身の丈に合った「新成長戦略」の活用方法

~政府のリーダーシップに依存せず、自らの"気づき"を得る ~

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  • 鈴木 紀博

「民」の香りがする「新成長戦略」

日銀がゼロ金利をはじめとする追加金融緩和政策に踏み切ったことで、企業や家計の資金需要を促進する成長戦略への期待がますます高まってきた。本年6月に閣議決定された国の『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』を見ると、「課題解決」、「選択と集中」、「重点的な資源配分」、「プロジェクトの工程表」、「PDCA」、「進捗管理」など民間企業の経営管理でよく使われる言葉が目につき、「民」のセンスを意識した取り組みが感じられる。おそらく政策のブレーンとして民間企業の方々が多くの分野で関与した結果であろうと推察する。そこで、国の「新成長戦略」とその実行計画(工程表)を企業の経営戦略と経営計画になぞらえて考えてみた。


「新成長戦略」は、(1)環境・エネルギー、(2)健康(医療・介護)、(3)アジア経済、(4)観光立国・地域活性化、(5)科学・技術・情報通信、(6)雇用・人材、(7)金融、という計7つの戦略分野と21の国家プロジェクトから成る。企業の部署になぞらえて言えば、需要面の政策対応として掲げる(1)から(4)が営業部門或いは事業部門の施策であり、供給面の政策対応として掲げる(5)から(7)が管理・間接部門の施策というイメージであろうか。


これら戦略分野におけるプロジェクト採択の判断基準として以下の3つが掲げられている。
(1)需要・雇用創出基準: 需要と雇用の創出効果が高い政策・事業を最優先
(2)「選択と集中」基準: 真に必要性が高い分野への重点化、類似事業の重複排除
(3)最適手段基準: 限られた財源で最大限の効果を得るために最適な政策手段を選択
こうした判断基準も民間企業で仕事をする者にとって違和感はない。(1)は高い売上が見込める事業への投資、(2)は施策の優先順位付けと無駄の削減、(3)は費用対効果の重視、といったごく普通のアクティビティである。

「絵に描いた餅」を避けるために

やるべき事が明確になれば、次は実行プロセスである。企業経営においても、戦略策定(Strategy Formulation)よりも戦略実行(Strategy Implementation)がより問題となる。企業の経営戦略の策定と実行を支援してきた筆者の経験からすると、策定した戦略が実行されない、または有効に機能しないケース(いわゆる「絵に描いた餅」)として以下のパターンが多く見受けられる。

  1. 経営トップの独善的な思い入れがビジョンとして反映され、非現実的だが誰も反対できない(裸の王様)
  2. 参謀となるスタッフの中に分析や予測に対する過剰な信奉があり、見込み違いの事態に対して柔軟性を失う(分析エリート)
  3. 目標とするハードルが高過ぎたり、目標管理が厳し過ぎるため、従業員が思考停止に陥り、動かなくなる(金縛り)
  4. 立派な計画を立てたが進捗管理不在でフォローがされず、人事異動などで担当者も変わりウヤムヤになる(お蔵入り)
  5. 適切なインセンティブがないため、誰も計画と自分の行動を結び付けようとしない(糸の切れた凧)

こうした事態に陥らないように、「新成長戦略」では政策実現の確保のために、(1)プロジェクトの工程表の提示、(2)「財政運営戦略」との整合性を保った政策の優先順位付け、(3)施策執行の進捗管理という3つの措置を講じている。また、本年9月に新たに閣議決定した『新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策~円高、デフレへの緊急対応~』では、先の「新成長戦略」の中で「デフレ精算期間」と定めた2011年度までの「フェーズⅠ」の期間において、(1)「時間軸」を考慮した「3段構え」の対応、(2)「雇用」を基軸とした、経済成長の実現など、スピードを重視した俊敏性や政策選択のメリハリも見せた。また、(3)「財政」と「規制・制度改革」の両面の取り組みの中で、「日本を元気にする規制改革100」という財源を使わない規制改革案を打ち出し、国民にある種のインセンティブを与えているようにも見受けられる。今後は国家戦略室の中に設けられた「新成長戦略実現会議」が進捗状況の管理を行う。民間企業で言えば、中長期経営計画の進捗管理を行う経営企画室或いは経営計画担当事務局といったところであろうか。

「新成長戦略」の活用方法

民間企業における経営計画策定の意義として以下の3つが考えられる。

(1)ビジョンの明示と共有
経営の指針として中長期的なビジョンを明確にし、これを関係者が共有することによって、組織のベクトルが一つに纏まり、最適な資源配分がなされる。
(2)意識の高揚と学習効果
計画策定のプロセス自体が社員の意識を高揚させる。また、策定プロセスにおいて自社の強みや課題に対する新たな“気づき”があったり、改善のためのアイデアが生まれ、経営体質の強化に繋がる。
(3)コミュニケーション・ツール
社内外のステークホルダーとの会話において、全社的にオーソライズされた計画が「共通言語」となり、コミュニケーションが促進される。結果として多様な情報が収集され、計画にさらに磨きがかかる。

これらの観点から国の「新成長戦略」について考えてみると、多くの論調は上記(1)の「ビジョンの明示と共有」にのみ目が向いているように思われる。政府がリーダーシップを持って成長戦略を纏め上げ、その実行に責任を持って国民を“あるべき方向”に向かって導け、というものである。そもそも「新成長戦略」は、いつまでたっても出口の見えない「失われた20年」の中で、「中長期的なビジョンの欠如」という批判に対応して生まれたものなので当然ではある。


しかし残念ながら、計画どおりに事が運ぶことは稀である。必ず不測の事態が生じ、ほとんどの計画は修正を余儀なくされる。政府には自らが謳っているとおり、PDCAサイクルに基づく地道な政策評価の実現を願いたいが、計画は常に当てにできないものである。


その点、上記(2)の「意識の高揚と学習効果」では、外部環境がどのように変わろうとも、自分たちが今まで気づかなかった保有資源やスキルを再認識し、それが新たな価値創造や無駄の排除に繋がる可能性がある。ここでは、計画は立てることに意義があり、計画自体は達成出来なくても、或いは当初計画とは異なった方向に進むことになっても、自己の意思や能力が明確になり、効果的・効率的な行動を生み出すことに繋がる。また、上記(3)の「コミュニケーション・ツール」に示すように、「新成長戦略」を共通言語とした国内外とのコミュニケーションが活発となり、「新成長戦略」がさらに質的に向上することにも期待したい。


日本の組織は概して、強力なリーダーシップによるトップダウンよりも、ボトムアップまたはミドルアップの傾向が強い。あてにならないリーダーシップや計画の不確実性に依存するよりも、自身の身の丈に合った「成長の糧」を国の「新成長戦略」の中から見出していく姿勢が重要ではないだろうか。

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