人口減少時代における鉄道事業者の沿線価値向上に向けた関連事業展開戦略

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国立社会保障・人口問題研究所の推計(2007年)によると、首都圏(1都3県)の人口は2015年ごろをピークに減少に向かい、東京都に限っても、2020年ごろをピークに減少に向かうとされている。また、高齢化の進行も進み、首都圏では、65歳以上人口の比率は2010年の約2割から2030年ごろには3割を超え、東京都でも2035年には3割を超えるものと推計されている。人口減少・少子高齢化の進展は現在、地方圏においてその問題が顕在化しているが、近い将来、大都市圏においても訪れる現象なのである。


このような人口減少・少子高齢化は自社沿線地域に密着した事業を行っている都市鉄道事業者にとって、経営に大きな影響を及ぼす要因である。沿線地域の人口減少は輸送人員の減少や不動産、小売等の関連事業の衰退の要因となりうる。また、沿線地域の高齢化が進行すれば、独居世帯の増加、空き家の増加等による都市環境の低下、コミュニティの衰退等を通じた地域の活力の低下を招き、人口流出増・人口流入減によるさらなる人口減少という悪循環につながる。実際、日本民営鉄道協会によると、輸送人員が2010年度・2011年度の2か年連続で対前年度比減となったのは、民鉄大手16社中11社にのぼり、2年連続増となったのはわずか2社のみであった。


これまで各鉄道事業者は、自社沿線地域の不動産開発を行い、小売・レジャー・ホテル事業等の関連事業を充実させることで沿線価値を高め、需要に対応するために輸送力を増強し、運輸事業と関連事業の相乗効果を図るというビジネスを展開してきた。しかし、人口減少・少子高齢化の進展という社会構造の変化に対応し、より沿線価値を高めるために、各鉄道事業者はこれまでにない新たな関連事業に取り組みはじめている。ここでは、首都圏の鉄道事業者の特徴的な新たな取り組みを見てみたい。


首都圏鉄道事業者の中期経営計画や経営方針を見ると、沿線価値向上に資する関連事業の取り組みとして大きくハード施策とソフト施策に分けられる。ハード施策とは沿線の不動産開発や拠点の再開発等があげられる。東急電鉄の「ヒカリエ」や東武鉄道の「東京スカイツリータウン」、各社の駅ナカ開発など集客を狙った大規模な施設整備があげられるが、これらは従来型の沿線開発手法をさらに進めたものと言える。


これに対し、人口減少・少子高齢化時代における沿線価値向上策の新たな試みはむしろソフト施策において見られる。ソフト施策とは、例えば、子育て支援事業、介護事業、家庭向け生活関連サービス等である。首都圏鉄道各社が展開する沿線価値向上のための新たな施策の一例として、以下のようなものがあげられる。


表 首都圏鉄道事業者の新たな沿線価値向上施策の一例
表 首都圏鉄道事業者の新たな沿線価値向上施策の一例


これらの施策はまだ試みであるケースも多く、大きな収益を生み出すほどのものではないが、将来的に有望な収益分野である。自社沿線価値を高めることで、運輸事業や不動産事業、小売事業における利益を最大化させたいとの戦略が見える。



これらの地域密着型のサービスの提供を考えることにおいて、沿線地域の人口動態、年齢構造、就業構造、企業立地動向等の現状や時系列変化の特徴をとらえておくことは重要なことである。総務省や国土地理院などでは、町丁目別あるいはメッシュ形式の各種データ(国勢調査、事業所・企業統計等の結果)が時系列で公表されているので、これらを活用するのも効果的である。たとえば、以下の図は東京都杉並区周辺地域と横浜市都筑区周辺地域の町丁目別の高齢化率(65歳以上人口比率) を示したものである。杉並区周辺地域はJR中央線、西武新宿線、東京メトロ丸ノ内線、京王井の頭線などが走っている。都筑区周辺地域は東急田園都市線、横浜市営地下鉄などが走っている。両地域を比較すると、杉並区周辺地域は高齢化率が20%以上の地区が目立ち、25%以上の地区も多いが、都筑区周辺地域は多くの地域で高齢化率は15%以下である。都筑区周辺地域は港北ニュータウンなど新興住宅地に比較的若い世代の流入が進んでいることが低い高齢化率の要因となっていると考えられる。


このような地域特性の相違は例えば、高齢化が進展している地域では、シニア層向けのサービスのニーズが高まり、比較的若い層が流入していると考えられる地域では子育て支援サービスのニーズが高まるというふうに、沿線価値向上のための関連事業戦略立案にあたって、重要な前提条件となりうる。


図 東京都杉並区周辺地域の町丁目別高齢化率(65歳以上人口比率)(平成22年)
図 東京都杉並区周辺地域の町丁目別高齢化率(65歳以上人口比率)(平成22年)


図 横浜市都筑区周辺地域の町丁目別高齢化率(65歳以上人口比率)(平成22年)
図 横浜市都筑区周辺地域の町丁目別高齢化率(65歳以上人口比率)(平成22年)
出典:総務省「地図で見る統計(統計GIS)」を基に大和総研作成



さらに、沿線地域の現状や将来展望を客観的データでとらえておくことは、中長期的な沿線価値向上戦略の立案にも役立つ。たとえば、高齢化が進行している地域は中長期的にはさらなる高齢化の進展と人口減少を招き、沿線価値の低下を引き起こすことになる。このような地域は若い世代の流入を促進させ、持続的に多世代が共存する取り組みを行うことが必要となる。そのためには高齢化が進行しつつある地域において、子育て支援や高齢世帯から若年世帯への住み替え支援などは有効策であろう。また、沿線地域で事業所の集積が進んでいる地域があるならば、事業所向けのサービス事業(リース、印刷、広告等)の展開も考えられる。


鉄道事業者は人口減少・少子高齢化時代を見越して、自社の沿線の魅力を高め、定住人口並びに持続的な多世代共存を実現するための新たな取り組みを進め始めている。今後は自社の沿線地域の特徴を客観的なデータに基づいて詳細に把握し、現在行われている取り組みが地域の価値向上、定住人口・人口バランスの確保、ブランド形成等の観点から、有効に機能しているかどうかを常に検証・評価していく必要がある。そのような検証・評価は人口減少・少子高齢化時代における持続的な収益確保および新たなビジネスチャンスの発掘にもつながるものである。

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