新退職給付会計基準への対応 ~事前検討の必要性及び専門家の利用~

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2012年5月17日に企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から新退職給付会計基準が公表された。2010年3月18日にASBJから同基準の公開草案が公表されていたが、今回の公表で改正内容が確定したことになる。2012年5月17日の公表以後、本コンサルティング・インサイトにおいても改正内容について、以下のように情報発信等を行ってきた。


各回の内容からもわかるように、新退職給付会計基準の内容は今まで以上に複雑化しており、各企業において対応を検討するにもかなりの労力を要すると思われる。今回は、退職給付債務値に影響を及ぼす算定方法について事前検討が必要であることを再認識し、その検討を行う過程での専門家の利用について触れていきたい。

●算定方法の事前検討
現行の退職給付会計基準は、金融システム改革(日本版ビックバン)の一環の中で企業会計の見直しの1つとして2000年4月1日以降開始される事業年度から適用され、その目的は日本の企業会計基準を国際標準に合わせるというものであった。現行の退職給付会計基準導入にあたり、各企業は退職給付会計基準とはどのようなものなのか、また、退職給付会計基準を導入した場合の財務的な影響を事前に検討したと思われる。

今回の退職給付会計基準改正の対応についても同様のことがいえる。算定方法の変更によって債務やコストがどのように変化するのか、そして、財務的視点からどのような影響を及ぼすのかを把握する必要があるだろう。

今回の退職給付会計基準改正では、退職給付債務の算定方法としていくつかの選択肢が与えられている。それらは「割引率の設定」、「給付見込額の期間帰属」の2つの組合せであり、それぞれ次の2通りの方法である。

<割引率の設定>
 ・金額加重平均期間に応じた単一の割引率
 ・イールドカーブを用いた複数の割引率
<給付見込額の期間帰属>
 ・期間定額基準
 ・給付算定式基準

新退職給付会計基準では、上記組合せにより4通りの退職給付債務の算定方法が考えられ、企業はその内1つを選択することになる。ただその選択には、十分な検討と慎重な対応が必要となるだろう。なぜなら選択した算定方法の組み合わせにより退職給付債務の算定値が変わり、直近及び将来に渡り財務諸表に影響を及ぼす可能性があるからである。この「割引率の設定」、「給付見込額の期間帰属」の選択による具体的な影響度合いについては、単純に予測できない。それは各企業の退職給付制度、従業員の年齢構成によって退職給付債務の値が異なるなるためである。また、今回の改正では、「給付見込額の期間帰属」において「期間定額基準」も認められているが、IAS19号(従業員給付に関する会計及び開示を定めたもの)では「期間定額基準」は認められていない。今後、IFRS(国際財務報告基準)の適用を視野に入れるのであれば、「給付算定式基準」についても検討しておく必要があるだろう。ただし、「給付算定式基準」を選択した場合、考慮しなければならないのが均等補正の必要性である。これについては、今回の改正で具体的に適用指針に示されていないため、各企業の退職給付制度毎に個別に検討していく必要がある。

以上のようなことを踏まえると、各企業は会計基準改正に備え、できるだけ早期に「割引率の設定」、「給付見込額の期間帰属」の組み合わせにおいて、退職給付債務の算定及びシミュレーションを行った上で、各選択肢における影響を把握しておく必要があるだろう。しかし、これらの検討を自社内だけで進めるのは容易ではない。「割引率の設定」、「給付見込額の期間帰属」を反映させた改正後の退職給付債務算定は、現行基準よりも複雑化しているため、これらを自社内だけで解決しようとすると、多大な労力と時間を要すると思われるからだ。これらの検討・分析を円滑に行う方法の1つとして、退職給付債務計算の受託機関(信託銀行、生命保険会社)やコンサルティング会社等に退職給付債務算定に関するコンサルティング支援を依頼することが考えられる。


●専門家の必要性
退職給付債務の算定については、外部の受託機関に計算を委託している場合と各企業において自社計算している場合が考えられる。前者の場合は、受託機関から今回の改正に関する情報提供や対応策等のアドバイスを受けられるだろう。しかし、後者の場合は、このような情報提供やアドバイスを受けることができないと思われる。また、専門的知識を要するイールドカーブ、均等補正(給付算定式基準を選択する場合)についてどのように検討・解決していくかも問題になるであろう。

今回の会計基準改正では、今まで以上に退職給付債務算定プロセスに関して専門的な知識が必要になる。割引率については単一の割引率を使用することが可能であるが、その割引率の決定にあたってはスポットレートによるイールドカーブが必要になるため、改正後の退職給付債務算定においてイールドカーブは必須のものになる。また、「給付見込額の期間帰属」において「給付算定式基準」を選択した場合、上述したように退職給付制度の給付カーブから均等補正の必要性を判断しなければならない。例えば、勤続年数の増加に伴い支給率の増加幅が大きくなるような退職給付制度の給付カーブにおいて、どの区間で均等補正を行うかといった検討が必要になるが、このような検討を行うにあたっては、退職給付債務計算の専門家である年金数理人等にアドバイスを求めるのが賢明ではなかろうか。また、算定方法の決定において最終的に会計監査人の判断も必要となるため、年金数理人、会計監査人を交えながら検討・分析を進めていくことが、各企業にとってこの改正に費やす時間や労力等を減らすことにも繋がると思われる。


新退職給付会計基準の適用は、3月決算の企業であれば2014年3月末からとなり、現時点からみれば適用までに約1年半程度の期間があるが、時間的余裕はあまりない。繰返しになるが、今回の改正内容は今まで以上に複雑化しているため、検討・解決までに相応の業務負荷がかかると思われるからである。退職給付債務は企業の債務の中でも大きな割合を占めるものである。適用間際になってあわてないよう早期に対応を検討しておく必要があるのではないか。

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