2010年11月12日
中国はいまや、押しも押されもせぬ「世界の主要経済大国」のひとつに数えられるまでに成長した。その一方で、1999年に高齢化社会へ突入し、以降、着実に「高齢者大国」への道を歩んでいる事実も見逃せない。すなわち、中国における65歳超人口は、2000年から2009年の10年間で8,821万人から1億1,209万人まで増加、総人口に占める同人口の比率も6.9%から8.5%にまで上昇している。今後、高齢化進展のスピードはさらなる加速が見込まれており、高齢者数は2020年には2億4,800万人、2050年には総人口の3分の1の4億人超まで膨れ上がるとされている。
参考までに地域別の状況を見ると、中西部よりも、経済成長が著しい東部・沿岸部の高齢化の方が進展している。2009年の高齢者比率は、北京で13.6%、上海は15.8%と、全国で最も高い水準にある。
中国が高齢化大国への道を突き進んでいるのは、二つの要因によるところが大きい。「一人っ子政策」の影響で出生率の低下が続いてきたこと、ならびに平均寿命が伸び続けていることである。いずれも日本の状況と酷似しているのだが、日本と中国の大きな違いは、日本が世界の先進国に仲間入りした後の段階で高齢化社会を迎えたのに対し、中国は経済発展の途上で高齢化社会の問題に直面した点にある。このため、中国の高齢化社会は独特の問題を少なからず含んでいる。以下の3点に整理して指摘したい。
第一は、インフラ・人材が未整備という問題である。中国では高齢者向け介護施設が不足しており、また、介護に係る専門人員自体が大幅に不足している。2009年時点で、高齢者向けサービス関連機関は38,060社存在するが、そのほとんどが小規模・零細経営である。介護用ベッドは約266万床あるものの、「高齢者総数の約5%の介護用ベッド数が必要」とされる国際的な平均水準からすると、約300万床の介護用ベッドが不足している計算だ。また、資格を有する介護専門人員も本来は1,000万人程度必要だが、全国でわずか数万人に止まるのが現状である。
第二に、高齢者向け社会保険サービスが脆弱な点である。現在、養老保険は都市部において約4,000万人の高齢者のみを適用対象としている。農村部の状況はさらにひどく、高齢者の80%が養老保険の適用対象外という状況だ。近年、中国政府は、農村部における保険適用対象の拡大に懸命に取り組んでいるが、根本的な改善にはまだ暫くの時間が必要だろう。さらに、高齢化と少子化の同時進行という厄介な問題があり、現在進めている社会保険システム構築の完成までには茨の道が待ち受けている。
第三は、その他法制度の整備不足である。近年、中央政府、地方政府レベルを問わず高齢化社会への対策が相次いで発表されてきた。ただし、場当たり的で散漫なものに止まるのが現状で、有効性や整合性を兼ね備えた法制度の確立や、行政サービス体制の整備は未だ不十分なままである。
ビジネス的な側面に目を転じても、中国のシルバー産業は、その他の産業分野に比べて大きく立ち遅れている。巨大な潜在需要市場があるにもかかわらず、供給できる商品・サービスは極めて貧弱である。たとえば、2009年にシルバー産業の潜在市場規模は約1兆元(約12兆円)と推計されるのに対して、実際の商品・サービスの供給はわずか1,500億元(約1.8兆円)に過ぎない。この大幅な需給ギャップの背景には、シルバー産業に対する社会の認識不足、シルバー産業における人材不足、脆弱な政策支援、シルバー産業の市場化の遅れなどがある。
半面、2009年頃からこの巨大な潜在市場を視野に入れた具体的なアクションも見られるようになってきた。例えば2010年1月に、全国初の半官半民のシルバー産業協会(「中国老齢産業協会)が設立された。これは中国のシルバー産業が本格的にスタートしたことを象徴する出来事で、今後の市場拡大に各方面から大きな期待が寄せられている。因みに同協会は、官民共同運営の組織体制を採り、政府に対する政策提案、業界運営ルールの整備、総合研究開発、シルバーサービス・シルバーグッズの開発・生産、医療保健、金融・財産管理分野、専門人材育成、娯楽・観光分野、シルバースクールなどを当面の取り組み課題として掲げている。同時に、海外との交流拡大を図るなど海外の優れたノウハウを導入する方針である。
中国においてシルバー産業の重要性は、第11次5ヶ年計画の終盤に注目され始めたばかりで、2011年からの第12次5ヶ年計画で具体的育成策が多く盛り込まれる見込みである。今後シルバー産業は、新たな重点産業として順調な育成を図るという目的とともに、内需拡大に資するという意義もあり、中国の経済政策全体の重要ポイントの一つに位置づけられることになろう。今日まで、中国のシルバー産業はかなりの遅れを取ってきたが、一旦本格的に動き出せば、その他の産業分野にも見られたいわゆる「後発性の効果」も大きく期待できる。日本は中国に先んじて高齢化の進展を経験してきたが、中国のシルバー産業市場はまさに日本企業にとって本領発揮の余地が大きい有望分野といえるだろう。
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