2010年11月17日
厚生労働省は厚生年金基金の会計事務執行についての点検を10月に実施した。全国の厚生年金基金600余を対象に、経理処理の実態や毎月の内部監査の状況などについて自主的に点検させ、その結果を報告させた。長野県建設業厚生年金基金において掛金の多額の不明金が発覚したことへの措置である。
長野県内の中小の建設業者が加入している総合型の長野県建設業厚生年金基金では9月上旬、将来の年金給付などに充てる掛金21億9000万円が使途不明となる問題が発覚。総合型厚生年金基金の相次ぐ不祥事としては過去最大であろう。
地元紙の信濃毎日のウェブニュースによると、総幹事の生命保険会社が8月中旬に「掛金が不自然に少ない。」と基金側に指摘したことで判明。基金側の説明によると、当基金の事務長が2006年7月~2010年9月にかけて、1回当たり数千万円を計38回、1人で管理していた基金の口座から現金で引き出していたとみられる。9月に入り厚生労働省が特別監査を3回実施し不明金が発覚したという。基金側は、県警長野中央署に状況を報告したが、当事務長の行方はわかっていない。長野県建設業厚生年金基金は、県内の加入事業所が381社、加入員数が約6900人、3月末時点の年金資産が推計207億円。使途不明金の21億9000万円は、年金資産残高の1割を超える。こんなことが現実に起こるのかと、驚くばかりである。
厚生労働省は、基金の健全かつ厳正な事務執行を担保するため、基金の会計事務においては、複数人の役職員で事務を分掌するなど相互牽制を図ることや特定の役職員に会計事務を長期間専任させないように分掌の変更に努めること、また内部監査機関として監事監査を実施すること等の方策を講じることとしているが、今回の事件はこれらの方策が遵守されていなかった可能性が高く、厚生労働省の意に反する典型となってしまった。その結果、厚生労働省は今回の緊急点検を全国の厚生年金基金に対し実施することとなったわけだ。
本件の毎月や年1回の総合監査では、通帳資料や領収書などで出入金を確認せず、顧問の社会保険労務士も事務長が作成した帳簿を見るだけであったようである。
不正を行った側は、基金の会計業務をよく精通しておりチェック体制を潜り抜けるべく実行したのである。この間の基金の管理・監査体制、また、監督官庁である厚生労働省地方厚生局による定期監査では、簡単には見抜けない周到さがあったとしか言いようがない。だからと言って、これほど長年にわたる多額の使途不明金を見抜けなかったずさんな管理体制、監査の実態が、許されるわけではない。
同様の不祥事は、過去に幾例も報道されている。直近、今年の7月に、これも総合型厚生年金基金の元常務理事が収賄罪に問われ実刑判決が言い渡された事件もある。全国500弱の総合型厚生年金基金の一部ではあろうが、旧態依然とした事務管理体制が今でもまかり通っているのである。厚生労働省も頭が痛かろう。
最近は基金のガバナンス、受託者責任という言葉を耳にする機会が増えてきたが、今回の不祥事はガバナンス以前の問題であり、コンプライアンスという言葉が通用しない世界である。
そして、この使途不明金を誰が埋めるのか。基金役員の責任が問われそうだが、最終的には、年金経理の不足金として、多額のツケが加入事業所に回ってくることになりそうだ。中小の事業所にとっては、経営に影響を及ぼすところも出てこよう。使途不明金の巨額さのもたらす憤懣は計り知れないものがある。
1日も早い全容の解明が待たれるところであるが、総合型厚生年金基金には内部の相互チェック体制の強化、外部専門家による会計監査等、今後不祥事が繰り返されることのないコンプライアンス対応が求められる。
また、本件の会計事務に限らず、年金業務は一般企業と同様、機密情報の漏洩、個人情報の流出、さらにはメールの誤送信などのケアレスミスは、いつ起こっても不思議はない。企業年金各方面においてもこの機会に再度、本件を他山の石として気を引き締めて年金業務に臨まれるよう願いたい。
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