2017年10月19日
2000年代に入り、いわゆるLGBT(※1)の人権、性的指向と性自認(Sexual Orientation and Gender Identity: SOGI)に関する権利の重要性が欧米を中心に認識されるようになった。2001年には世界で初めてオランダで同性婚が可能となり、以降、多くの国で婚姻の平等が達成されてきた。国際社会においても、2006年の「モントリオール宣言」をはじめ、翌年には「ジョグジャカルタ原則」が国連人権委員会で承認される等、LGBTの人権とSOGIに関する権利が共通認識となりつつある。同時に、権利保障が十分でない国・地域に対する批判はますます強まっている。
しかし、これまでのところ、批判の対象は主にLGBTに対する差別やSOGIに関わる権利侵害が著しい中東やアフリカ、南アジアであった。欧米のNGOやメディア、アクティビストらの関心はこれらの地域に集中し、調査や政策提言(アドボカシー)が積極的に展開されてきたのに対し、日本を含む東アジアは顧みられることが少なかった(※2)。以下では、主に国際機関やNGOの報告書、各国資料等を参照し、LGBTの人権とSOGIの権利に関して、東アジア(※3)各国・地域の国際社会における立場と国内制度をみてみたい。具体的には、(1)国連決議17/19への反応、(2)同性婚の合法化、(3)同性間の関係性の承認、(4)差別に対する法的保護、そして(5)同性愛の非犯罪化、に関して現状を整理する(図表1)。
(1)国連決議17/19への反応
2011年6月、国連人権理事会において、SOGIに関するものとしては初の国連決議である「決議17/19(A/HRC/RES/17/19)」が採択された。この決議では、SOGIを理由とする暴力や差別に対する懸念が表明されている。日本、韓国、タイは賛成。一方で、マレーシアは反対。中国は棄権している。
(2)同性婚の合法化
現在までのところ、東アジアで同性婚を合法化している国・地域はない。台湾においては、2017年5月に司法院大法官会議が、釈字第748号「同性の二人による婚姻の自由に関する憲法解釈」(Judicial Yuan Interpretation No. 748 and Reasons)を公表した。これにより、民法第4編「親族」・第2章「婚姻」が同性婚を認めないのは、法の下の平等を保障する憲法7条と、婚姻の自由を認める憲法22条に違反するとされた。同解釈では2年以内の立法措置が求められており、早期の法制化が期待されている。
(3)同性間の関係性の承認
東アジアで、現在までに同性間の関係性(パートナーシップ)を法的に承認している国・地域は確認できないが、日本では、複数の地方自治体において「条例」レベルでのパートナーシップ証明書が交付されている(※4)。
(4)差別に対する法的保護
韓国と台湾、タイにはSOGIに基づく差別を禁止する法律がある。韓国では、2005年12月に「国家人権委員会法(National Human Rights Commission Act)」が改正・施行され、性的指向に基づく不遇な扱いや排除が差別として定義された。台湾では、2007年12月に「性別工作平等法(Act of Gender Equality in Employment)」が改正・施行され、性的指向に基づく就業差別が禁止されている。タイでは2015年に「ジェンダー平等法(Gender Equality Act)」が施行され、出生時の性別とは異なる外見を持つことによる差別が禁止されている。
(5)同性愛の非犯罪化
多くの国で同性愛の非犯罪化が進んでいるが、マレーシアとミャンマーでは同性愛は犯罪とされる。シンガポールとブルネイでは、女性の同性愛は犯罪とされないが、男性の同性愛は犯罪とされる。インドネシアでは、イスラム法(シャリーア)が導入されているアチェ州において、同性愛が犯罪とされている。
総じて、東アジアでは日本、韓国、台湾、タイにおいて比較的、権利保障が進展しているといえそうだが、それぞれに課題がある。まず、日本のいくつかの地方自治体で実施されている同性パートナーシップ制度は、婚姻とは様々な面で異なる自治体レベルの条例に過ぎない上、居住地域によって制度の利用可否が決定されるという点で、新たな差別を生じさせている。韓国の「国家人権委員会法」や台湾の「性別工作平等法」は、性的指向による差別には言及しているものの、性自認については明確な記述がない。逆に、タイの「ジェンダー平等法」では、性自認による差別は禁止されているが、性的指向には触れられていない。SOGIの概念に照らし合わせると、いずれも包括性の点で不十分といえよう。
一方で、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ミャンマー等、同性愛を犯罪化している国々はLGBTに対して差別的といえるが、その背景は異なる。ミャンマーのように植民地時代に英国から導入された法制度が残存している場合や、インドネシアのように宗教的タブーに基づく場合、マレーシアのようにその両方の影響を受けている場合等、犯罪化の経緯は各国の抱える歴史的・社会的要因に大きく依存している。さらに、シンガポールやブルネイでは男性同性愛のみが犯罪とされるように、LGBTに対する差別にジェンダー差別が内包されているケースもある。
