英国コーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の責任

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2011年10月21日

  • 山口 渉

サマリー

昨今の金融危機を契機に、英国では、金融機関自身のガバナンス不全に加え、それらの株主として有効な態度をとらなかった投資家の責任についても議論が進展してきた経緯がある。特に、年金基金等の機関投資家が、主に金融機関の経営陣に対して十分な監督責任を果たさず暴走を許したことが、金融危機を拡大させた大きな要因の一つとしてクローズアップされている。これまで、英国では株主行動(エンゲージメント)が盛んではなかったが、機関投資家自身の責任を具体化する動きとして、コーポレート・ガバナンスに関する規定が改定され、その中で投資先企業に対する投資家のエンゲージメントが重視されるようになった。

もともと、英国におけるコーポレート・ガバナンスに関する基準としては、1998年に財務報告委員会(FRC)によって制定された統合規範(通称コンバインド・コード)があり、「企業」と「機関株主(Institutional Shareholders)」が遵守すべきガバナンスの原則を規定している。この中では、機関株主に対し、企業との相互理解を深化させるため、企業への働きかけ(エンゲージメント)を求めており、議決権行使を含む様々な取り組みが示唆されている。さらに、エンゲージメントの活動原則は機関株主委員会(IIC:機関投資家による複数の業界団体のとりまとめ機関)の「機関株主とエージェントの責任原則」が定めており、責任投資のための投資政策の策定や、エンゲージメント活動の評価を行うべき旨等が定められていた。

その後、英国では金融機関のガバナンス不全が金融危機を拡大したとの反省に基づき、機関投資家によるエンゲージメントを大きく強める動きが始まった。具体的には、2009年2月からブラウン首相(当時)により、国内金融機関(銀行)のコーポレート・ガバナンスのレビューが開始され、同年11月に当該報告書として“Walker Review”が出された。このレビューでは、取締役会の機能や報酬制度といったコーポレート・ガバナンスの改善に関する広範な基準の導入が推奨されているのとは別に、コーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割に焦点を当て、機関投資家の責任原則を「Stewardship Code」として明確に提言した点に特徴がある。

Walker Reviewを受け、上述の統合規範が「The UK Corporate Governance Code」に改定され、機関投資家の責任を「Code on the Responsibilities of Institutional Investors」として特に独立させ、金融サービス機構(FSA)の管轄として監視が強められた。また、機関投資家等の短期収益志向が金融機関のガバナンスに悪影響を与えるとの懸念を背景に、当該コードでは、機関投資家に対し「企業の長期リターン改善に寄与すること」が強調されており、具体的にはエンゲージメント活動が重要視されている。また、企業と機関投資家の相互理解を促進する観点から、機関投資家自身の投資方針や活動内容の開示を求めている。

年金資産の運用を受託している機関投資家等が、最終受益者の利益を考えて行動する「受託者責任」を果たすには、直接的な投資リターンを得るだけでなく、投資先企業の長期継続的価値向上を図ることが重要だ。そのために、英国では、受託者責任の範囲を、直接的投資リターンの確保から投資先企業のコーポレート・ガバナンスや投資家自身の行動やガバナンスにも拡大する方向を鮮明化させている。受託者責任の再考という意味で、本邦資産運用業界にも示唆を与えよう。

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