2016年02月23日
イノベーションによる生産性の向上が進まず、所得水準でも技術水準でも先進国へのキャッチアップができないまま、急速な少子高齢化によって早くも労働力不足と賃金上昇に直面したタイは、産業の高度化を目指して新しい成長戦略を模索している。
タイが見出した活路の一つは研究開発(R&D)投資の誘致だ。国家学術調査委員会(NRCT)によると、2013年のタイの対GDP比R&D支出比率(GERD)は0.44%。人口1万人に対するR&D従事者数は20人であった(※1)。政府目標として、2021年までにGERDを2%にまで高め、人口1万人に対するR&D従事者数を25人に増加させることが掲げられている(※2)。
この流れを受け、タイ投資委員会(BOI)の投資政策も抜本的に改革された。2015年1月からは、それまでの「ゾーン制」が廃止され、新しい投資政策では事業内容を付加価値の高さに応じて6段階(A1~A4、B1、B2)に分け、その分類に応じて恩典の厚薄が決定される仕組みになった。R&DプロジェクトはA1に位置付けられ、全業種の中で最も手厚い恩典(8年間の法人税免税かつ免税額の上限なし、土地所有の許可、ビザやワークパーミットの優遇など)が付与される(※3)。
タイにR&D拠点を設立する企業側のメリットは、生産拠点との近さであろう。タイに進出した日系企業の数は4,567社にのぼり、うち製造業が47%を占める(※4)。経済産業省の「通商白書2007年版」では、日系企業のASEAN4(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)におけるR&D投資の主な理由として、「生産拠点と連携できるため」が大きな割合を占めることが指摘されている(図表1)。この観点では、ASEAN内でタイ以上に製造業が集積している国はなく、開発と生産のコラボレーションを図るのに優れた環境であるといえる。
しかし、タイには理工系人材の不足という根本的な課題がある。世界経済フォーラム(WEF)が発表する国際競争力指数(GCI)でASEAN各国の「理数教育の質(Quality of math and science education)」と「科学者・技術者のアベイラビリティ(Availability of scientists and engineers)」に対する評価を見ると(図表2)、タイは科学者・技術者のアベイラビリティではスコア4.3(ASEAN内4位)と平均を上回るものの、理数教育の質では3.9(同6位)と平均を下回る結果となっている。他方、シンガポール、マレーシア、インドネシアの3ヵ国は理数教育の質と科学者・技術者のアベイラビリティのいずれでも高い評価を受けていることが分かる。
「通商白書2007年版」でも、「技術者の採用が容易なため」(=アベイラビリティ)と「技術者の研究水準が高いため」(=理数教育の質)はR&D投資の理由として比較的上位にあり、企業の投資判断において重要なポイントであることが分かる。産業の高度化はタイだけでなくアジアの新興国に共通の課題であり、各国が高付加価値産業の投資誘致を求めて競争関係にある。法人税減免などの優遇措置は「常套手段」であり、それ以外で他国と差別化を図る必要がある。その意味で、タイはASEAN随一の産業集積を強みとしつつ、理工系の人材育成を積極的に推進するべきであろう。
この分野では日本からの協力体制も構築され始めている。15年9月には、タイの産業高度化に向けた日タイ間の共同政策提言として「日タイ共同政策提言書」が調印された。研究開発を担う高度人材の育成も盛り込まれている。
タイとしては、日本の協力に頼るばかりでなく、自らビジョンのある教育政策を打ち出し、国民全体の教育水準を底上げする努力が必要だ。短期政権が続き、目先にとらわれたポピュリズム的な政策が目立っているが、教育、とりわけ数学(算数)など「積み重ね型」科目の知識習得には時間がかかるため、初等から高等教育以降までを見据えた長期的な施策が求められる。すぐには成果が表れないがゆえに、早急に取組みを始めるべきであろう。その決断は将来の大きな繁栄機会につながるかもしれない。
(※1)NRCT “Research & Development Index of Thailand (2012‐2016)”最終閲覧日:2016年2月9日
(※2)Ministry of Science and Technology of Thailand (MOST) “National STI Master Plan”
(※3)BOI “A Guide to the Board of Investment 2015”最終閲覧日:2016年2月9日
(※4)JETRO「『タイ日系企業進出動向調査2014年』調査結果について」最終閲覧日:2016年2月9日
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