これまでにみたように、東アジアには同性愛を犯罪とする国から、不完全ではあるが何らかの法制度を持つ国までが存在し、域内の状況は多様である。日本も含め、この問題には一定の政治的・社会的センシティビティが付き纏うため、進展は遅くならざるを得ないのかもしれない。論理性を欠く過激な権利主張にはその後のバックラッシュも懸念される。しかし、いずれにおいても同性婚や同性間の関係性を認める法制度が存在しない点では、東アジアも中東やアフリカと変わるところはない。そのような中でも台湾が同性婚の合法化に向けて歩み出したことは、この地域におけるLGBTの権利保障の在り方に一つの道筋を示したように思われる。
(※1)レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシャル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の頭文字をとったもので、性的少数者の総称として用いられる。しかし、性的少数者の中には性分化疾患(Intersex)やクィア(Queer)、クエスチョニング(Questioning)等、多様な人々が存在することから、LGBTIやLGBTQIが望ましいとする見方もある。本稿では、この点を踏まえた上で、最も一般的と考えられるLGBTを「性的少数者」の意で使用する。
(※2)数少ない貴重な成果として、UNDPによる“Being LGBTI in Asia”がある。2014年から2017年に亘り、アジアの8ヵ国でLGBTを取り巻く社会や法制度に関する調査が行われている。
(※3)本稿では、日本、中国、韓国、台湾、ASEANの計14ヵ国・地域を対象とする。
(※4)例として東京都渋谷区における「パートナーシップ証明」、世田谷区における「同性パートナーシップ宣誓」等がある。
(参考文献)
Constitutional Court Republic of China (Taiwan) (2017). “Press Release On the Same-Sex Marriage Case”
Human Rights Watch (2015). “Gender Equality Act”(HRWによる英訳)
Human Rights Watch (2016). “These Political Games Ruin Our Lives”
Ministry of Labor Republic of China (Taiwan) (2005). “Gender Equality in Employment Act”
National Human Rights Commission of Korea (2012). “National Human Rights Commission Act”
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: Cambodia Country Report”. Bangkok.
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: China Country Report”. Bangkok
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: Indonesia Country Report”. Bangkok
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: The Philippines Country Report”. Bangkok
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: Thailand Country Report”, Bangkok
UNDP, USAID (2014). “Being LGBT in Asia: Viet Nam Country Report”. Bangkok
UNDP (2015). “Report of the Regional Dialogue on LGBTI Human Rights and Health in Asia-Pacific”. Bangkok
UNDP (2016). “Being LGBTI in China – A National Survey on Social Attitudes towards Sexual Orientation, Gender Identity and Gender Expression”
The Yogyakarta Principles (2006). “The Application of International Human Rights Law in relation to Sexual Orientation and Gender Identity”
UN General Assembly, Human Rights Council (2011). “17/19 Human rights, sexual orientation and gender identity (A/HRC/RES/17/19)”
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