最初に


今年6月に閣議決定した「日本再興戦略」改訂2014の発表を端緒に最近よく「企業価値」という言葉を目にしたり耳にしたりする機会があるが、企業価値を創造するとはどのようなことなのかを考察してみたい。


日本企業全体を一括りに俯瞰すると


日本企業の稼ぐ力が低下しているという指摘は、ここもと20年間の日本企業のROEが平均すると約4~5%台であり、国際比較で相対的に低いレベルであることから見ても明らかである。


日経平均株価のパフォーマンスがアベノミクス以前は他の国の同じような株式の中心指標と比べても大きく劣後していたことも残念ながらこのことの顕著な結果であろう。


もちろん、個別企業では、世界水準で勝ち組の企業も多数存在し、新しい付加価値を持続的に創造し、株価もそれを体現している会社がたくさんあるが、まずは話を簡潔にするために日本企業全体を一括りで俯瞰してみたい。


ここで問題なのは、日本企業の平均ROEが国際的に相対比較で低水準であることもさることながら、この水準のROEであると実は企業価値を創造していなかったのではないかということである。


今、広く経営指標として使われているROEは、株主資本を使用して如何ほどの利益を稼いだかという資本効率に関しては財務諸表の数値から容易に計算しやすいという利点はあるものの資本コストという概念を内包していないため、株主資本の出し手であるエクイティ投資家にとって期待する経済的価値が創造されているかどうかわからないという欠点がある。


通常、エクイティ投資家は、配当によるインカムゲインだけでなく株式の値上がりによるキャピタルゲインの両方を追い求めるために、不確実性というリスクを承知で投資する。


このエクイティ投資家が選択したリスクが投資コストであり、資本の出し手であるエクイティ投資家に対して経営者が最低限上回らなければならない資本(調達)コストとなる。


ファイナンス理論上で言えば、資本コストを上回る利益を上げた分を新しく創造された企業価値と定義している。ここでいう資本コストは通常エクイティだけで調達が賄われればCAPM、エクイティとデッドを併せて調達すればWACCと定義されることが多い。


この辺りの説明は既知のものとして割愛するが、もう少し話を単純化して続けてみたい。


エクイティ投資家の要求利回りを算定するCAPMを計算する上で、マーケットプレミアムがある。通常ヒストリカルな観点から日本の株式市場では長期の平均において5~6%程度とみなされることが多い。


これの意味することは、元本が保証されるリスクフリー(通常は10年国債)の利回りを選択せず、不確実性を選択したエクイティ投資家にとって、10年国債の利回りがいくらであれ、市場全体のベータが1とすれば、過去の長期間に渡って株式市場全体に対しては平均して10年国債利回りに5~6%の超過利潤をエクイティ投資家が最低の利回りとして要求していたということだ。


現在、リスクフリーレートは殆どゼロに近い0.4%台なので、エクイティ投資家の株式市場全体に対する最低要求利回りは5~6%+0.4%台のリスクフリーレートとなる。


従って冒頭に述べたROEの水準ではマーケットプレミアムを下回っており、この20年間、日本企業の総和としては企業価値を創造していなかった可能性が高いということになる。


個別企業における企業価値創造の評価方法


話を個別の企業に移したい。企業が付加価値を創造しているかどうかを図る指標にEconomic Value Added(以下EVA)の考え方がある。これはG・ベネット・スチュアート3世が考案した企業価値を計る指標である。毎年本業から生み出されるリターンからそれを生むために投下された資本に対して発生している資本コストを差し引いた経済的価値が新しく創造された企業価値であると定義する考え方である。これがプラスの場合、企業は投資家の期待を上回る経済的価値を生み出しているといえる。


具体的には以下の式で導き出される。


EVA=NOPAT(net operating profit after tax:税引後営業利益)-投下資本(≒有利子負債+株主資本)×資本コスト(WACC:加重平均資本コスト)(※1)


EVAの詳しい説明も紙面の関係で割愛するが、ファイナンス理論に忠実に沿って実際にEVAを測定するのは難易度が高いことは確かである。(残念ながらこれが普及していない理由であるが。)従ってここでは簡易な企業価値創造の測定方法を述べておきたい。


税引後当期純利益から会計上の恣意性を排除し、営業外損益や特別損益を控除すればNOPAT≒(修正)税引後純利益と見做すことが出来る。その数値を用いてROEを計算し、それとWACCを比べてROE>WACCであれば、(ROE-WACC)×投下資本=新しい企業価値創造ということとなる。


詳しいファイナンス理論はさておき、実務上この方法により自社が付加価値を創造しているかどうかの概算の計算は可能である。


企業価値創造の為に


上記の式を見て明らかなことは、企業価値を創造するには、簡潔に言えば、本業で儲ける(NOPATを上げる)、資本コストを下げる(レバレッジを上手く使い、最適な資本構成を構築する)、投下資本を必要最低限に抑え事業への投資効率を上げるという3点になるということである。


こう考えると経営者は資本をより低いコストで必要最低限調達し、資本コストを上回って付加価値の生まれると考えられる分野に優先的に配分して、本業で稼ぐことを実現していかなければならない。


そして株主資本の出し手であるエクイティ投資家に対して、企業価値を持続的に創造するためのビジョンを示し、具体的な経営戦略を立案し、それに基づいて稼ぐためにヒト・モノ・カネの限られた経営資源をどのように効率的に配分していくのか。又、市場を通じて調達した資本や稼いだ利益を、自社に無いものを外に求めてのM&Aという手段に振り向けるのか、オーガニックでの成長を企図した内部投資を行うのか、資本効率を考えて配当や自社株買いで還元するのかを、資本の出し手であるエクイティ投資家に様々な機会を通じて継続的にコミュニケートしていく必要がある。


機関投資家と会社のエンゲージメントをベースとした日本版スチュワードシップコードの制定や現在佳境を迎えている感のある「持続的な企業価値最大化の為の企業統治」や「日本企業の稼ぐ力を取り戻す為の企業統治」といったコーポレートガバナンス議論に対する本質的な課題も、この文脈の延長線上にあるものと考えれば解り易いのではないだろうか。


(※1)EVAは彼が創立したコンサルティング会社、スターン・スチュアート社の登録商標。

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