日本版PRI「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」採択

RSS

2011年11月04日

  • 山口 渉

サマリー

10月6日、環境省ウェブサイトにおいて、我が国における金融機関等によるESG投資(※1)のイニシアチブである「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」が公表された。昨年6月、環境相の諮問機関である中央環境審議会に設置された「環境と金融に関する専門委員会(※2)」がとりまとめた報告書(※3)において、「日本版環境金融行動原則」の策定が提言されたことを受け、当原則は、その趣旨に賛同した金融機関等25社が自主的に起草委員を組織し、約1年間をかけて議論した後に策定したものだ。

世界的には、機関投資家等のESG投資の原則を定めた先例として、国連によるPrinciples for Responsible Investment(PRI=責任投資原則、2006年4月27日~)がある。これは、正式名称を「United Nations Principles for Responsible Investment(UNPRI)」といい、機関投資家の意思決定プロセスにESGの視点を反映させるための考え方を示した原則である。UNPRIの登場までは、ESG投資を実施するに当たり、共通に使用できるプラットフォーム等が存在しなかったため、ESG投資に対して二の足を踏む機関投資家も多かった。これに対し、UNPRIは、機関投資家等がESG投資に取り組む際の一助となる枠組みを提供するものとなっている 。欧米の主たる公的年金基金等、当初16で始まったUNPRIの署名機関数も920(2011年7月末時点(※4)、図表1)に増加し、その所在国も49と世界的に拡大している。また、これら機関による運用資産総額も36兆ドルにのぼり、UNPRIおよびESG投資の存在感は確実に増していると言えるだろう。

図表1 UNPRI推移(署名機関、運用資産)
(出所)UNPRIのウェブサイトから大和総研作成

UNPRIが包括的宣言と原則本文から構成されているのと同様に、「金融行動原則」も、原則ができた時代背景を示す「はじめに」と、持続的社会構築のために金融が果たす役割等について触れた「前文」に続く形で、7つの原則が示されている(図表2)。加えて、金融機関等の幅広い参加(署名)を促すため、「運用・証券・投資銀行」、「保険」、「預金・貸出・リース」の業態ごとのガイドラインを設け、その中で責任投資を推進する上で参照すべき諸基準、取り組み事例の主な切り口を示していることが特徴となっている。

図表2 金融行動原則
(出所)環境省HPより大和総研作成

ESG投資を行おうとする際、一種の懸念事項としてたびたび指摘されてきたのが、受託者責任との相克の問題だ。これについて、UNPRIでは、前文において「資産運用の受益者の利益を最大限に考慮すべき」という伝統的な受託者責任を明記した上で、ESG要因が投資パフォーマンスに影響する可能性があるというUNPRIの大前提を示している(図表3)。ESG要因がパフォーマンスに影響する以上、当該要素について考慮することも受託者責任に含まれるという建て付けだ。ESG投資の普及促進には受託者責任のクリアがポイントの一つだが、UNPRIが拡大している背景には、UNPRIが伝統的な受託者責任に対し、その定義を新たに明確にした上で、ある種の制度的担保として機能している面も指摘できるだろう。

図表3 UNPRI前文
(出所)United Nations Environment Programmeから大和総研作成

我が国のESG投資の市場は、年金等の機関投資家がメイン・プレイヤーである欧米とは異なり、個人向けの公募投信が殆どを占めるため、数千億円程度にとどまり、UNPRI署名機関数についても19と少ない。また、日本の資産運用関係者の間では、ESG投資が受託者責任に反するとの意見が以前から支配的であるため、ESG投資がなかなか拡大しない状況にある。他方で、日本にもCSR(企業の社会的責任)や地球温暖化問題、インパクト・インベストメント(※5)等に関心を持つ投資家層が増えていることを考えると、ESG投資への潜在需要は拡大していると言えるだろう。

UNPRIでは、ESG研修プログラムや、署名機関間の情報共有推進といった様々なサポート・メニューが事務局から提供されている。また、署名機関の大半がESG投資の具体的方針を持っていること等から、署名機関にとってUNPRIが実効性を持った枠組みとして浸透していることがうかがえる。ESG投資への取り組みの遅れが指摘されてきた我が国の金融界においても、今回策定された「金融行動原則」が、ESG投資実行に向けたガイダンスとして署名機関の創意工夫を促し、ESG投資拡大の契機となることが期待される。

(※1) Environmental ,Social, Governanceの頭文字。これらの側面にも留意した投資をESG投資と呼ぶ。他に、用語としては社会的責任投資(SRI)がある。
(※2)委員長・末吉竹二郎 国連環境計画金融イニシアチブ特別顧問
(※3)「環境と金融のあり方について~低炭素社会に向けた金融の新たな役割~」
(※4)「2011 PRI Annual Report」
(※5)貧困解決や疫病予防等、社会的問題の解決を含んだ投資行動あるいは商品等。
 

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。