英国債市場を動揺させたLDI問題の本質

英国年金基金の救世主が金融危機の引き金に?

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2022年11月18日

サマリー

◆9月23日、英トラス政府が発表したミニ予算は金融市場を動揺させ、ポンドは対ドルで過去最低の水準にまで急落し、英国債市場はかつてないボラティリティを示した。英国債のパニック売りは、債務連動型運用(LDI:Liability Driven Investment)戦略を採用する英国の確定給付型年金基金の流動性危機が招いたといわれている。

◆英国での問題は、金利があまりにも早く上昇し、LDI戦略の証拠金管理が基金の平時の対応能力の限界を超えた点である。金利が急激に上昇し、LDI戦略のリスク管理規定で定めるレバレッジ基準を超えた場合はロスカットが必要になり、また、短期的には多額の証拠金差し入れが必要となる。今回の危機で年金基金は、LDIファンドを基金に代わって運用するファンドマネジャーや投資銀行からの追加証拠金要求にこたえるため、英国債を売却して現金を確保することに奔走した。

◆英国では1990年代前半から年金業界の混乱が目立つようになり、将来の積立不足への懸念が高まった。国際会計基準の導入に後押しされ、労働党政権下で年金債務が初めて母体企業のバランスシートに計上されるような法規制が取り入れられた。これは、従来は長期にわたり平滑化してきた年金資産・債務の時価の変動(数理上の差異と呼ばれるものの一種)を、発生した年の財務諸表で認識するように変更するものである。そのため、年金運用の短期的な変動を最低限に抑えることを目的に、多くの年金基金がLDIを採用するようになったといわれている。

◆一部メディアは、「危険な」LDI戦略により、英国年金基金が破綻の瀬戸際と書き立てたが、これに対しては英国の年金関係者からの反論が少なくない。英国年金基金にとって皮肉なのは、今回の危機で流動性に打撃はあったが、全般的な積立状況は改善したということである。英国が景気後退に陥ろうとしているときに、LDI戦略を放棄すれば企業成長を圧迫する可能性もある。市場の動向によっては、母体企業がさらなる資金を年金資産につぎ込む必要に迫られるという現実的なリスクがある。

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