地域・パブリック
自治体財務書類は何に役立つか

2009年6月3日

平成12年に自治体バランスシート、翌年に行政コスト計算書の作成手法が公表され、平成18年には「基準モデル」と、従来モデルの改訂版である「総務省改訂モデル」が示された。一方、企業会計的手法を応用した地方公会計の整備が進まない理由に、「活用方法がわからず、財務4表の作成の意義が見出せない」とあるのが気にかかる(※1)

そもそも企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにある。要するに、財務書類は、利害関係者が何らかの行動を起こさんとするにあたり、事業体の状況把握にかかる情報を提供するためにある。具体的には、利害関係者は検査値つまり分析指標を通して財務状況を判断する。債権者であれば、財務書類の数値から導いた安全性指標から返済能力のあるなしを解釈し、これを踏まえて貸出の可否を決定する。だから、財務書類は分析指標の要素データが計算秩序に組み込まれてなければならないし、さらに分析を進めるために、重要性に応じて内訳表示や注記情報を充実させることが求められる。要するに分析指標の生成プロセスを遡ることで要因を把握できるような財務書類が役に立つ。

利害関係者は債権者の他にも出資者、職員、お客さまなどがある。それぞれ事業体に求めるものが異なるので必要な情報も異なる。財務書類を分析する方法にも違いが生じる。

債権者…返済能力と担保力

銀行はじめ債権者は、貸付けた資金が確実に返ってくるかどうかに関心を持つ。債権者にとって財務書類は返済能力と担保力を読み解くシートである。チェックポイントは、借入水準に見合うキャッシュフローを確保しているか。そして、いざというときに処分できる財産をどのくらい持っているかである。債権者にとって利益は返済財源を意味するから、経営成績の尺度である当期利益以上に利益金つまりキャッシュフローに着目する。よく使われる分析指標は、借入水準がキャッシュフロー何年分に相当するかの形で返済能力を示す「債務償還年数」、これを分解した有利子負債月商倍率、営業収益対キャッシュフロー比率いわゆるキャッシュフローマージンである。
貸借対照表をみるにあたっては、資産は担保としての意味を持つので売却価額をベースに考える。流動比率や自己資本比率などの分析指標を手掛かりに担保力の観点から貸出の安全性をみる。

出資者…インカムゲインとキャピタルゲイン

出資者の関心は持分の価値と資本の収益力であり、株価に照らし割安なのか割高なのかに気をとめる。財務書類から得られる指標で重要なのは一株当たりの純資産であり、資本利益率(ROE)などである。出資者にとって利益は配当原資を意味する。

職員…時短と賃上げ

労働組合が関心を持つのは、利益よりむしろ事業体と職員に分配する前の余剰額である。利益は事業体の分け前となる。財務書類は、付加価値のうち人件費の割合つまり労働分配率の根拠資料となる。構造変化や景気等で揺れ動く労働分配率の適正性が、労使交渉でしばしば論点にあげられる。

お客さま…良いものを、より安く。

この観点からみた欲しい情報は、買おうと思う商品の性能や品質そして値段である。食品だったら原産地表示が品質を示すデータとなるだろう。原価構造も気になる。眼前のコーヒー1杯400円のうち材料費は何割程度だろうか。その事業体のバランスシートよりも重要だ。利益はお客さまからみると消費者還元の原資と映る。儲かっているならその分安くしてほしいし、商品やサービスに一層磨きをかけてほしいと思う。

経営者…会社の持続

倒産させないことを第一に考え、資金繰りに気を配る。利益はなるべく外部流出させず支払準備としておきたいし、営業拡大や建設資金として積み立てておきたい。キャッシュフロー指標を重視するところは債権者の観点と重なっている。
経営者は、資金繰りを踏まえた上で、取り巻く利害関係者と折り合いをつけながら、最大の利益を産み出すよう、限られた営業資産をフル回転させることに力を尽くす。利益は収益性のみならず効率性、採算性、生産性の尺度となる。経営者にとって財務情報は経営計画、設備投資計画、予算の策定や業務プロセス管理にあたり行き先と現在地を示すナビシステムのようなものである。

企業から自治体に目を転じても、債権者、職員、行政サービスの受益者としてのお客さまなど取り巻くキャストに大きな違いはない。立場によって情報ニーズが異なることも同じである。営利目的ではないにせよ、効率性を旨とし、資金繰りに気を配りつつ持続可能な財政を維持するについては自治体経営も企業経営と変わらない。この観点から言えば、自治体財務書類の整備にあたっても、誰が、自治体の何を判断するのかを明確にすることがポイントとなる。開示資料の見せ方も同じことがいえる。

行政コスト計算書は、行政サービスの受益者つまりお客さまとみた住民の視点に活用のヒントがあると思う。行政コスト計算書は、住民が享受する行政サービスのコストを教育、福祉等支出目的別に積み上げたものである。一人当たりに換算することで行政サービスのありがたみを知ることになる。浜松市は27万9千円と主要24都市中7番目に低かった(※2)。住民が享受する行政サービスの満足度と比べることができれば、そのサービスの割高ないし割安感がわかる。今後、保育園、図書館など身近に利用する施設毎にコストを見ることができるようになるとよりリアルに実感できると思う。  

自治体バランスシートを「住民一人当たり資産」でみる方法は出資者の観点に通じるものがある。浜松市は192万6千円と政令市で5番目に大きい(※2)。もっとも、出資持分と違ってその価額で転売できるというものではない。一方、これはインフラ資産が古くなれば小さくなることから、施設の老朽度を示しているといえ、更新時期を示唆する指標になるのではないか。

行政キャッシュフロー計算書も自治体財務書類のひとつである。構成要素のうち「行政活動の部」はキャッシュフローベースの利益を計算する損益計算書であり、主要残高の一覧表は換金性の観点で補正・抽出した貸借対照表と実質的に変わらない。本来の目的である返済能力の把握の他にも、自治体経営など幅広い用途に使える(※3)

振り返ると、立場によって意味するものは違えども、利害関係者の関心は利益をめぐるものだった。狭い意味での利益は配当原資としての利益である。住民福祉の増進を旨とする地方自治体の会計を考察するにあたり、営利を目的とする企業会計と区別する必要があると言われるが、この意味では確かにそうだろう。しかし、返済財源、賃金原資、効率性の尺度としての観点から「利益」計算の考え方を導入することは、債権者、職員、住民そして自治体経営に必要な情報を提供する財務書類の本来機能に照らし役に立つといえるのではないか。

(※1)「地方公共団体で公会計の整備が進まない背景」、公会計の整備促進に関するワーキンググループ(第1回)平成20年6月5日(木)配布資料

(※2)平成19年度浜松市の財政のすがた、浜松市

(※3)行政キャッシュフロー計算書については次の記事も参考にされたい。

コンサルティングインサイト「行政キャッシュフロー計算書を用いた地方財政分析」2008.12.3

大和総研コラム「行政キャッシュフロー計算書の利害調整機能」、2009.2.13

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