水道民営化あるいは官民連携のメリットと課題

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官民連携とは、過酷な市場競争で揉まれたがゆえに獲得した民間企業の知恵と生命力を公営事業のアシスト動力として利用しようというものだ。過酷な環境でも生き残る適応能力の源は、迷路の最短ルートを解く粘菌のような柔軟性にある。ときに公共福祉の原理によって制御されなければならない場面もあろうが、「角を矯めて牛を殺す」になってもいけない。

水道ネットワークを民営水道が作ると何が違うのか

来るべき人口減少社会に備えて、施設能力のダウンサイジングが課題となっている。老朽施設の廃止とともに、給水エリアの広域化とネットワーク再編を進めなければならない。こうした水道ネットワーク再構築プランを策定するに民営水道が特に優れているわけではない。公営水道だろうが民営水道だろうが水源と需要量と地形データが与えられれば最終的には同じような解答になる。ただし最適解を導くスピードと実行力は民営水道のほうが勝っているように思う。公営水道は「企業」(※1)でありながら、有効需要の創出など「財政の論理」が意志決定の要素に含まれるからだ。水道管の布設ひとつとっても公道を掘削し、鉄管を入れて埋め戻し最後に舗装するという具合の手数と工期がかかる。それだけ地域の雇用が潤うということだ。


施設能力のダウンサイジングが必要だとしても、一旦予算計上して作ってしまったものを途中で廃止するのは抵抗がある。多少問題があっても地域の水源をなくしてしまうのには遠慮がある。地域住民の満足が第一であるのは公営も民営も同じであるが、互いに少々ニュアンスが異なるのだ。民営水道ならば、安全でおいしい水を必要なときに必要なだけ、かつ一番安い方法で届けるようシンプルな行動基準で考える。投資自体が目的ではないからなるべく節約する。施設のダウンサイジングに対する遠慮もない。なにより「作り過ぎ」こそ悪なのだから。必要な施設ならもちろん作るが、一旦作れば壊れるまでムダなく使い倒すだろう。油断が破綻につながるからリスクマネジメントも周到だ。原子力、ガス、鉄道会社を想像してほしい。儲けることが大事だといって安全対策を怠るようでは住民に直接危険を及ぼすインフラは任せられない。


また水道広域化についても民営水道のあくなき成長本能が推進力になりえる。地元住民に尽くすのが本義の市町村にとって行政区域を越えてサービス提供する大儀が見出しにくい。国境を越えるのはなおさらだ。地方公務員という職を得てどうして海外に腰を据えようと思うのか。このように水ビジネスの海外展開を進めるにあたっても民営水道にメリットがある。

民営水道はコスト面で優位か

要するに、公営であるがゆえの「できない」ことができるようになるのが民営水道のメリットだ。公営水道は一般的に使用量が多くなればなるほど適用される従量料金の単価が高くなる逓増制を採用している。民営水道であれば夜間割引や大口割引など、コストや負荷平準化に照らした料金体系になるだろう。料金体系に内在する論理が所得再分配から経済合理性に切り替わるからだ。貯水層や浄水器のコンサルティングセールスなど多角化にも遠慮がなくなるだろう。商売のタブーから自由になるからだ。ガス会社がコンロを売るようなものだ。


次にコスト削減について考えてみよう。水道事業のコストは大きく維持管理費と資本費に分けられる。資本費とは減価償却費と支払利息を合わせたもので、年賦払いに換算した施設整備費と言い換えても大差ない。資本費は設備集約型の水道事業において大きなウェイトを占める。民営水道のほうが、施設能力のダウンサイジングの大胆さにおいて再構築コストを節約できそうなものだが、一方の支払利息が高くつくので正味それほどメリットはない。長期資金の調達コストにおいて公営水道は圧倒的な優位性をもつ。実質的に国が保証人であることに加え、資金の売込競争が激化している背景がある。調達コストの安さにおいて民営水道は太刀打ちできない(※2)。官民連携を進めるにあたっては、資金調達と施設保有は今のところ官の担当にしたほうがよさそうだ。

官民連携は技術面の機能低下を補完するか

一部の例外を除き、公営水道の技術面における機能低下は否めない。今は何とかなっている水道局でも将来に渡って磐石かといえば心もとない。おしなべて技術職員の高齢化が進んでいるからだ。本年度は「集中改革プラン」の最終年度となっている地方自治体が多いが、これが5年で約5%以上の数値目標を定めた定員純減を柱としたものであったように、そもそも新規採用が昔に比べて難しい。配属の優先順位もあり、水道局の技術職員が退職してゆくからといっておいそれと補充できるようなものではなかろう。また、水道普及率が100%に近づき、建設の時代から維持更新の時代に遷ったことで「ものづくりの現場」が少なくなってきている。症例が少ない研修指定病院のようなもので、水道局も優秀な人材を集めるのが困難になりつつある。ものづくりの実例に乏しいので実践的能力に長けた人材の育成が難しい。またコンプライアンス上の都合から専門部署に長年留まることも難しくなっている。職人肌の技術職を育てるのに難しい環境になりつつあるのだ。


このように、技術面における機能低下を補う手段として官民連携はいずれ避けられないと思われる。民営水道による水道補完計画は喫緊の課題だ。まさに民間企業の知恵と生命力をもって公益事業たる水道を支える役割が期待されている。

