昨年、2008年には京都議定書第一約束期間が開始され、洞爺湖サミット前後にはマスコミも挙って地球温暖化問題の重要性を訴えていた。しかし、国際金融システムの連動性が高まる中、米国のサブプライムローン問題に端を発した金融不安は世界に広がり、その勢いは地球温暖化対策にまで暗い影を落としつつある。今年12月に開催予定のコペンハーゲンにおけるCOP(※1)15は、いわゆるポスト京都議定書(※2)についての枠組みが決定される大変重要な国際会議である。その前哨戦であった、昨年末にポーランドのポズナンで開催されたCOP14では、金融不安を地球環境問題対策の妨げとなる理由としてはならないということが強く訴えられていた。


地球温暖化問題と密接な関係にあるエネルギー問題を考えるにあたっては、基本的に3つのE、つまり経済発展(Economic Development)、エネルギー安全保障(Energy Securities)、そして環境保全(Environmental Preservation)の視点において、エネルギーのベストミックスを考えて政策に反映させることが重要である。この3Eはそれぞれの国、地域において時代の移り変わりと共に優先順位が変わるものであるが、地球温暖化問題のように環境保全リスクのレベルが極めて深刻である場合には、国や地域を超えて最優先課題として認識される必要がある。そして、この問題への対処には、科学技術(Science Technology)、政策(Policy)、資金(Fund)が欠かせない。


ここ暫くの間EUが地球温暖化問題でリーダーシップをとってきたことは、この3つの要素が揃っていたからであり、多少意味合いは異なるものの日米の場合には政策面での不備がEUから遅れをとった要因といえるのではないだろうか。日米共にしっかりとしたビジョンに基づいた政策をもって、政府が産業界に対して主導的な立場をとってきたとは決して言えないであろう。


EUの場合、地球温暖化問題に対し、中長期的に一部産業界の合意を得つつ、新たなビジネスチャンス創造に結び付けられるような政策を立て、それを実行してきたことに強みがあった。EU-ETS(※3)に代表される排出量取引をはじめ、スターンレビュー(※4)においてもその有効性が認められているフィード・イン・タリフ(※5)などはその事例として挙げられる。今や世界第一位の生産量を誇るドイツの太陽電池メーカーQセルズは、正にフィード・イン・タリフという制度をばねにして成長した企業であり、ドイツの再生可能エネルギー政策に大きく貢献している。


2008年末、日本はサブプライムローン問題の元凶国である米国同様、政策、資金両面で困難な状態に陥ってしまったが、米国は2009年1月に発進するオバマ政権により、EUと同じ土俵に立つことになるであろう。このことはオバマ氏が述べている積極的な環境政策(※6)から明らかである。


一方、このような状況下、企業行動における意思決定を行動科学的アプローチ(※7)より見るならば、まず純粋に温暖化問題自体が最重要ファクターとなるべきであり、消費者の環境意識の高まりも極めて重要なファクターとして認識される必要がある。そしてこの消費者の環境意識の高低は政策決定の土壌としても極めて重要となる。


金融危機は一過性のものではなく、その後の後遺症がしばらくは続くものである。しかし、数年続いたとしても後遺症は徐々に収まり、回復に向かうことは歴史が証明している。一方、地球温暖化問題は現在進行中であり、金融危機の後遺症の10倍も100倍もの時間をかけて徐々に進行し、人類の存亡にまで影響を及ぼすものである。だからこそ消費者意識も他の問題とは異なる次元のものとなるのであり、企業はこうしたことを所与のファクターとして受け止めつつ、その他の意思決定ファクターを考慮して行動することとなる。


昨年末にブリュッセルで開催されたEU首脳会議において、2020年までに温室効果ガス排出量を90年比で20%削減する、という中期目標で合意がなされた。国によっては、より厳しい目標を掲げている場合もある。EU域内企業は、その多くが金融危機の影響で環境関連投資の余裕などない中、こうした法的義務を伴った政策措置の下で目標達成に向けて様々な努力を強いられることとなるが、温暖化防止目標の中には、再生可能エネルギーの比率を20%に増やす、運輸燃料のバイオ燃料の割合を10%に引き上げる、エネルギー効率を20%引き上げる、といった具体策が盛り込まれていることから企業にとっては比較的方向性が決めやすいものとなっている。


