IFRS任意適用企業数増加の背景


わが国で国際財務報告基準(以下IFRSとする)の任意適用が認められたのは2010年3月期決算からであった。強制適用ではなく任意適用ということもあってか、当初は適用企業数が10社にも満たない状況が続いた。適用企業数が伸び悩んだのは、日本基準からIFRSへ移行するためのコストが懸念されたことや、日本企業にありがちな「横並び意識」、すなわち「同業の○○社さんが適用したらうちの会社も適用を考える。それまでは様子を見る。」といった思いが働いたことが主な原因と推察される。その後、2013年6月に企業会計審議会が「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を公表し、任意適用企業数の積上げ方針が明確化され、2014年6月に公表された『「日本再興戦略」改訂2014』の中では、金融・資本市場の活性化のための具体的施策として「IFRSの任意適用企業の拡大促進」が明記された。2015年6月に公表された『「日本再興戦略」改訂2015』の中でも、引き続き「IFRS任意適用企業の更なる拡大促進」が明記されている。近年、政府主導で推進する動きが功を奏してか、IFRSを任意適用する企業数は一気に増加し、2015年11月現在、68社となっている。


東証が決算短信の開示内容の分析結果を公表


2015年3月期決算から年度の決算短信において「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の記載が要請されている。決算短信の作成要領では、IFRSの適用を検討しているかどうかについて記載することを例として挙げている。なお、2015年3月期に「会計基準の選択に関する基本的な考え方」において、IFRSを適用する予定がある旨を記載した企業数は21社だった。


2015年9月、東証は決算短信におけるこの開示内容を分析し、『「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容についての分析』を公表した。以下では、この分析結果を参考にしながら、IFRS任意適用企業の傾向を概観してみたい。


IFRS任意適用企業の傾向


東証の分析結果によれば、2015年8月31日現在、①IFRS任意適用済会社68社、②IFRS任意適用決定会社23社及び③IFRS任意適用予定会社21社、合計112社を業種別にみると、東証33業種のうち、①~③の会社の業種は22業種と多岐にわたる。業種別にみると、電気機器が18社と最多で、情報・通信業12社、医薬品12社、卸売業10社、輸送用機器10社と続く。その一方で、①~③のいずれの会社も存在しない業種が11業種あり、空運業、鉱業、保険業、水産・農林業、海運業、電気・ガス業、パルプ・紙、倉庫・運輸関連、繊維製品、銀行業、その他製品である。IFRSを適用する目的のひとつに、単一の会計基準を用いることで、海外企業を含めた財務諸表の企業間比較を容易にして、ひいては海外を含めた市場での資金調達をしやすくするといったものがある。したがって、IFRSを適用する企業として海外売上高の割合が大きい会社が一般的にはイメージされることが多い。確かに、電気機器を始めとして、IFRS任意適用企業が多い業種はグローバルで激しい競争にさらされている業種が多く、海外売上高比率が5割を超えるような企業も珍しくはないが、IFRS適用済企業でも特に海外売上高比率が高くない企業は存在している。その一方で、IFRS適用企業が1社も存在しない業種においても、海外売上高が比較的高い企業は存在している。海外売上高比率の高い会社が適用する会計基準がIFRSであるというイメージはおおむね合っているといえるが、IFRSを任意適用している全ての企業にあてはまるわけではないようだ。


次に、時価総額の傾向をみていく。東証の分析結果によると、2015年6月末時点において、東証全上場会社の時価総額は607兆円(3,471社)であったが、そのうち、①IFRS適用済会社の時価総額は101兆円(68社)で全上場会社の時価総額に占める割合は17%、②IFRS適用決定会社の時価総額は15兆円(23社)で同3%、③IFRS適用予定会社の時価総額は31兆円(21社)で同5%、①~③の時価総額合計が147兆円(112社)で同24%となっている。①~③の会社数は3,471社のうちの3%程度だが、時価総額に占める割合は24%にも及ぶように、IFRS適用企業は時価総額の大きい企業が多い傾向にある。なお、2015年6月末における東証上場企業の時価総額トップ100社のうち、①IFRS適用済会社は22社、②IFRS適用決定会社は3社、③IFRS適用予定会社は7社であった。時価総額が比較的小さい企業でもIFRSに移行している事例はあるものの、IFRSに移行している企業は現状ではそれなりの規模の企業が多いといえる。業種別の時価総額でみると、2015年6月末現在、①~③の時価総額合計が業種別の時価総額合計に占める割合が30%を超える業種が6業種(情報・通信業72%、医薬品69%、卸売業57%、石油・石炭製品42%、食料品38%、精密機器34%)となっている。2015年4月に金融庁が公表した「IFRS適用レポート」によると、業種の中で、時価総額の大きい企業が任意適用すると、他にも任意適用する企業が増加する傾向がみられるようである。特に、医薬品や卸売業でその傾向があるように思われる。これは同業他社がIFRSに移行すると、財務諸表の企業間比較をするときに同じ会計基準を適用していた方が比較しやすいという理由もあるが、日本企業のいわゆる「横並び意識」が働いていることもあるだろう。


まとめ


以上みてきたように、IFRSの任意適用は業種別にみると積極的にIFRSを適用している企業が多い業種がある一方で、慎重な業種もあること、IFRSを任意適用している企業は時価総額が大きいといった傾向がある。また、業種の中で時価総額が大きい企業が任意適用すると、業種の中で任意適用する企業が増える傾向があるのは、日本企業にありがちな「横並び意識」の現れもあるだろう。現在は業種全体としてIFRSの任意適用に慎重な業種も、その業種を代表する企業が任意適用に踏み切れば、後に続く企業が次々に出てくるのではないかと考えられる。


日本がIFRSについて国際的な発言力を維持するためには、IFRSが顕著に適用されている必要がある。「顕著」がどの程度かであるが、2013年6月に自由民主党が公表した「国際会計基準への提言」では、「2016年末までに300社程度」となっている。近年、IFRS適用企業の増加傾向は続いているが、ターゲットが300社程度であるとすると道半ばである。

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