民営水道の課題と官民連携のあり方

民営水道にも死角はある。ありていにいえば売上が立たないところに投資しづらい。10数人しか住んでおらず10数年後には誰も居なくなるだろう限界集落に麓から延々とパイプラインを這わせたり、ワンセット数億円の浄水システムを設置したりするのは民営水道にとって至難の技だ(※3)。もっとも採算性がないといっても生活に必要なものはある。鉄道やバスでいう赤字ローカル線のようなものである。「赤字」は公的資金で埋められることになろう。出し手の地方自治体からみれば公益性を担保する行政コストである。民営水道からみればユニバーサルサービスを確保する代わりに貰うゴルフのハンディキャップのようなものだ。市場メカニズムに任せては適切な資源配分ができないところに資源配分するのが財政の本分。いわゆる財政の資源配分調整機能つまり民業補完機能というものだ。民が官を補完すると同じように、官も民を補完する。補完関係は一方通行ではない。


今の官民連携のあり方にも問題がないとはいえまい。官民連携に関するアンケート結果をみても、業務委託の一番の目的はコストの削減だ(※4)。維持管理費で最も大きいのは人件費であり、この大部分を民間委託することで一定のコスト削減効果が得られる。委託先を一本化し包括払にするとさらに削れる(※5)


包括払の範囲で利益を捻出しなければならぬ受託者は、安い人材を使ったり2次下請に協力を求めたり、それこそ乾いた雑巾を絞るようなコストカットを図っている。それでも契約期間が長ければ回収のしようもあるが、ようやく慣れたころに委託費を下げられると困る。いっぽう、委託する側にしてみれば、利益が出たならば次回の更新契約時には委託費を切り下げたいところだ。もともとコスト削減を期待して実施した委託なのだから。公益事業で利益を得るとはけしからん、という内在的論理も否定できなかろう。余剰発生を是としない者が、利益原則で行動する者を使うとこのようになる(※6)


民間委託が進み、自前の技術力が衰える一方で技術情報はブラックボックス化してゆく。そうした中で、委託者たる公営水道は受託業者の不正を見抜く眼力を鍛えておかなければならない。モニタリングのテクニックはより強化されてゆく。また維持管理費のコスト削減にはリスクも伴う。人材レベルひいては技術力の低下、これが水道サービスの低下につながったとすれば最終的には住民が損をする。こうしたことが現在行われている民間委託の課題である。コスト削減を目的とした委託に限界が見えはじめている。


従来のように使う使われる関係ではなく、共にエンドユーザーを向くパートナー関係としての官民連携を模索する時期に差し掛かっているのではないか。水道に関わる民間企業にとって顧客は水道局であり、水道局の委託の範囲で部分最適を達成すればそれでよかった。そうした関係性である限り、今後受託の範囲を拡げていってもその先の解決策はあまりない。受託者から委託者へ。立場の転換があってこそエンドユーザーを向いた顧客満足を共に考えることができるようになるはずだ。官民の水平統合を経て、水道料金を基礎とし事業リスクを負担した上で、エンドユーザーたる地域住民に安全でおいしい水を安定的に届けるまさに主体として振舞うようになれば、民間企業の混じりけのない合理思考と顧客志向がヒト・モノ・カネの全体最適化に貢献するようになるだろう。

(※1)地方公営企業法第3条(経営の基本原則)
地方公営企業は、常に企業の経済性を発揮するとともに、その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営されなければならない。

(※2)こうした官民金利差が民営水道の参入障壁になっているのが実態だ。PFI法を略さず言うと「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」であるが、実際に民間資金を活用すると公共施設の整備費は高くつく。国も地方も財政悪化が問題となっていることに異論なかろう。しかしそれが調達コストに連動せず財政改善インセンティブとして働かない。言い換えれば市場ガバナンスが機能不全に陥っていることが問題となっている。この状態が永遠に続くとは考えにくいので、長期的には民間資金の導入も視野に入れた対策が必要となろう。
レベニュー債はなぜ実現しないのか、どうしてPFIはうまく機能しないのか」2010年12月15日付コンサルティングインサイト

(※3)もっとも、民営水道ならばパイプラインにこだわるまい。「安全でおいしい水を安定的に届ける」ことができれば灯油やプロパンガスのように宅配するという手もあるだろう。これは「水道」ではなく水道普及率に貢献しないので公営水道には選択しづらい。

(※4)日本水道協会『水道の安全保障に関する検討会報告書』(平成21年3月)参考資料1 広域化・公民連携に関するアンケート結果

(※5)業務委託でいう「包括」概念は、ある業務を分割し委託する「部分委託」に対して、いくつかの業務をまとまりのある一単位にして委託するという意味で使われている。部品に対する完成品という関係性を踏まえて、発注形態もインプット発注(仕様発注)に対するアウトプット発注(性能発注)という概念になっている。本稿は、これが診療報酬制度でいう「包括」概念と混同されているのではないかという筆者の問題意識を一部反映させている。診療報酬の算定方法には「出来高払」と「定額・包括払」があり、出来高払は医療行為毎に定められた点数を実施した分積み上げたもの、定額・包括払は、疾病毎にまとめて月当たり何点としたものを診療報酬としている。前者は薬漬けが問題となり、後者はコストダウンが高じた手抜き診療が問題となっている。

(※6)このような官民の内在的論理の違いについては次の論考を参照されたし。
分析指標にあらわれる、財政運営に関する官民の考え方の違い」2011年1月13日付コンサルティングインサイト


 

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