戦後初の連結営業赤字に転落するトヨタ自動車社長は、かつてない緊急事態としてとらえ、今を将来の軌道を決める仕込みの時期とし、これまでのハイブリッド車でも燃料電池車でもない太陽電池車に挑戦する構えであり(※8)、三菱自動車工業社長は、このような時期だからこそ挑戦していくとして電気自動車を前面に押し出すと表明している(※9)。新日本石油会長は化石燃料だけを扱う企業から総合エネルギー企業への脱皮を進めるとして燃料電池、太陽電池、蓄電池といった新エネルギー部門に注力すると語っている(※10)。また、年明けの賀詞交換会に参加した東芝社長は環境、新エネルギー関連に力を入れること(※11)、ソニー社長は、ニーズに合った製品を売り、新しい事業を創出するということ(※12)、そして三菱重工業会長は地球温暖化対策を意識し、エネルギーの基礎的技術をさらに磨くこと(※13)をそれぞれの経営優先課題とするとしている。ごく一部ではあるが、おそらくここに挙げた各企業に共通して言えることは、中長期的戦略投資については削ることなく挑戦的に攻めていくこと、そして消費者意識を極めて敏感に受け止め、戦略に取り込んでいくことである。


ただ、こうした日本企業の戦略がEUの場合と異なることは、日本の場合には、企業の自主的な行動が先行していることであり、政策が遅れている(もしくは強い政策がとれない)ことである。先行した政策が出せないのであれば、せめて低炭素社会に向けて打ち出している企業戦略を後方から支援するような施策を講じるべきである。


環境規制と産業(企業)戦略の関係について、しばしば引き合いに出されるポーター仮説(※14)は、これまでにも様々な議論を呼んでいるように、両手を挙げて賛成するには時代環境も異なるし、条件や問題が多すぎる。しかしながら、まず地球温暖化問題という大前提の下での金融危機とエネルギー問題という視点で捉えると、化石燃料は枯渇することが自明であり、原子力発電は設置コストを別としても、事故が起こった場合のリスクがあまりに甚大すぎることを考えた場合、進むべき方向の一つとして再生可能エネルギーが挙げられることは自然であろう。そしてこの分野における裾野は広く、ポーターの唱えるコスト・リーダーシップ的技術開発、差別化を図り得る技術開発が進む可能性は高いため、仮説の有意性が認められる事象も現れるかもしれない。


金融危機に見舞われながら温暖化問題を克服しなくてはならない状況下では、政策決定サイドは明確な方向性と具体策を提示し、企業は、金融危機と温暖化問題は天秤にかけられるものではないということを肝に銘じつつ、長期的視点にたって行動(挑戦)すべきであり、そうすることによってこそ、苦境を生き抜き、新たなビジネス創造のチャンスにも恵まれるのではないだろうか。日米欧の企業がこのような方向性に向かい、それをバックアップするような政策が伴ったとき、環境技術面での新たなイノベーションが起こる可能性が大いに高められ、地球温暖化防止促進を通して、持続可能社会の構築にも一歩近づくこととなるであろう。

(※1)Conference of the Parties の略で締約国会議のこと。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の最高意思決定機関である。京都議定書が採択されたのは、1997年京都で開催されたCOP3である。
(※2)第一約束期間(2008年—2012年)終了以後の地球温暖化対策に関するUNFCCCの新たな国際的枠組のこと。
(※3)EU-Emissions Trading Scheme の略で2005年に開始されたEU域内での排出量取引制度。
(※4)ニコラス・スターン元世界銀行上級副総裁(現在は英国政府気候変動・開発における経済担当政府特別顧問)が2006年に出した気候変動問題の経済影響に関する報告書。
(※5)Feed -in Tariff。 固定価格買取制度とも呼ばれる制度で、エネルギーの買取価格を法律によって定めること。
(※6)環境技術や再生可能エネルギー産業を重視し、こうした分野におけるイノベーションを政府主導で進め、新たなビジネスや雇用を生み出そうというグリーン・ニュー・ディール政策などはその代表事例である。
(※7)企業の意思決定における行動科学的アプローチとは、組織における意思決定と人間行動に関する諸問題を解明しようとするものである。そして経済学的、経営科学的、決定理論的、システム分析的といったアプローチでは欠落していた意思決定者の人間的側面とその置かれている組織的状況が重要な視点となり、パーソナリティーやリーダーシップ分析が必要となる。
(※8)『日本経済新聞』2009年1月1日付朝刊、第14版、第1面。
(※9)NHK『クローズアップ現代』「2009 社長の戦略」2009年1月6日におけるインタビュー。
(※10)『日本経済新聞』2008年12月24日付朝刊、第14版、第5面。
(※11)『日本経済新聞』2009年1月7日付朝刊、第14版、第3面。
(※12) 同上。
(※13) 同上。
(※14) 適切に設計された環境規制は、費用低減・品質向上につながる技術革新を刺激し、その結果国内企業は国際市場において他国企業に対し比較優位を獲得し、結果的に利益を得ることができ、国内産業の生産性も向上するとするもので、ハーバード大学経営大学院教授マイケル・ポーター(M.E.Porter)教授が1970年から85年頃までの日、米、西独における環境規制と生産性の関係から導いた仮説。

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