サマリー
◆EUは中国が2001年にWTOに加盟して以降、政府の関与が大きいことを理由に中国を「非市場経済国」と位置付けてきた。この待遇措置がWTOの規定のもとで今年12月中に期限を迎え、加盟国は中国を「市場経済国」に認定しなければならなくなる。EUではこれまで中国から輸入される不当に安い製品に対し貿易救済措置であるアンチダンピング(AD)関税を課してきたが、「市場経済国」に認定すれば関税率を低く抑えなければならない上、そもそもAD措置を容易に発動できなくなる。そのため、EUでは域内産業への影響等が懸念され、今後の対応について結論がまとまっていない。中国との良好な関係を優先し原則として「市場経済国」認定を支持しているドイツや英国等に対し、イタリアをはじめとする南欧諸国では鉄鋼産業等からの反発が根強く、各国間でばらつきが見られる。この状況下、中国からは過剰生産による安価な鉄鋼製品が大量に世界市場に輸出され続けている。輸出価格が中国の国内価格を大きく下回る製品の流出は、EUのみならず諸外国からの非難をますます激しくさせている。
◆中国は2020年までに鉄鋼生産能力を縮小すると宣言した。中国が過剰生産の解消に向けた姿勢を示した背景には、中国にとってEUは最大の貿易相手であり、EUによる中国の「市場経済国」認定によって得られるメリットが増大することへの期待もあろう。なお、このところ中国サイドはEUの動向を静観しているようにも見受けられる。今夏以降EUの対応がよりはっきりとしてくれば、中国サイドの反応が見えてくるかもしれない。一方で欧州にとっては、中国を「市場経済国」認定することで一時的に一部の域内産業への影響は避けられないものの、そうした短期的コストを上回って長期的には中国との良好な関係を維持することの方がより大きな果実を得られるだろう。そうは言っても、関税の掛け合い合戦が激しさを増すなか、過剰生産の解消に加えて、中国政府が統制を弱め、市場メカニズムに則した生産量や価格決定が行われない限り、EUは貿易救済措置を完全に手放すことは難しいと思われる。今年末をめどに出される決断が、EU域内産業や雇用への影響を最小限にとどめ軟着陸できるものとなるか注目される。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
1-3月期ユーロ圏GDP 成長ペースは再加速
市場予想を上回る良好な結果、ただし先行きは減速へ
2025年05月01日
-
欧州経済見通し 相互関税で悲観が広がる
対米輸出の低迷に加え、対中輸出減・輸入増も懸念材料
2025年04月23日
-
欧州経済見通し 「トランプ」が欧州連帯を促す
貿易摩擦激化の可能性が高まる一方、国防費の増加議論が急展開
2025年03月21日
最新のレポート・コラム
よく読まれているリサーチレポート
-
トランプ関税で日本経済は「漁夫の利」を得られるか?
広範な関税措置となっても代替需要の取り込みで悪影響が緩和
2025年03月03日
-
地方創生のカギとなる非製造業の生産性向上には何が必要か?
業種ごとの課題に応じたきめ細かい支援策の組み合わせが重要
2025年03月12日
-
中国:全人代2025・政府活動報告を読み解く
各種「特別」債で金融リスク低減と内需拡大を狙う
2025年03月06日
-
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
-
2025年の日本経済見通し
1%台半ばのプラス成長を見込むも「トランプ2.0」で不確実性大きい
2024年12月20日
トランプ関税で日本経済は「漁夫の利」を得られるか?
広範な関税措置となっても代替需要の取り込みで悪影響が緩和
2025年03月03日
地方創生のカギとなる非製造業の生産性向上には何が必要か?
業種ごとの課題に応じたきめ細かい支援策の組み合わせが重要
2025年03月12日
中国:全人代2025・政府活動報告を読み解く
各種「特別」債で金融リスク低減と内需拡大を狙う
2025年03月06日
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
2025年の日本経済見通し
1%台半ばのプラス成長を見込むも「トランプ2.0」で不確実性大きい
2024年12月20日