2013年02月13日
我が国において、M&Aは企業の戦略としてすっかり定着してきた。1990年代は概ね年間500件以下で推移してきた日本企業同士のM&Aは、2000年代に入ると1,000件以上、年によっては2,000件を超える件数のレンジに跳ね上がった(※1)。業種別にみて多いのは非製造業である。2012年上半期のM&A件数をみると、上位7業種のうち製造業は「電機」だけであり、「ソフト・情報」「サービス」を筆頭に「その他金融」「その他販売・卸」「その他小売」「総合商社」が続いている(※2)。

出所:『MARR』(2012年8月号)データより作成
こうしたM&Aは企業の業績指標にどのような影響を与えているだろうか。 ITに関連する代表的な業種である「情報・通信」を例にとって、いくつかの経営指標をみてみよう(※3)。この業種は比較的規模の経済が働きやすく、またネットワーク効果の影響も受けやすい。したがって、M&Aによる業容・業態の拡大は他の業種にも増して有効な戦略となりうる。
我が国の株式市場に上場・公開している情報・通信業の企業のうち、2012年6月30日までの2年間にM&Aを実施した/していない企業群の間で、直近期とその前々期の経営指標の成長率を比較した(※4)。その結果、売上高はM&Aを実施した企業群が平均で1.49倍に成長したのに対し、実施していない企業群は1.07倍にとどまった。また、営業利益について黒字であった企業のみに限定すると、M&Aを実施した企業群が平均2.32倍に成長したのに対し、していない企業群は1.61倍の成長にとどまっている。当然のこととはいえ、売上高、営業利益に関して見ればM&Aは有効な戦略であることが確認できる。
しかしながら、時価総額で見ると様相はだいぶ変わってくる。M&Aを実施した企業群の増加率が平均で1.18倍であったのに対し、していない企業群は1.12倍とその差はわずかである(※5)。統計的な有意差も認められない。すなわち、M&Aの実施は、売上高や営業利益の成長には一定の貢献が期待できるものの、必ずしも株価の上昇につながっていない。
この点における主因の一つは、のれんの償却である。昨今の急ピッチの円安を例にとるまでもなく、経営環境の急変は時に想像を超え、買収先の業績を一変させる。買収先の価値が下がればのれんの減損処理を行う必要があり、買収側の業績を圧迫する。このことが買収先への投資を躊躇させている。いま一つには、M&Aによる今後の成長戦略が株主に伝え切れていないことがあろう。すなわち、M&Aによってどのようなシナジーが生まれるのかが投資家に十分伝わらないことが、株価の上昇に結びつかない要因である。企業のM&Aは、PMI(Post Merger Integration)を含めたM&A後の動向が注目されていることを忘れるべきではない。
(※1)MARR Online
(※2)『MARR』(2012年8月号、株式会社レコフデータ発行)のデータによる
(※3)データは連結がある場合はすべて連結の値で計算。業種は東京証券取引所で発表している業種(33業種)のうち「情報・通信」を使用し、データが入手可能な企業のみ集計。
(※4)例えば直近が2012年3月期の場合、2010年3月期の値と2012年3月期の値の間で成長率を計測。なお、M&Aの定義はある会社への出資を50%未満から50%超に増やすこととした。
(※5)時価総額の成長は、2012年6月29日の値を2010年6月30日の値で除して計算。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
関連のサービス
最新のレポート・コラム
よく読まれているコンサルティングレポート
-
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
-
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
-
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
-
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
-
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日