適年制度の移行はしっかり考えて!

RSS
  • データアナリティクス部 主席コンサルタント 市川 貴規

先日、R&I社「年金情報」紙にて、適格退職年金制度(以下、適年制度)が残り約17,000件となり、平成24年3月に迎える制度終了に向けて、適年制度の減少が加速しているとの発表がなされた。目下のところ確定給付企業年金(以下、DB制度)への移行が増えてきており、その理由としては「移行時の手間や移行後の事務負担の回避」や「とりあえずの移行」等が挙げられていた。筆者も退職給付債務(PBO)計算やコンサルティング業務を通じて日頃から感じていたことであるが、DB制度への移行に関する意思決定プロセスにおいて、十分な議論を尽くした上での結論かどうか不安になるケースがある。特にDB制度は、確定拠出年金制度(以下、DC制度)と比較して企業会計の取り扱いや年金財政の仕組みが複雑であることから、DB制度の選択に関する企業財務面からの検証が難しく、制度変更直後の「PBO額」や「DB制度での掛金額」等の確認のみで済ましているケースが多いのではなかろうか。DB制度が企業財務に与える影響は、会計基準の動向や従業員数の変動等を理由として、時間の経過とともに大きく変動する可能性が大きいため、本来であるならば、DB制度実施については、様々な状況を想定したシミュレートを行い、その結果に基づいた判断を行うべきであろう。以下に、何点か留意すべきポイントを纏めてみたので、DB制度への移行を検討する企業は参考にしていただきたい。


DB制度が企業会計に与える影響は、国際会計基準(以下、IFRS)の適用が現実味を帯びてくる中、今まで以上に大きくなっていくことが予想される。現在のIFRSの案では、過去からの年金資産の運用利差損の累積に相当する「未認識数理計算上の差異」を有することはできず、これをすべて退職給付引当金として認識させていくイメージになる(貸借対照表上の即時認識)。言い換えれば、毎期の年金資産の運用結果(ブレ)を、そのまま退職給付引当金に反映させることである。例えば、平成20年度のように、▲20%といった年金資産の運用結果になった年度には、年金資産の20%相当分の退職給付引当金を積み増すことになり、結果、自己資本でその影響を吸収することになる。このような場合には、自己資本の年金資産に対する相対的な厚みの程度によっては、企業決算に重大な影響を与えかねないといった問題に発展することになる。すなわち各企業がDB制度実施の判断をするにあたっては、自己資本の額に対して、どの程度の年金資産を有することが可能か(リスクの許容幅)について、検証しておく必要があろう。


また、適正な年金資産の額を考えるに当たっては、適年制度とは異なるDB制度の仕組みも理解しておく必要がある。DB制度では、毎期財政検証(積立不足チェック)が行われ、積立目標額に対して積立不足が拡大した状態になれば、法律等に定められたルールに従って掛金拠出義務が生じる。この積立目標額は、責任準備金(=継続基準)・最低積立基準額(=非継続基準)の2種類が設定されているが、この額は、一般に適年制度の積立目標額よりは高くなることが多い。このため、仮にDB制度が適年制度の給付と同水準であったとしても、相対的に年金資産の水準は高まることになる。さらに、非継続基準で使用される最低積立基準額については、平成29年までその計算方法に経過措置(※1)が施されており、本来あるべき金額よりかなり低く計算されている。制度導入時の掛金試算報告において非継続基準の財政検証が問題なくクリアされていたとしても、今後、平成29年に向けて徐々にそのハードルは高くなっていき、いずれは非継続基準に抵触し、最低積立基準額まで掛金拠出が求められることになろう(※2)。このような将来の掛金拠出増加リスク(※3)についても、事前に会社側は把握しておく必要がある。


今回は、DB制度実施における企業財務上のリスクに限定して記載したが、このようなリスクを把握した上で採用を決定することが、制度を長く続けていくためのポイントではなかろうか?また、退職給付制度を決定するに当たっては、企業財務上のリスク以外にも様々な論点があるため、適年幹事会社はもちろんのこと、各分野の専門家からも積極的に情報収集を行うことが必要である。そしてこれらを前提として、企業財務・人事労務面等の観点から慎重な議論を行い、最終的な会社経営としての判断のもとで適年制度の移行先を決定していかなければならない。

(※1) 適年制度からDB制度に移行した企業に限り認められている経過措置であり、制度変更によって増加した部分を平成29年までの期間で徐々に認識していくことになる。
(※2)既にDB制度へ移行している企業の中でも、この点に気付いていない企業も多いため注意が必要である。
(※3)見方を変えて、年金財政の健全性の観点に立てば重要なポイントである。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス