退職給付会計基準の改正が企業の経営および実務に与えるインパクト

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2011年10月5日の「公的年金改革が迫るなか、退職給付会計基準改正へ」から始まった今回の「退職給付会計基準の改正」に関する連載は、今回でひとまず最終回を迎える。

最終回の今回は、これまでの連載の内容を振り返りながら、退職給付会計基準の改正が企業の経営および実務に与えるインパクトについて総括したい。

連載の第一号(2011年10月5日)では「公的年金改革が迫る中、退職給付会計基準改正へ」と題し、老齢厚生年金の「支給開始年齢の引上げ」により、60歳定年から年金の支給開始までの「無年金期間」が更に長期化する恐れがあること。また、その対策に大きな期待が寄せられている企業の退職金制度や企業年金制度についても、今般の会計基準の改正の影響で、企業が認識すべき退職給付債務(以下、PBO)が一時的に大きく変動する可能性が出てきたことについて解説した。

今般の会計基準の改正によるPBOの変動要因は大きく分けて2つある。

まず1つは「割引率設定基準の変更」である。従来、従業員の平均残存勤務期間に基づいて割引率を設定していたものが、給付見込期間ごとにイールドカーブを用いた複数の割引率を設定する方法を用いるか、或いは給付見込期間ごとの退職給付金額を加味した単一の加重平均割引率を設定する方法を用いるかのどちらかを選択する方式に変更される。一般的に、在職者の平均残存勤務期間のみを考慮して割引率を決定する従来の方法に比べ、在籍者の金額加重平均の重みと年金受給権者の年金支払い(企業年金を採用の場合)を考慮した割引率の決定方法では、適用すべき割引率が相対的に低くなるケースが多く、結果としてPBOが大きくなることが想定される。

もう1つは「退職給付見込額の期間帰属の設定方法の変更」である。こちらの影響は企業の退職給付制度の内容によって様々であり一概には言えないが、「期間定額基準」から「給付算定式に従う方法」に変更した場合では、一般的にはPBOは小さくなる方向に作用することが想定される。詳細については今回の連載の第三号(2011年10月19日)をご覧頂きたい。

それでは、上記2つの変動要因を併せた影響はどのようなものであろうか?

新基準で計算されたPBOは、現行基準での計算結果よりも大きくなるケースも想定されるが、その影響はやはり企業の退職給付制度の内容、従業員の年齢構成によって異なる。そのため事前に必要な試算と定量的な分析等を行い、自社への影響度合いを予め把握しておくことは企業の経営や実務に携われる方々にとって非常に重要な意味をもつことになる。

連載の第二号(2011年10月12日)では、退職給付会計基準改正後におけるイールドカーブを使用した退職給付債務の割引計算について実務上の対応における懸念事項を解説した。

イールドカーブを使用した割引計算を行う際の割引率の設定にあたっては、スポットレートか利付債の最終利回りか、社債か国債か、どのようにイールドカーブを作成するかなど、実務上の対応が困難である点について問題提起している。

一口にイールドカーブといっても、作成に係る実務上の明確な指針は現時点では存在しないため、様々な工夫が必要となる。イールドカーブとは、残存年数の異なる複数の債券の金利を結んでグラフにしたものであるが、一般に債券といって想定される国債には利息に相当するクーポンが含まれているため、そのままではPBO算定におけるイールドカーブに採用することはできないと考えられており、複利ベースの割引債の利回り算出というプロセスが必要となる。

また、国債の他に政府機関債および優良社債といった選択肢もあるが、どれを採用するにもイールドカーブを作成するにはクリアしなければいけないハードルが存在し、一企業が単独でイールドカーブを推計することは現実的には難しいと考える。そのため、実務的にはPBO計算を委託している受託機関等や監査法人等の専門家によるサポートや選択結果の検証が必要になることを想定した準備が企業側には求められる。

連載の第三号(2011年10月19日)では、退職給付見込額の期間帰属方法の選択の際の留意事項を解説した。

退職給付会計基準の公開草案では、退職給付見込額の期間帰属方法については、「期間定額基準」または「給付算定式に従う方法」のいずれかを選択すること、また「給付算定式に従う方法」を選択した場合には、給付額が著しく後加重であるかどうかを判断して、著しく後加重であると判断した場合には定額補正を行う必要があることとされている。

しかし「定額補正の必要性の判断」と、「それが必要となった場合の具体的な定額補正用の給付カーブの設定」については、各社の退職給付制度の設計の趣旨や意義にまで遡った議論とそれに基づいた専門的見地からの判断が必要になることが想定される。定額補正の具体的な計算方法については、連載の第三号(2011年10月19日)で詳細に解説しているので、ご一読願いたいが、いずれにしても、定額補正を含め退職給付見込額の期間帰属の方法の検討には、定量的な分析も含め相当な時間と作業が必要となることが想定される。これらの観点からもやはり外部の力を借りることも視野に入れた準備が必要となることを認識して頂きたい。

連載の第四号(2011年10月26日)では、「PBO自社計算、IFRSとのコンバージェンスを乗り越えられるか?」と題し、PBOを自社計算しているケースを想定して、今般の会計基準の改正により新たに発生するリスクについて警鐘を鳴らしている。

今回の会計基準の改正で、企業側がいくつかの選択肢の中から主体的に計算方法を選択する必要性が生じたことはご理解頂けたと思うが、それは同時に選択の如何でPBO等の数値が変動し、企業の決算に大きなインパクトがあることを意味する。このこと自体は自社計算であろうと外部委託計算であろうと同じであるが、自社計算の場合は、担当者が制度の中身や計算プロセスを十分理解しないまま誤った計算を行い、その誤った計算結果に基づいて決算処理が行われるというリスクを排除することができない。これは根本的には内部統制上の問題に行き着く。特に今回の改正では、計算プロセスにおいて企業が複数の選択肢の中から主体的に判断する必要があることに加え、給付設計の特性を考慮した補正計算までも必要となることが想定されている。その全ての計算プロセスを専門家のサポートなしに正確に行うのは相当困難であると言わざるを得ない。更に、自社計算の結果について監査法人の監査に耐えられるのかという懸念も払拭できないであろう。

これらのリスクを勘案すると、今回の会計基準の改正を機に外部専門機関に計算業務を委託するという選択肢が現実味を帯びてくるのではないだろうか。

以上、今般の会計基準の改正について、これまでの連載の内容を振り返りながら、退職給付会計基準の改正が企業の経営および実務に与えるインパクトについて総括してきたが、企業の経営や実務に携わる方々に改めて認識して頂きたいのは、現時点で予想される2013年3月末(PBO計算上は2013年4月)での適用を考えた場合、残されている時間はそれほど多くないということである。

今般の会計基準の適用に備え、スケジュールに余裕を持った準備と社内における十分な議論をお願いして、今回の一連の連載を締めくくりたい。

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