全体における資金の節約になる。そのためには、キャッシュの流れが「見える化」していることと、横一列に並べてみることができるようキャッシュフロー計算書のフレームが揃っていることが必要だ。その点「支払資金ベースの行政キャッシュフロー計算書」はキャッシュの流れが一目瞭然であることに加え、金庫の現金有高、通帳の預金残高をベースとしているので会計間のデータ交換が容易である。「支払資金ベースの行政キャッシュフロー計算書」がキャッシュフロー全体最適化のカギとなる。


財務諸表に関しても、歳入歳出決算ではなく手元資金の動きに基づいて作成することで行政経営への応用可能性が拡がる。手元資金をベースにしたキャッシュフロー計算書は、年度末に決算整理を施すことで損益計算書とバランスシートに変換できる。簡単に言えば、出金の累計を左側(資産の部)、入金の累計を右側(負債・純資産の部)に計上し、見かけ上膨れ上がった固定資産に減価償却等の調整を加えればバランスシートの形になる。財務諸表の作り方には発生主義を前面に出した総務省方式、キャッシュフロー重視の財務省方式その他いろいろな流派があって統一すべきだという声も聞かれるが、まずは手元現金・預金残高をベースとするところで一致させるべきではなかろうか。税務申告、有価証券報告そして銀行の信用判断など、財務諸表そのものの様式が目的に応じて異なっているのは当然で、これを無理に統一させることはない。統一させるべきは現金金庫や通帳で照合できる、言い換えれば検証可能性と客観性がある手元資金をベースにすることではないか(※4)

(※1)財務省ホームページ「地方公共団体の財務状況把握」で公開されている財務状況把握ハンドブックに変換式が掲載されている。
(※2)イメージ図中、決算統計と行政キャッシュフロー計算書との間に厳密な整合性はないので注意のこと。
(※3)行政キャッシュフロー計算書を活用した行政経営については次を参照。
行政キャッシュフロー計算書を用いた地方財政分析」(2008年12月3日付コンサルティングインサイト)
行政キャッシュフロー計算書の利害調整機能」(2009年2月13日付大和総研コラム)
(※4)次を参照。財務諸表の様式は、それを使う人の目的に応じて変わるという話。
自治体財務書類は何に役立つか」(2009年6月3日付コンサルティングインサイト)

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