2014年03月07日
中国語の“用工荒”(ユウンゴンホウン)は、ブルーカラー層の労働者(以下“藍領”(ランリン))不足で、従業員が採用できない、という意味で数年前から耳にする様になった言葉だが、最近ではマスコミの大きな見出しにしばしば登場するようになった。特に旧正月の春節明け、年越しで一旦故郷に帰った出稼ぎ労働者達が移動し始めるこの時期は、労働者の確保が新しい1年の経営の成否を左右するため、経営者として最も神経を尖らせる時期でもある。2014年春節明け後、アップル・スマートフォンの世界最大のOEM業者である富士康集団(鸿海/HONGHAI)は、出稼ぎ労働者の主要な移動交通箇所に特設ブースを設けて、公然と労働者の引き込みキャンペーンを行ったという事で話題を呼んでいる。新年度における“藍領”の争奪合戦のファンファーレといえよう。
中国の“藍領”のほとんどは農村地域の余剰労働力によって構成されてきた。1980年代まで実施されていた計画経済制度により、農民は完全に居住地農村に縛り付けられていた。しかしその後、改革開放政策の施行及び農業近代化の推進により、膨大な農村余剰人口は大都会を中心とする東部沿海地域に流れ始めた。この膨大な余剰人口は、当時の産業規模に比べて無尽蔵な労働力として、一気に中国経済30余年の高度成長を担ってきた。
しかし、この巨大な流れは2008年頃より変化し始めた。2011年から大都市圏では“用工荒”現象が恒常化し、2014年は、従来型産業、低付加価値産業、サービス産業における“藍領”の供給不足がより深刻化するとみられている。今後、中国の労働者の雇用状況がより安定した方向に向かうのかどうか、経済成長に伴う労働者のライフスタイルと職業指向がどのように変化していくのかが注目される。
“用工荒”の生じる原因を中国の社会実情にあわせて整理すると、以下のようになる。
- (1)内陸部における雇用の受け皿の拡大
- 中央政府が主導する“西部大開発”、“東北工業基地振興”、“中部地域勃興”などの開発政策が近年徐々に功を奏している。加えて2009年より実行された4兆人民元(約68兆円)の財政出動が、産業の内陸部へのシフトを加速させたことの影響もあり、内陸部での産業規模が次第に拡大し、地元における就業機会が急増した。
- (2)農村地域の経済情勢の好転、沿海都市地域の優位性の後退
- 中央政府が一貫して主導してきた“三農”(農村、農民、農業)支援政策が近年大幅に強化された。その結果、農業関連の税金免除と補助金支給及び義務教育と福利厚生制度の整備・改善による効果が現われ、一部の土地離れした農民が再び農業に復帰した。
- (3)農村の余剰人口構造、職業指向の変化
- 農村における余剰人口の出稼ぎ部隊に明らかな変化が生じている。早い時期からの出稼ぎ労働者は一定程度の資金を積み立て故郷に戻り、身につけた経験を活かす形で農村部で事業を起こすパターンが増えた。次の世代では、一部の人達は親の世代が経験した“3K”仕事を敬遠し、無職のまま故郷に留まったり、一部は技能者の分野を目指して、“灰領”(グレーカラー層。以下“灰領”(ホイリン)という)にシフトしている。
一方、“藍領”の供給不足に比べ、エリート層と見なされてきた“白領”(ホワイトカラー層、以下“白領”(バイリン)という)指向型の大卒者は、かつてない就職氷河期にさしかかっている。「職を探す“白領”、職に追われる“藍領”」と称されるように明暗がはっきり分かれている。現実を認めて、“藍領”分野へシフトする大卒者が年々増え、“藍領”からの技能者と合流した中国の“灰領”層が急速に拡大している。
かつて無尽蔵だった“藍領”階層は、長期にわたって低廉な人件費を提供し、中国経済の規模拡大に大きく貢献してきたが、一方で中国経済の高度化を妨げてきたともいえる。この意味で、“藍領”の“用工荒”は決して一時的な出来事ではなく、「ルイスの転換点(Lewisian Turning Point)」(※1)と呼ばれる経済発展段階における構造変化だと言える。“用工荒”は中国の産業構造調整と産業高度化促進をもたらすものと言えよう。
(※1)イギリスの経済学者アーサー・ルイスが1954年に提唱した工業化による発展段階の分岐点をいう。工業化が進み、過剰だった農業労働力が不足に転じることである。
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