2012年10月10日
サマリー
東京証券取引所が、株式市場における個人の実態調査をより詳細に把握するため、毎年実施している「従業員持株会状況調査」について、平成23年度の調査結果が公表された(※1)。この調査では、東京証券取引所に上場する会社のうち1998社(※2)を対象に、従業員持株会の加入状況や株式保有金額・保有単元数などを調べている。
この調査によれば、平成24年3月末現在の従業員持株会の加入者数は218.5万人となっており、調査対象会社の従業員数の43.68%に相当する(※3)。従業員持株会の加入者の比率(加入率)には業種ごとに大きな開きがあり、加入率が最も高い電気・ガス業では95.23%であるのに対し、最も低い水産・農林業では10.95%となっている。従業員持株会全体の株式保有金額は2兆9,972億円で、調査対象会社の上場時価総額に占める比率(保有比率)は1.09%になる。加入率が最も高い電気・ガス業では、保有比率も2.06%の比較的高い水準になっているのに対し、加入率が最も低い水産・農林業では、保有比率は0.60%にとどまっている。もっとも、加入率と保有比率には、必ずしも高い相関がみられているわけではない。建設業と鉱業では、加入率はそれぞれ55.73%と56.35%で大きな開きはみられないが、保有比率は建設業で2.09%と最も高いのに対し、鉱業では0.10%で最も低くなっている。

時系列でみると、平成1年度からの期間では、加入率は平成14年度に51.32%のピークをつけた後、直近の10年間は緩やかな低下傾向がみられる。加入率が高かった世代が退職時期を迎えたことや、雇用形態の多様化、インセンティブプランの導入などが要因として考えられる。一方、保有比率は概ね1%前後の水準で推移しており、比較的株価水準が高い時期には保有比率が低下し、株価の低迷期には上昇している点に特徴がある。従業員持株会では、定時・定額の買い付けを原則としており、一旦退会すると再入会が制限されるため、加入者の保有株式数は次第に増加していく仕組みになっている。しかし、加入者は売買単位相当の株式を持株会からいつでも引き出せるため、希望する時期に市場で売却することもできる。

従業員持株会制度の本格的な拡大は昭和40年代に遡り、買収に対する防衛策の一つとして導入が進められた側面もある。従業員持株会には、「当該企業の従業員に自社株式を保有させることにより安定株主としての機能を期待するとともに、その福利増進をはかり、安定した雇用関係の確立に資すること(※4)」が期待されていた。一方で、従業員が従業員持株会を通じて会社のガバナンスに参画する機能への期待は、それほど大きくなかったものとみられる。日本証券業協会が定めている「持株制度に関するガイドライン」では、従業員持株会が保有する株式は、持株会の理事長名義として管理され、理事長が議決権を行使することになっている。株主総会招集通知内容の周知や理事長に対する特別の行使(不統一行使)の指示なども盛り込まれているが、従業員が実際に特別の行使を指示している会社はそれほど多くないであろう。
多数の人によって構成・運営される株式会社の性質からみれば、株式会社の従業員が当該会社の株式を保有することは、極めて自然なことといえよう。しかし、従業員が自社株式を保有すれば、会社に不正や不祥事などが起こった場合に、自社株式の価値と雇用を同時に失う「二重のリスク」を負うことになる。一方で、従業員は事業活動を通じて会社の業績を向上させ、会社の不正や不祥事を日常的にモニタリングできる存在でもある。それゆえ、従業員が会社のガバナンスに効果的に参画できる仕組みがあれば、会社の価値と持続可能性の向上に資する可能性がある。ところが、従業員持株会に関するルールは、「持株制度に関するガイドライン」に大部分が委ねられたままで、法制度としては必ずしも整備されていない。従業員持株会の位置付けや役割が変化しているとすれば、従業員持株会のあり方について、再度検討してみることも意味があろう。従業員が会社の将来に自信と希望を持ち、自社株式を保有し続ける会社は、投資家にとっても魅力的な存在に映るのではないだろうか。
(※1)「従業員持株会状況調査」東京証券取引所
(※2)調査対象会社は、平成24年3月末現在の東京証券取引所上場内国会社2,276社のうち、大和証券、SMBC日興証券、野村證券、みずほ証券及び三菱UFJモルガン・スタンレー証券の5社のいずれかと事務委託契約を締結している従業員持株制度を有する1,998社
(※3)従業員持株会は、制度上子会社の従業員の加入も可能となっているため、持株会加入者数は、調査対象会社従業員数の内数には必ずしもなっていない。
(※4)「持株制度に関するガイドライン」日本証券業協会
資料2:「従業員持株制度に関する証券投資信託法上の取扱いについて」大蔵省証券局長(昭和46年6月10日)
この調査によれば、平成24年3月末現在の従業員持株会の加入者数は218.5万人となっており、調査対象会社の従業員数の43.68%に相当する(※3)。従業員持株会の加入者の比率(加入率)には業種ごとに大きな開きがあり、加入率が最も高い電気・ガス業では95.23%であるのに対し、最も低い水産・農林業では10.95%となっている。従業員持株会全体の株式保有金額は2兆9,972億円で、調査対象会社の上場時価総額に占める比率(保有比率)は1.09%になる。加入率が最も高い電気・ガス業では、保有比率も2.06%の比較的高い水準になっているのに対し、加入率が最も低い水産・農林業では、保有比率は0.60%にとどまっている。もっとも、加入率と保有比率には、必ずしも高い相関がみられているわけではない。建設業と鉱業では、加入率はそれぞれ55.73%と56.35%で大きな開きはみられないが、保有比率は建設業で2.09%と最も高いのに対し、鉱業では0.10%で最も低くなっている。

