2016年01月06日
平成28年の幕が開けた。退職給付に携わる筆者が本年注目しているテーマに「65歳定年制の広がり」がある。昨年10月に厚生労働省より発表された「平成27 年就労条件総合調査の概況」によれば、定年を65歳以上に定めている企業の割合は16.9%まで上昇してきており、徐々にではあるが増加傾向になっていることが分かる(前年度調査では15.5%)。また、お客様より「65歳定年制へ移行する場合の退職給付への影響は?」といった質問も、昨年末あたりから度々寄せられることがあり、社会的に関心の高いテーマになってきていると実感している。
65歳定年制は、平成25年4月施行の「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」に基づいて企業に求められている方策の一つであり、現在の60歳定年をそのまま65歳まで延長することである。同一労働同一賃金の考え方を前提にするならば、個人の能力・役割・成果等に応じた「給与支払い」や「退職給付額の増加」を、年齢による制約を設けることなく65歳の定年まで継続していくことが原則的な取り扱いになる。しかしながら55歳定年制から60歳定年制に移行した過去の例を鑑みれば、今回においても旧定年年齢の60歳を境にして、給与及び退職給付に対して何らかの格差や制限を設ける企業が多くなるのではないかと想像している。以下に、65歳定年制へ移行する場合の退職給付への主な影響及び論点について、簡単に纏めてみたので参考にして頂きたい。
Ⅰ 60歳以降も退職給付額を増加させるケース
このケースは、前述の通り65歳定年制導入における原則的な取り扱いではあるが、キャッシュフロー等の人件費増加が懸念される。これに対しては、60歳以降の退職給付額の増加を、60歳以前と比較して一定割合にとどめる設計にすることや、旧定年年齢以前の退職金カーブを引き下げて全体として水準調整を行うことが考えられるが、いずれにしても他の給与報酬体系とセットで検討しなければならない。また60歳以降の自己都合退職者に対して、定年退職と同じ支給率を適用させるのか否かといったことも併せて検討しなければならない。
もちろん確定給付企業年金(DB年金)や確定拠出年金(DC年金)でも採用できる。DB年金では、老齢給付金(いわゆる年金)の支給開始年齢を65歳とすることになるが、60歳以降65歳未満の退職者に対しては、退職後即時に受け取り可能とするような設計も考慮したい。また、DC年金では、60歳以降の退職給付の増加に相当する掛金拠出期間については、退職所得控除額を算定するための期間に算入できない点に、留意しておく必要がある(※1)。この点については制度改定が待たれるところである。
退職給付会計に目を向けると、自社内の退職金やDB年金においては従来通り退職給付債務の認識が必要となるが、実績のない60歳以降の退職及び給与上昇の見込みについては、年金数理人等の専門家に相談すべきであろう。
Ⅱ 60歳にて退職給付額を固定させるケース
このケースは、60歳以降の勤務を退職給付に反映させない考え方である。退職給付を支払うタイミングで区分して整理する。
- 支払いを65歳基準とする場合
- 自社内の退職金やDB年金であれば、比較的自由な設計が可能である。DC年金の場合は、年金加入者である限り掛金拠出を続ける必要があるため、60歳にて年金加入者としての資格を喪失させることになる。その後、本人の選択により65歳から給付を受け取る仕組みになる。
- 退職給付会計の観点からは、退職給付支払までの期間であるデュレーション(加重平均期間)が長くなることから、割引の要素が大きくなるため、退職給付債務や勤務費用が減少することになる。
- 支払いを60歳基準とする場合
- 在職中に退職金を支払うこの方法において一番のポイントになるのが、所得税(退職所得)の取り扱いである。所得税基本通達にて、労働協約を改正して定年延長した場合について、「旧定年に達する前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与で、その支払をすることにつき相当の理由があると認められるものについては退職手当等とする」との記載がある(※2)。この内容を踏まえれば退職所得課税の適用を受けることが可能になると想定されるが、念のため、事前に税務照会を個別に行っておくことが望ましい。
- DB年金では、老齢給付金の支給開始年齢を60歳とすることになるが、在職中にも関わらず60歳から老齢給付金を受け取ることになるため、65歳まで繰り下げ可能とするような選択肢を設けておく必要があろう。
ここまで様々な論点から60歳以降の退職給付制度構築の留意点を記載してきたが、65歳定年制に向けた退職給付制度の見直しは、人事労務問題・給与報酬制度・各種企業年金制度・退職給付会計・各種税法の取り扱いが複雑に絡み合う難しい問題である。また総額人件費という限られた経営資源の枠組みの中で、従業員の働くインセンティブを考慮した、労使双方が満足できる制度を構築していくことが望まれる。企業の担当者にとって大きな問題には違いないが、65歳定年制の実現に向けて、本稿がその検討材料の一つになれば幸いである。
(※1)厚生労働省HP「企業型年金加入者の資格喪失年齢引上げに関するQ&A」より
(※2)国税庁HP「所得税基本通達 法第30条《退職所得》関係」より
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