キャッシュフロー分析指標でみる原発立地自治体の財政

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原子力発電所を抱える市町村の財政は潤っているといわれる。まずは、「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」に基づく健全化判断比率で検証してみた。東日本大震災を経て状況が変わった可能性があるが、震災後の決算が確定していないので平成21年度の決算データを使う。

図1は、4つの健全化判断比率のうち将来負担比率を縦軸、実質公債費比率を横軸にとった平面上にすべての市町村をプロットし、財務状況の分布を示したものである。標準財政規模と比べた電源立地地域対策交付金(以下「電源立地交付金」と言う)の上位20市町村を抽出し、マーカー色を区別した。電源立地交付金は電源地域で行われる公共用施設整備や、住民福祉の向上に資する事業に対する交付金で、発電用施設の設置にかかる地元の理解促進等を図ることを目的としている。公立病院、クアハウスの新築から保育所の人件費まで使い道は幅広い。発電所の所在市町村が国から受け取るパターンと、隣接市町村を含め都道府県から受けとるパターンがある。本稿では国から受け取るもののみ抽出した。

将来負担比率は、市町村が将来負担すべき実質的な負債が財政規模の何倍あるかを示したものである。値は低いほうがよい。負債には地方公社や損失補償を行っている出資法人等にかかるものが含まれる。一方、市町村直轄の負債でも返済に地方交付税が充てられる分は差し引かれるので注意が必要だ。財政規模を表す「標準財政規模」はその市町村において標準的な一般財源の総量とされる。よって、たとえば毎期継続的に入ってくるものであっても国庫補助金は含まれず、電源立地交付金は標準財政規模にカウントされない。企業分析の常識で財政規模といえば売上高ないし経常収入を想起するが、「標準財政規模」が想定する収入の範囲はこれより狭い。根っ子となる考え方が異なり、似ているがやはり別のものだ。

実質公債費比率は、「標準財政規模」に対する実態ベース元利返済金の比率である。計算式をみると住宅ローンでいう返済比率に近く、返済額が年収の何パーセントかを表したものだ。値は低いほうがよく、18%以上になると原則自由の地方債発行が許可制になり、25%以上になると「財政健全化団体」に指定されてしまう。

こうしたわけで、分布図の点が左下角に近い市町村ほど財政健全性が高く、右上角に近いほど健全性に問題があることになる。全体の散ばり具合をみると、将来負担比率と実質公債費比率はおおむね比例しているようだ。つまり借入が多いところは返済も厳しい。電源立地交付金の上位20市町村の財務状況であるが、総じて将来負担比率は低く0%の市町村も9つある。ただし全てがそうとは限らず平均水準を上回っている市町村が4つある。実質公債費比率は低いものから高いものまでバラツキがみられる。半数の市町村で平均水準を上回り、なかには地方債許可制移行基準を上回るものもある。最も高い数値は福島県双葉町の26.4%で、早期健全化基準を超える水準となっている。このように、健全化判断比率を見る限りにおいては、原発立地自治体だからといって健全財政とは必ずしもいえないようだ。論調には、原発立地自治体であるのに財務状況が芳しくないケースについて、原発交付金を目当てに不採算のハコモノ整備をすすめ、借金返済や施設維持費用など後年度負担が増えたからと説明するものもある。どうも腑に落ちないのだが実際のところどうなのだろうか。

図1 健全化判断比率の分布図

図1 健全化判断比率の分布図

健全化判断比率を見る限りにおいては、市町村財政に原発立地が有利に働くとは限らないように見える。今一度、今度はリアルな財政の実力をキャッシュフロー分析の方法で検証してみよう。キャッシュフロー分析指標は財務省の融資審査プロセスのひとつ「財務状況把握」で使われるものを採用した。これは民間企業のキャッシュフロー計算書を市町村版に移植した「行政キャッシュフロー計算書」の分析指標である。指標の作り方、分析手法、意味のどれをとっても民間企業で使うものとまったく変わらない。

図2は、キャッシュフロー分析指標のうち行政経常収支率を縦軸、実質債務月収倍率を横軸にとった平面上にすべての市町村をプロットしたものである。行政経常収支率はキャッシュベースの利益率を示し、値は高いほうがよい。実質債務月収倍率は、経常収入に対する実質債務の比で借入の大きさを意味し、値は低いほうがよい。よって、図の左上角に近い市町村ほど健全性が高く、右下角に近いほど財政問題が深刻であることになる。