時系列でみると、平成1年度からの期間では、加入率は平成14年度に51.32%のピークをつけた後、直近の10年間は緩やかな低下傾向がみられる。加入率が高かった世代が退職時期を迎えたことや、雇用形態の多様化、インセンティブプランの導入などが要因として考えられる。一方、保有比率は概ね1%前後の水準で推移しており、比較的株価水準が高い時期には保有比率が低下し、株価の低迷期には上昇している点に特徴がある。従業員持株会では、定時・定額の買い付けを原則としており、一旦退会すると再入会が制限されるため、加入者の保有株式数は次第に増加していく仕組みになっている。しかし、加入者は売買単位相当の株式を持株会からいつでも引き出せるため、希望する時期に市場で売却することもできる。

従業員持株会制度の本格的な拡大は昭和40年代に遡り、買収に対する防衛策の一つとして導入が進められた側面もある。従業員持株会には、「当該企業の従業員に自社株式を保有させることにより安定株主としての機能を期待するとともに、その福利増進をはかり、安定した雇用関係の確立に資すること(※4)」が期待されていた。一方で、従業員が従業員持株会を通じて会社のガバナンスに参画する機能への期待は、それほど大きくなかったものとみられる。日本証券業協会が定めている「持株制度に関するガイドライン」では、従業員持株会が保有する株式は、持株会の理事長名義として管理され、理事長が議決権を行使することになっている。株主総会招集通知内容の周知や理事長に対する特別の行使(不統一行使)の指示なども盛り込まれているが、従業員が実際に特別の行使を指示している会社はそれほど多くないであろう。
多数の人によって構成・運営される株式会社の性質からみれば、株式会社の従業員が当該会社の株式を保有することは、極めて自然なことといえよう。しかし、従業員が自社株式を保有すれば、会社に不正や不祥事などが起こった場合に、自社株式の価値と雇用を同時に失う「二重のリスク」を負うことになる。一方で、従業員は事業活動を通じて会社の業績を向上させ、会社の不正や不祥事を日常的にモニタリングできる存在でもある。それゆえ、従業員が会社のガバナンスに効果的に参画できる仕組みがあれば、会社の価値と持続可能性の向上に資する可能性がある。ところが、従業員持株会に関するルールは、「持株制度に関するガイドライン」に大部分が委ねられたままで、法制度としては必ずしも整備されていない。従業員持株会の位置付けや役割が変化しているとすれば、従業員持株会のあり方について、再度検討してみることも意味があろう。従業員が会社の将来に自信と希望を持ち、自社株式を保有し続ける会社は、投資家にとっても魅力的な存在に映るのではないだろうか。
(※1)「従業員持株会状況調査」東京証券取引所
(※2)調査対象会社は、平成24年3月末現在の東京証券取引所上場内国会社2,276社のうち、大和証券、SMBC日興証券、野村證券、みずほ証券及び三菱UFJモルガン・スタンレー証券の5社のいずれかと事務委託契約を締結している従業員持株制度を有する1,998社
(※3)従業員持株会は、制度上子会社の従業員の加入も可能となっているため、持株会加入者数は、調査対象会社従業員数の内数には必ずしもなっていない。
(※4)「持株制度に関するガイドライン」日本証券業協会
資料2:「従業員持株制度に関する証券投資信託法上の取扱いについて」大蔵省証券局長(昭和46年6月10日)
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