分布図からは、電源立地交付金の上位20市町村の財政は総じて良好と読み取れる。上位20市町村のうち半分は実質債務がマイナス。いわゆる実質無借金である。無借金とまではいかない市町村でも借入は小さく、実質債務が経常月収の何か月分あるかを示す実質債務月収倍率は一部を除き平均水準を下回る。柏崎市と松江市の実質債務もとりわけ大きいというほどでなく、債務償還可能年数はそれぞれ5.5年、9.2年と市の平均9.7年を下回り返済能力に問題ない。平均以上の財務状況である。

早期の財政健全化が求められる「財政健全化団体」とされた双葉町。点は平面の左上にあり財務状況はいたって「良好」だ。実質債務は5.1億円と月収1ヶ月分程度。経常収支は年間17.7億円もあるので計算上は1ヶ月で完済できる。実質債務が少ないのは、借入自体がそれほど大きくないことに加え、相当の積立金を持っていたからだ。積立金月収倍率は8.5ヶ月。つまり月収8.5ヶ月分の積立金があった。あくまで震災前の決算に基づく話であるが、こうした自治体を財政健全化団体と呼ぶのは気がひける。

図2 キャッシュフロー分析指標の分布図


図2 キャッシュフロー分析指標の分布図

表1 同・データテーブル

表1 同・データテーブル

キャッシュフロー分析指標は財政のリアルな実力を表す。これでみれば、やはり原発立地自治体の財政の健全性は高い。借入がもともと小さい上に潤沢な積立金を持っている。民間企業では一般的に15年を超えると注意を要する債務償還可能年数はすべて1桁。そのほとんどが半年未満である。キャッシュベースの利益率である行政経常収支率も軒並み高水準である。

一方、良好な財務状況ながら原発交付金に影響されるところ大であることも否めない。先の上位20市町村について、国、都道府県から受け取る電源立地交付金の行政経常収入に対する比をみると、8割の団体で10%を上回るほどに財政への影響度が高い。仮に、これがすべて無くなってしまうとすると、返済財源である行政経常収支は大きく減少、7団体は赤字転落する計算だ。こうしてみると、やはり電源立地交付金の恩恵は大きい。これが無くなるとするとかなりの財政緊縮が求められるようになる。原子力発電所の定期点検後の再稼動にかかる議論があちこちで起きている。その是非はともかくとして、意見をまとめにくい事情はよくわかる。本稿では電源立地交付金に絞って述べているが、固定資産税や寄附金など財政に影響をもたらす要素は他にもある。地域経済に目を転じれば地元の産業や雇用など影響の裾野はなお広い。

何はともあれ筆者は健全化判断比率(図1)とキャッシュフロー分析指標(図2)で財務状況の見立てが異なることが気にかかる。本稿で言いたいのはむしろこちらのほうだ。早期是正措置の発動基準として健全化判断比率の意義はある。が、世界のソブリンリスクが取り沙汰され、悪化傾向の我が国財政に大震災が拍車をかける中、財政運営にかかる現状把握と意志決定にあたっては、キャッシュフロー分析指標の重要性を認め、ここで示される財政のリアルな実力から目をそらさないよう心がけたいものだ。

(注1)次の記事を参考。
「地方財政危機-本当の財政を把握する 自治体の「経営実態」はキャッシュフローで診断せよ」週刊エコノミスト2010年12月17日号、P 32~33
2010年7月1日付コンサルティングインサイト「財務省は自治体の何を『診断』するのか? ~一括交付金制度で変わる地方財政の見方~
2010年11月24日付コンサルティングインサイト「行政キャッシュフロー計算書は地方公会計の論点にどう答えるか~発生主義、複式簿記など~

(注2)なお、キャッシュフロー分析指標は「地方公共団体向け財政融資 財務状況把握ハンドブック」(23年6月改訂版、財務省理財局)に基づき筆者が計算した。ただし実態修整は行っていない。
財務状況把握ハンドブックについては、2009年9月30日付大和総研コラム「財務状況把握ハンドブックの公表をうけて ~地方財政の視座はどう変わるか~」を参照のこと。

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